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魔宝樹の鍵  作者: 桐谷瑞香
番外編 過去の思い出の断片
103/242

番外編一 若き騎士達の誓い(2)

 新人として挨拶をしに来ただけの二人が、夕方にはへとへとになった状態で隊の部屋で傷の治療を受けていた。擦り傷ばかりだが、量が多い。隊員からの話によれば、隊長のカルロットが張り切れば張り切るほど、その傷の量は比例するそうだ。新人の騎士が挨拶に来て、隊長が嬉しくなった結果だろうと、ロカセナは思っていた。

 事前にカルロットの情報は給仕の女性から聞いていたため、ある程度は覚悟ができていたロカセナだが、フリートの様子を見ていると、彼はそうではなかったらしい。

 ロカセナたちが治療を受ける様子を、先輩騎士たちが苦笑しながら見守っている。稽古は非常に苦しかったが、どうやら隊員たちとの距離は縮められたようだ。

 ロカセナよりもかなり傷が多いフリートが治療を終え、軽く雑談をしていると、突然ノックもなしに薄茶色の髪の青年が飛び込んできた。

 騎士団の印がついた服を着ているが、騎士の中では珍しく小柄な体格だったため、一瞬どこかの文官貴族かと勘違いしそうだった。

「カルロット隊長はいますか!?」

「どうしたの、クラル。隊長ならまだ訓練場だけど……。第二部隊の貴方がどうしてここに?」

 セリオーヌは血相を変えて飛び込んできた、クラルと呼んだ青年の近くに寄る。

 第二部隊ということは、彼は還術専門の部隊に所属している者だ。彼の体格から判断すれば、おそらく武器を用いた還術ではなく、精霊を利用した還術をしていると考えられた。

 人々の生活を脅かすモンスターと対抗するために、“還術”と呼ばれる術を用いている。モンスターは他の世界に生きているらしいが、何らかの理由でこちらの世界にいるらしい。そのためモンスターの脅威から逃れるために、本来いるべき処に還そうというのが還術の由来である。それを使いこなすのは容易ではなく、技量とある程度の素質が必要とされていた。

 精霊を召喚できる者も非常に限られており、それこそ素質がなければ無理と言われている。そのような力を持っていると思われる青年は、騎士団の中でも珍しい存在であることが推察できた。

 慌てているクラルがセリオーヌと真正面から向き合うと、固い表情で口を開いた。

「……先ほど姫様の護衛の伝書鳩が飛んできまして、道中でモンスターと盗賊に襲われ、姫様が盗賊に連れ去られたという連絡が入りました」

「何ですって!? 急いで助けに行かないと……! 誰か早く隊長を呼んできなさい!」

 セリオーヌが入口近くにいた騎士に指示すると、彼はすぐさま部屋から飛び出ていった。

 彼女は呼吸が荒いクラルの肩に手を軽く乗せる。

「落ち着きなさい。貴方はカルロット隊長に状況を伝える役割を与えられたのでしょう。今のうちに呼吸を整えておきなさい」

「そうだね、ありがとう」

「……それにしても、どうして盗賊とモンスターの両方から襲われたの? 普通どちらかでしょう」

「すまないが、実はそれに関しては詳しい情報がまだ入ってきていないんだ」

「状況がわからないと、すぐには対策が立てにくいわね……」

(そうだろうか?)

 ロカセナは盗賊とモンスターが、限りなく近い時間帯に現れる事態を想定した。

 盗賊と遭遇している最中にモンスターが出現したというのは考えにくい。偶然が重なったとしても、可能性としてはかなり低いだろう。モンスターは騒がしいところに自ら突っ込む種族ではないからだ。

 それならばあり得るのは逆の場合だろう。モンスターと遭遇している時に、盗賊が現れたという展開。そこから検討を付ければ事件の概要は見えてくる。

 腕を組んで視線を下げているセリオーヌや、情報が無く突っ立っているクラルを横目で見ながら、ロカセナは冷静に考えればすぐにわかることを口にした。

「もしかしたらモンスターが姫たちを襲っている場面を盗賊たちが目撃して、乱戦の隙に(さら)ったんじゃないですか? 盗賊たちから見れば、護衛が手薄になっている非常においしい時間ですから」

