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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
番外編 過去の思い出の断片
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番外編二 背中を護る者達(1)

 番外編二 背中を護る者達 連載開始


 二〇一四年四~六月実施の第二回人気投票御礼小説。一位になったフリートを主人公としたお話です。第五章を読み終えてから読むことをお勧めします。


(初掲載日 二〇一四年七月/改稿版掲載日 二〇一五年十月)

※初出は第六章の後でしたが、改稿および番外編を一つにまとめるにあたり、第五章の後に移動させて頂きました。

『大丈夫……フリートは強い。私がいなくても……きっと生きていけるわ。でも絶対に……無理はしないで……周りに頼りなさい。人は……一人では生きていけないものだから』


 毒に苦しめながらも、フリートの母シグニューはベッドの上で彼に言葉を投げかけてくれた。

 まだ十歳にも満たない黒髪の少年にとっては、その言葉をしっかり受け止められる気持ちの余裕など無く、ただ目の前で消えゆく命に対して悲痛な声を投げかけるしかできなかった。

 見る見るうちに顔色を悪くしていく、愛する母。毒消しも効かないほど、既に全身に毒は回っていた。呂律(ろれつ)も回らなくなり、フリートに言葉すら残すことができなくなる。

 やがて彼女は小康状態が続いたのち、愛した夫の名を辛うじて発してから、事切れた――。



 なぜ母はモンスターに襲われ、毒に侵されるという目にあってしまったのか。

 それは自分が弱かったからなのではないだろうか。

 激しい劣等感に襲われながら、フリートは涙で目を腫らし、呆然とその場に立ち尽くして、冷たくなった母の顔をしばらく眺めていた。

 母の言葉など忘れて。



 * * *



 それから月日は流れ、八年以上経過していた。

 母の言葉を少しずつ理解できるようになったのは、フリートが銀髪の騎士ロカセナと出会い、二人で行動することが多くなってきた頃だった。

 モンスターとの戦闘の最中、冷静に動いているつもりが、目の前のことに集中し過ぎて背中ががら空きになることが多々あり、その度にロカセナに助けられたのだ。おかげで後ろを気にせず、モンスターの群れに突っ込んで相手に切りかかるという、騎士見習い時代に体に染み込んでしまった戦闘の型を変えずにすんでいる。

 しかし、それを行う度にロカセナに嫌みにも近い諭され方をされたため、平時では極力思考を動かすようには努力していた。

 そのように戦闘中でも的確に援護してくれる相棒と一緒だからこそ、隊長から言われたシュリッセル町方面への遠征も躊躇いなく承諾できたのだ。

 その遠征の目的は二つあった。

 一つ目は、シュリッセル町の結界をより強固にするよう知らせること。

 ここ最近モンスターが荒ぶり始めた傾向があったため、モンスターが多く出現する森や山が近くにある町にいち早く知らせる必要があった。その町の一つがシュリッセル町だった。

 二つ目は、かつて城の専属還術士であった男を探し出し、できれば彼に戻ってもらうよう頼むこと。

 以前別の遠征において、シュリッセル町の近くに滞在しているという目撃情報があった。その情報から、その町の付近に行くフリートたちに捜索をするよう促されたのだ。ただ、探し出しても説得できる可能性は低いため、城の現状を伝えるだけでも構わない、と第三部隊長のカルロットに言われている。

 熱心に説得しなくてもいいということは、そこまで必要ではない人物なのかと質問したが、カルロットの口ぶりからすると、そうでもないらしい。

 理由があって城を去った。だからそれがどうにかなるか、それを上回るくらい緊急的なことが起こらない限り、彼は戻って来ないだろうとカルロットはぼやいていた。

 いくつか疑問を持ちつつも、すぐさまフリートとロカセナは準備をし、数日後にはミスガルム王国から旅立った。



 道中、徒歩で進んでいた。護衛も兼ねながら馬車に乗り継ぐという方法もあったが、ロカセナがフリートの乗り物酔いしやすい体質のことを気遣ってくれて、遠慮してもらっている。