「なるほど。それは可能性としては高い」

 セリオーヌはロカセナの発言に肯定するかのように首を振ったが、すぐに首を傾げた。

「けど、姫様たちはモンスターの巣がある場所には、近寄らない経路で帰ってくる予定よ。強固な結界も張りながらの移動だから、巣が近くにあっても、そう簡単には見つからないはず……」

「セリオーヌ班長、姫が誰かを助けるために、モンスターと戦うことはないのですか? 民想いで非常に責任感が強い女性だと聞いていますよ」

 ロカセナが発言した内容は見習いの中での共通認識であったため、隣にいたフリートも頷いていた。さらにその認識は騎士団の中でも同様だったらしく、セリオーヌや部屋の中にいた者たちがあっと声を漏らしていた。

 概要が見えてきたところでセリオーヌとクラルが今後の対応について話を進め出していると、ようやくカルロットが部屋に戻ってきた。彼の表情は引き締まっており、発される雰囲気は緊張感に満ちている。

「おう、クラルか。お前がいるってことは、この中には既に話が回っているってことだな」

「ほんの僅かな情報だけですが。その様子ですと、カルロット隊長も話を聞いているようですね」

「セリオーヌに使いに出された部下が走って伝えに来てくれた。……どうやら今回の件、お偉い貴族さんたちに気を使ってか、公にしたくないみたいだな。王からの指示か?」

「そのようです。状況が見えないため、あまり騒ぎ立てるなと指示を受けています。多数のモンスターが出現したという点から還術部隊である第二部隊が、そして姫との親交が深い第三部隊だけに、今回の件は伝えているそうです」

「そうか。――というわけだから、お前たち、箝口令(かんこうれい)を敷くからな。この件に関しては他言無用だぞ!」

 カルロットが言うと、ロカセナとフリートも含めた一同は声を揃えてはっきり返事をした。

 その返事を聞いたカルロットは満足そうな顔で頷くと、視線をセリオーヌに戻す。

「……で、俺より頭のいい二人で話をしていたんだ。救出するのに何かいい案でも思いついたか?」

 セリオーヌは難しい顔をして、持っていた地図を机の上に広げた。ミスガルム領の全体を把握できる大きな地図だ。その地図上の東側にある、小さな道を指でなぞった。

「すみませんが、まだ救出案は思い付いていません。クラルから聞いた話としては、この道の途中で姫は連れ去られたようです。また、地図には描かれていませんが、この付近に小さな集落があります。私たちの考えとしては、この集落にいる村人たちが間違ってモンスターを刺激してしまったところに、姫たちが遭遇。護衛たちが攻防で目を離した隙に、盗賊たちに連れ去られたのではないかと考えております」

「情報がない割にはいい推測しているじゃねえか」

「いえ、この考えは私ではなく、彼からです」

 セリオーヌが部屋の脇で待機しているロカセナの方に向くと、カルロットもつられて振り向いた。そしてロカセナのことを上から下まで眺め、にやりと笑った。

「おい、フリートとロカセナ、ちょっとこっちに来い」

「はい!」

「は、はい……」

 呼ばれるとフリートはすぐに歩き始め、ロカセナも数瞬間を置いてから急いで後を追った。

 近寄るとカルロットはまず二人の背中を強く叩いた。力が強過ぎたため、二人してむせてしまう。

「発想が豊かな奴は好きだぞ。それに打たれ強い奴も好きだ! いい新人が入ってきたな!」

「は、はあ……」

 ロカセナはフリートと同等に褒められたことに、ただただ困惑していた。

 試験の総合成績を見れば、フリートには遠く及ばず、ロカセナは合格者の平均点くらいだ。同じように扱われる要素などまったくない。

 あまり隊内で敵を作りたくなかったため、ロカセナはフリートが気分を害していないか心配だった。横目で彼の様子を見ると、なぜか嬉しそうにしている。視線に気付いた彼は顔を向けてきた。

「どうかしたか?」

「いや、そっちこそ、どうして嬉しそうなんだ? 初端から隊長に褒められたからかい?」

「違うさ。隊長もロカセナのことを評価しているのが嬉しいんだよ。たしかお前、連携戦の評価はかなり高かったよな。その試合を見ていたが、本当にいい動きをしていた覚えがある。あの動きは状況判断や推察能力が長けていなければ、できないことだろう?」