「悪かったな、手間かけさせて」

「誰だって苦手なものはあるから気にしないで。――さて、どうやら厄介な土地に踏み入れてしまったみたいだよ」

 ロカセナが目を細めて、森の奥を見据えている。最短の道だといって森の中を突き進んだのが、仇になったようだ。

 フリートは頭をかいた後に、首下にある緋色の魔宝珠に触れた。それを見たロカセナが複雑な表情をしている。

「僕としてはあまり戦いたくないんだけど……」

「俺だってそうさ。下手に騒ぐと周りの連中が嗅ぎつけてくる。けどこのままだと先に進めないだろう」

 並んで歩いていたロカセナは溜息を吐きながら、少しだけ歩く速度を落としてフリートの後ろへ回った。

「後ろは僕がやるから、フリートは前をよろしく。背中は気にしなくていいからね。ただ取りこぼしはしないでよ? 僕に火の粉が降りかかるから」

 うっすらと笑みを浮かべるロカセナに、フリートはにやりと笑い返した。

「ああ、前は任せておけ。さて、数日ぶりに一汗流すとするか」

 前方に見える背の高い草が小刻みに動く。それを皮切りに周囲の草や木の葉が揺れ始める。そして角が生えた大型獣のモンスターが一匹姿を現すと、多数のモンスターが次々と顔を出した。細かな種類は違うが、すべて獣型のモンスター。見える範囲で十匹、隠れているものがおそらく同数程度いるはずだ。

 本来ならば数をすべて確認した上で飛び出すべきだが、絶え間なく出てくる可能性がある場所では、早々に動いた方がいい。

「魔宝珠よ、我が想いに応えよ」

 目映い光と共に、緋色の魔宝珠からバスタードソードを召喚する。それを握りしめ、フリートは一瞬だけ視線をロカセナと合わせてから駆け出した。

 すぐさま飛び出していた一匹を斬り下ろす。そして剣筋を往復するかのように斬り上げると、モンスターは断末魔と共に黒い霧となって還っていった。

「還れ」――など、いちいち言わなければならないほど、フリートの還術能力は低くないし、数年共にいるロカセナに伝える必要はない。

 黒い霧が発生したのを横目で確認しつつ、牙を剥けてくる相手を次々と斬り、致命傷を負わせて駆け抜けていった。

 還術はモンスターを在るべき処に還す術をいい、言霊による相乗効果も兼ねて、「生まれしすべてのものよ、在るべき処へ還れ」と、口ずさむことはある。だが力がある者なら、言霊の力を借りずとも致命傷を与えてしまえば、無言でもモンスターを還せた。

 また他の人に向けて、今、自分は還術をしているということを伝えるために、あえて口に出すこともあった。しかし、今のフリートたちには、声を出す時間すらもったいない。いかに短時間で複数のモンスターを還すかによって、今後の状況も大きく変わってくる。

 時折ロカセナの口から「還れ!」という言葉を聞きつつも、フリートは森の中を颯爽と駆けていた。

 そして僅かな時間で大小差はあるが、二十匹程還したところで最も大きなモンスターと対峙した。簡単に噛み殺しそうな鋭い牙を口から覗かしているが、まったく脅威ではない。

 フリートは突進を軽やかにかわして、後ろへ回る。激しく上下に動く尻尾を根元から切り落とした。やや動きが怯んだところで、後ろ足に二本傷を入れた。モンスターは尻から座り込むような姿勢になる。

 助走をつけて背中を登り、首元を数回斬ってから深々とバスタードソードを突き刺した。

「還れ!」

 声とほぼ同時にモンスターは黒い霧となり始めた。地面に飛び降りると、僅かに口元が緩んだ。

 その瞬間、一本のナイフがフリートのすぐ横を通過した。慌ててそのナイフの先へ振り返る。

 羽が生えた小さな鳥型のモンスターが、首元をナイフで貫かれ、木に張り付けられた状態になっていた。モンスターは断末魔を叫ぶこともできず、黒い霧を放出している。

「だから後ろがら空きだって。小さいからって油断していると痛い目にあうよ」

 ロカセナが汗を拭いながら、召喚したサーベルと市場で売られているナイフを一本握りしめてフリートに近づいてきた。小振りなナイフだ。それをあの位置から投げたのだろうか。風の抵抗や重力を考慮すると、衝突するまでに威力が削がれ、突き刺さるのはかなり厳しいはずだ。

「ロカセナ、お前それをそこから投げたのか?」

「……ナイフ投げの練習も少ししていたんだ。意外と刺さるものだよ?」

 微笑まれながら返されると、疑問を並べにくくなる。フリートは静かになった周囲に気を配りながらロカセナへ寄った。

「全部還せたようだな。ありがとな、援護」

「怪我人と旅するのは面倒だと思っただけだから。近辺にいるのは一通り還せたと思う。ただ、わかると思うけど、第二群がしばらくしたら来そうだよ」

「仕方ない……」

 フリートとロカセナはお互いの召喚物を魔宝珠の中に戻すと、それぞれ屈伸や腕を伸ばしてから、森の先を見据えた。

「走るぞ」

「了解」

 そして二人は同時に森の中を全力で走り始めた。



 騎士団は団体で行動することが多い。多少心にゆとりを持たせるためにも、誰かに頼ってもいいのではないだろうかとフリートは思い始めていた。

 しかし、ロカセナありきで戦闘をするのは、一人で戦わざるを得なくなった時のことを考えると、あまり推奨されることではない。また何度も背中を注意されるのは、フリートの自尊心が許さなかった。できれば弱点などというものはなくしたい。

 その後の戦闘では背後にも気を配りつつ、ロカセナには自分の戦闘に集中してもらうようにしていた。

 そのため背中を強く意識していたからか、金髪の少女がモンスターに対して無防備な背中を見せていた時は、とっさに反応してしまっていたのだ。

 後ろをまったく気にしなかった、自分と重ねながら。



 * * *



「だからお前は何度言ったらわかるんだ! 背中が無防備過ぎなんだよ!」

「何回も言わなくても、わかっているって! ……久々だから思い通りに動けないだけよ……」

 リディスはぶつぶつと呟き、ショートスピアを握って何度か素振りをする。その様子を眺めながらフリートは近くにあった腰掛けに座り込んだ。置いていたタオルで汗を拭う。視線を上げれば、陽が一帯を照らしつけていた。

 ミスガルム王国よりも気温が高い、ムスヘイム領のヘイム町。そこで火の魔宝珠を巡る事件に巻き込まれ、リディスやフリートたちは負傷していたが、しばらく休んでいたおかげで体を動かせる程度まで回復している。最も重傷であったリディスはまだ安静にしているべきだとフリートは思っていたが、この地から離れて船に乗る前に、どうしてもスピアを振っておきたいと言い出したのだ。

 しかも素振りではなく、他人の剣と交わらせた対人戦で。

 怪我の影響でしばらく眠っていたのに、何を馬鹿なことを言っているのだと怒鳴り散らしていると、ロカセナと学者のルーズニルが仲裁に入るかのように提案してきたのだ。


 フリートがリディスの相手をし、彼女の状況を見て適度なところで切り上げること。

 同時にリディスも自分の体に異変を感じたら、すぐに終わりにすること――を。


 リディスと最近よく一緒におり、フリートよりも心を許しているロカセナが相手をすると思っていたため、寝耳に水の提案だった。口を開こうとすると、優男の青年に笑顔で先に言われた。

「僕だとうまく加減できないからさ。ほら、フリートならたまに騎士見習いの子に教えてあげているから、そこら辺の匙加減はわかるでしょ?」

 事実を持ち出され、フリートは口を噤んだ。

 何度か騎士見習いのクリングに稽古を付けたことがあったため、自分より実力的に下の相手にも、ある程度力量を落として、剣を振ることができていた。また傷つけない程度に相手を倒すやり方も、おおよそできる状態だった。