 フリートの言葉を聞いて、ロカセナは目を丸くした。

 まさか彼がそこまで見ているとは、思ってもいなかったからだ。

 たしかに頭を回転させて、その場で臨機応変に行動することは得意としていた。事実、連携戦での評価はフリートが言った通りかなり高かった。瞬時に状況を把握し、機転を利かせた動きをし、他者の動きを適切に援護している点が非常に良かったと言われている。

 しかし、とても地味な評価点だったため、それを知っている人は採点者くらいだと思っていた。

(温室育ちだけど、自分のことだけを考えているんじゃなくて、意外と他人をよく見ているんだな)

 文官貴族の血筋を引く者に、あまりいい印象を持っていなかったロカセナだが、少しだけそれが和らいだ気がした。

 カルロットは二人の間に入り、がしっと肩を握った。

「さて、これからどうするよ、お二人さん。新しい風を持ってきてくれたんだ、どんどん意見を言ってくれ」

「では、遠慮なく……。ありきたりな意見ですが、状況がわからないので、まずはその集落に行くべきだと思います。既に誰か行っているのですか?」

 ロカセナがセリオーヌとクラルを交互に見ると、クラルの方が先に口を開いた。

「第二部隊の三班が先に行っている。還しきれなかったモンスターがいるかもしれないから、その掃討も兼ねている」

「なら僕たちが相手をするのは盗賊ですね。安全面を考慮して、モンスターがいないところに彼らはいるはずです。モンスターの巣がある場所が木々で鬱蒼としているこの辺りだと考えると、彼らが無茶をせずにまだ移動していなければ、そこと村の間に一時的にいると考えられます」

 ロカセナが指で地図上に大きな楕円を描いた。カルロットは嬉しそうに頷いている。どうやら彼とも同意見のようだ。それを見て、ほっと胸を撫で下ろす。表向きでは平静にしているが、内心はかなり緊張していた。他人から評価を求められる場面は、何歳になっても苦手である。

 カルロットは腰に手を当てて、部屋の中をぐるりと見渡した。

「さてと、だいたい目星が付いたところで、俺たちの中で先発部隊を作って出かけるか。今から馬を飛ばせば、夜更け前には着ける」

「夜に移動するのは危険が増すので、あまり気乗りはしませんが、急を要しますから隊長の指示に従います」

 セリオーヌは溜息を吐きつつ、地図を巻いている。他の騎士たちも動き始めていた。

「クラル、情報ありがとう。第二部隊に戻って大丈夫だ。今後、第三部隊の先発部隊への連絡はセリオーヌにしてくれ」

「了解しました」

 一礼をすると、クラルは足早に部屋から出ていった。

 カルロットはまだ年若い、騎士見習いの服を着ている二人の少年に目を向ける。

「お前らも来い。何らかの形で役に立つはずだ」

 予想外の内容に、フリートは目を見開いていた。

「カルロット隊長!? 俺たちはまだ見習いです。姫の救出の手助けなど……」

「今回の事件、貴族さんや他の部隊に知られないように動くとなると、第三部隊から全員は出せない。つまり後方支援まで考えると人が少ねえんだよ。――そういえばフリート、魔宝珠の召喚物の剣に既に還術印を施してもらったって聞いたぞ。やる気満々じゃねえか。何で断る必要がある?」

「還術印に関しては、偶然が重なりまして……」

「うだうだ言ってねえで、とにかく準備しろ! ロカセナも嫌とは言わせねえからな」

「わかっていますよ、急いで支度をしますね」

 カルロットに声をかけられた時からロカセナはこうなる展開を薄々察していた。人数が少ないという発言はただの建前だろう。

 近年稀に見る好成績を弾き出したフリートと、多少なりとも助言をしたロカセナ。

 気になる新人たちの様子や実力を見極めるには、一緒に連れて行くのが手っ取り早いと判断したようだ。

 噂通り実戦好きな隊長だなと、ロカセナはつくづく思っていた。

 そしてセリオーヌの指示を受けながら、騎士見習いと騎士の狭間の二人は、実戦へ繰り出す準備をし始めた。



 支度が済むと、ロカセナとフリートを含めた第三部隊の二つの班が、姫が攫われたと言われる集落に向かって馬を走らせていた。先頭はカルロットで、すぐ後ろにはセリオーヌが道を間違えないように道順を示している。

 隊と合流してから一日もたっていないが、色々な面で非常に連携のとれた部隊だとロカセナは思っていた。

 実力はあるが熱くなり過ぎな隊長と、彼を慕いながら冷静な判断を持って支える下の者たち。どちらが欠けても部隊は上手く機能しないだろう。

 ふと隣で馬を走らせている同期の横顔を見た。若干緊張しているのか、表情が固い。

 ロカセナも緊張していたが、何とかなるだろうと思い込み、呼吸を整えて気持ちを落ち着かせていた。焦って行動をすれば、自分や守るべき者の命が危うくなるのは目に見えている。

 陽もすっかり落ち、光宝珠で足下を照らしながら大地を駆け抜けていく。小道に入り込んでしばらくすると、目的としていた集落に辿り着いた。

 集落の住民たちは皆、恐々と家の中から騎士たちを眺めていた。集落に入ると、包帯を巻き付けた人間が二人、カルロットたちに近付いてくる。服装から判断すると近衛騎士団員たちだろう。

 カルロットが馬から降りて軽く手をあげると、二人は頭を下げた。

「おう、お前ら、生きているようだな」

「すみません、カルロット隊長、助太刀に来てくださり。重傷者はいますが、誰も死んでいません」

「それはよかった。……人数が少ないのはどうしてだ? 護衛には二班ついていったはずだよな」

「六人は捜索しに、二人は一緒に行動していた貴族を彼らの護衛と共に城へ帰還、及び情報伝達をしています。そして残りの二人ですが、今は動けない状態となっています」

「怪我が酷いのか? どこにいる!?」

 近衛騎士たちに連れられて、カルロットは歩き始める。セリオーヌは馬の世話を何人かの騎士に任せ、それ以外の者を連れてカルロットの後を追った。

「出血はありますが、そこまで酷くはありません。動けないだけですね。盗賊からの毒矢に刺さったのが、大きな痛手でした」

 ある家に入ると、顔をひきつらせて横たわっている男たちの姿があった。ほとんど動けず、寝返りすら打てないようだ。

「患部は洗いましたが、毒が既に神経まで回っているため、すべては摘出できませんでした。ですが、おそらく一、二日で完全に抜ける毒らしいです」

「よくそう言い切れるな」

「カルロット隊長、スキールニルを知っていますか? あいつ、親が医術に精通している関係で、そういうことにも詳しいんですよ」

「ああ、あいつか。強いくせに、俺と一回も剣を合わせようとしない男。そんなに頭もよかったのか」

「かなり頭がいいです。普段はあまり口を開かないから、わからないですが……。姫様が一目置いているのも納得する人物ですね」

 スキールニルという青年の名前は、ロカセナたちが騎士見習いにいる時からよく聞いている名だった。自分たちよりも四歳上の彼は、フリートと同等か、それ以上に優秀な成績だったと聞いている。その彼が断言したのだ、それ相応の自信がなければ言わないだろう。

「姫は毒矢に刺され、動けなくなったところを連れ去られたのですか?」

 フリートが拳を握りしめながら、動けない騎士たちを見下ろしている。近衛騎士は俯きながら答えた。

「その通りだ。自分たちがモンスターに構っている間に、この二人がやられ、姫を連れ去られてしまった。こちら側の判断ミスだ。弁解する余地は何もない」

 言い訳もせず事実を認める。潔いと言えばかっこいいが、ロカセナから見ればただの責任放棄者にも見える。

 そのようなことを呟けば間違いなく喧嘩沙汰になるだろうと思い、口に出す前にすぐに飲み込んだ。

 フリートはきつく拳を握りしめている。姫に毒矢を放った卑怯者たちにでも怒りを向けているのだろう。

 しかし、これは試合ではない。

 正々堂々という言葉は通用されず、目的のためなら何をしても許される戦場だ。フリートが抱いている感情は、この場ではお門違いだった。

(本当にわかりやすいくらいに、真面目で責任感の強い奴だな)

 この一日だけで、ロカセナからフリートへの印象は様々な面から確立されつつあった。

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