 ロカセナの言うことは的を射ており、フリート以外に任せたら、リディスが傷付く可能性がおおいにあった。

 リディスがすがるような視線を送ってくる。フリートは深々と息を吐いて、仕方なく承諾した。

 そして今に至るが、やはり体力や戦闘に対する勘が戻っていない彼女では、後ろをとるのは容易だった。

 何回か突きを剣で受け、隙を見て背後に回り、彼女の背中を押す。それは戦闘時に背後をとられて、攻撃されたことを意味しており、それをする度に対人戦は中断していた。

 水差しからぬるま湯になった水をコップに注いで飲み干していると、金髪の少女が眉間にしわを寄せ、スピアの召喚を解いて地面をじっと見ていた。そして隣に座り、彼女も水差しから水をコップに入れて、それを一口飲む。

「疲れたのなら、終わ――」

「休憩したら再開して。こんな状態で外に出たら、すぐにモンスターにやられる」

「前と同じように動けると思うな。しばらく何もしていなかった状態で、すぐに勘が戻ったら俺たちだって苦労しない。それを防ぐために継続的に鍛錬を積み重ねているんだ」

「その通りよ。でもね、これからも誰かに護られ続けて生きるのは嫌なのよ」

 残っている水を一気に飲み干していく彼女をフリートは横目で見る。そして小さく苦笑した。まるで自分を見ているかのようだ。

「……何よ」

 むすっとした表情で睨まれた。平静を装いながら見返す。

「お前さ、たしか還術はファヴニールさん、槍術も別の誰かが教えてくれたんだろう。その時に言われなかったか? 他に誰かと行動しているときは、その人を頼れって。一緒に行動している仲間なんだ、持ちつ持たれつの関係だって、誰もが思っているさ」

 フリートは目を丸くしているリディスから視線を逸らして、正面に目を向ける。

「たしかにお前は俺たちと比べたら強くはない。けどそれが悪いってことでもない。お前にはお前の長所がある。それが生きれば、きっと俺たちを助けてくれるだろう。――俺も焦って剣を振り続けた時期があったが、焦るなっていう一言で隊長に一蹴されたぜ」

「意外。フリートって常に計画をたてて、鍛錬に取り組んでいるかと思った」

「お前な、勝手に俺という人物像を作り上げるな」

 首を動かしリディスに怪訝な表情を向ける。彼女は軽く目を伏せていた。

「焦るな……か。たしかにそうね。私、皆に迷惑をかけたくなくて、焦っていたのかもしれない」

「お前の実力はロカセナや他の人間にも知られているから、背伸びして、気負う必要なんてねえよ。俺もお前の弱いところも含めて、わかっているつもりだ」

「つまり弱点が丸わかりってことでしょう。あまり嬉しくない言葉ね」

「そうか?」

 タオルとコップを腰掛けに置いて、フリートは立ち上がった。きょとんとしているリディスを見下ろす形となる。

「敵同士なら嬉しくない言葉だが、仲間同士ならこれほど有り難い言葉はないと思う。知っているからこそ、危険なときは助けられる」

 今まで聞いた受け売り言葉を混じり合わせながら、フリートは持論を言葉に出す。そして腕を組んで、呆然としているリディスを眺めた。

「ほら、休憩は終わりだ。あまりにも勘が戻らない状態で戦闘に突入した場合、俺たちが駆けつける前にあっさりやられるぞ」

 リディスははっとし、頬を膨らませて、ショートスピアを召喚して立ち上がった。

「戻すわよ、今日中に。モンスターにだって負けはしないわ!」

「その意気だ」

 にやりと笑みを浮かべつつフリートは庭の中心へ歩く。

 人は一人では生きていけない存在――それを他の人の様子を見ることで、さらに実感することができていた。

 今のリディスは、昔のフリートだ。

 高い信念を抱き続け、自分の実力が伴っていないにも関わらず、勇猛果敢に突っ込んでいく。例外を除いてそれは戦時では決して奨励されることではない。むしろ行ってはいけないことだ。

 だがその信念を抱くことは、強くなるために必要な要素ではある。

 きっと彼女はこれから強くなる。

 だからそれまでの間は、がら空きの彼女の背中を護ってやろうとフリートは思っていた。

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