最後の旅
ある秋の事だ。出雲市駅に1組のカップルが降り立った。2人は70歳代で、男は少し元気がない。下を向いている。男の名は七吉、出雲市生まれで、上京して会社員として働いていた。そして、65歳で定年を迎えてからは、年金で暮らしている。子供を設けたが、すでに子供が独り立ちしていて、妻の佳代子と2人暮らしだ。
2人が出雲市に降り立つのは、10年ぶりだ。10年前に七吉の母が死んで以降、全く里帰りしなかった。死んですぐに、実家は売りに出し、今はどうなったかわからない。七吉はそれがどうなっているのか気になってしょうがなかった。今年、出雲市を旅して、そのついでに実家がどうなったのか確かめようと思っていた。
「着いたわね」
「うん」
七吉は肩を落としていた。七吉は末期がんを患っていて、余命はいくばくもないと言われていた。だが、一生懸命ここまで生きてきた。だけど、もう限界が近づいてきた。果たして、どこまで生きられるんだろう。今日が最後の日かもしれないと思う毎日だ。だが、今日も生きていると感じると、ほっとする。
「懐かしいでしょ?」
「ああ」
七吉はほっとした。故郷の出雲市に帰ってきたからだ。とても嬉しくなった。やっぱりここが一番だな。
佳代子は思った。まずは出雲大社に行こうかな? 出雲市に来たら、絶対にここに行っていた。そして、お参りをしていた。
「出雲大社に行きましょ?」
「うん」
2人は一畑電車に乗り換えた。一畑電車は宍道湖の北を走る鉄道だ。1990年代になっても旧型車両が走っていて、その中には手動扉の電車もあったという。だが、急速に近代化が進行し、大手私鉄の中古車が導入され、新型車両も導入された。幼少期に乗った一畑電車はここまで変わったんだな。そう思うと、時代の移り変わりを感じる。
「あれから変わったんだね」
2人は松江しんじ湖温泉行きに乗った。乗った電車は京王電鉄の中古車だ。どこか懐かしい気がする。上京したての頃、京王電鉄で走っていた電車だからだ。
「僕らが働いていた頃は、この電車が走ってたんだ。この地でまだ走っているとは」
電車は川跡駅に着いた。川跡駅は大社線への乗換駅だ。
「川跡に着いた」
出雲大社前行きの電車はすでにホームに入って、電車を待っていた。2人はその電車に乗り換えた。乗り換えた電車は元東急電鉄の電車だが、中間者に運転台を増設したもので、外観は側面しかその面影がない。
「懐かしいね」
「ああ」
2人が乗ると、すぐに電車は出雲大社前駅へ出発していった。2人の他に、何人かの乗客がいる。彼らはみんな、出雲大社を目指していると思われる。彼らはどんな願いを込めるんだろうか?
「さて、出雲大社に行きましょ?」
「うん」
電車は終点の出雲大社駅に着いた。大社線が廃止になって以降、一畑電車が出雲大社に行くための唯一のアクセス手段となっている。
出雲大社前駅の近くには、多くの人がいる。彼らはみんな、参拝する人と思われる。とても楽しそうな顔をしている。自分たちもこんな楽しそうな顔をしたい。だけど、死期が迫っていると感じると、笑顔でなくなる。
「着いた!」
「今日も多くの人が来てるね」
「そうだね」
2人は出雲大社までの道を歩いていた。多くの人がそこまでの道を歩いている。彼らはみんな幸せそうだ。カップルも幸せそうだ。彼らはこれから、どんな日々を送るんだろう。
2人は行列に並んで、参拝をした。今日も多くの人々が来ていて、とても楽しそうだ。彼らと同じように、笑いたいよ。だけど、もう自分は余命が幾ばくもない。
「何をお祈りした?」
「1日でも多く生きられるようにって」
七吉は、1日でも多く生きられるようにと願った。もういつ死んでもおかしくないと言われている。人生にはいつか終わりが来る。自分にもそれが近づいている。
「私もそうよ」
佳代子も同じ願いだ。1日も多く七吉と一緒にいたいと思っている。だが、その願いはかないそうにない。その時は樹もおかしくないだろう。
次にやって来たのは、大社駅だ。大社駅はJR大社線の終点だった駅で、平成の初期に廃止になった。大社線には2つの途中駅があったが、乗降客が多くなかった。大社駅は出雲大社の最寄り駅の1つで、多くの人が乗り降りしていて、大社駅のための大社線のようなものだった。出雲大社を模した造りのこの駅は、廃止されて以降も残され、重要文化財になっている。そして、多くの人が訪れている。
「大社駅、もう使われてないんだね」
「駅舎はあるんだけどな」
七吉は大社線に乗って出雲大社に行った時の事を思い出した。あの頃は多くの人が来ていた。だけど、今ではもうこのホームには誰も来ない。
「わしはこの駅から上京した」
「そうだったね」
七吉は上京した日の事を思い出した。家族みんなが見送ってくれた。そして、東京で頑張ろうという気持ちになれた。本当に素晴らしい思い出だったな。あの時の事を、昨日のように思い出す。
「懐かしい・・・」
七吉はホームを見た。ホームには草が生えていて、レールがない。もうここに列車が来ない証拠だ。とても寂しいけれど、これが現実だ。
「もうここに列車は来ない・・・」
「寂しいね」
佳代子も寂しさを感じていた。
「実家に行きましょ?」
「うん」
2人は実家に向かった。実家はここから歩いて程近くの所にある。2人はワクワクしていた。果たして今、実家はどんな風になっているんだろう。気になってしょうがない。
2人は実家のあった場所の周辺にやって来た。だが、なかなか見つける事ができなかった。あまりにも変わっているからだ。そして、実家が全くない。あれから、もう解体されていると思われるが、周りの建物も変わっていて、探しづらくなっている。
「来たね・・・」
七吉は首をかしげた。ここだったのに、全く面影が残っていない。
「あれ? ここだったのに」
七吉はある事を思い出した。実家のあった場所にはアパートがあると聞いた。ひょっとして、ここだろうか?
「もうここにはアパートがあるんだよな。どこだったかなかなかわからないよ」
「そうなんだ・・・」
七吉は思った。もうすぐ終わろうとしている自分の人生。自分が生きてきた事は、はるか彼方に忘れ去られていくんだろうか? ここに住んでいた記憶も、そして、上京し、働いた記憶も。
「ここに住んだ記憶って、忘れ去られていくのかな?」
「そうかもしれない」
そう思うと、佳代子も寂しくなった。自分が死んだら、自分が生きた記憶も遥か彼方に消えていくんだろうか?
「寂しいね」
「うん」
もう帰ろう。今日は久々に島根に来れて、楽しかったな。できればまた行きたいな。
「さて、帰ろうか?」
「うん」
2人は実家を後にした。寂しいけれど、これでお別れだ。出雲市に来るのはこれで最後になるだろうけれど、記憶の中にいつまでも残してほしいな。
出雲市行きの電車の中で、2人はこれまでの日々を思い出していた。子供を設けて、彼らの成長を見届けた。時には楽しく、時には苦しい日々があったけれど、どれもこれもいい日々だった。そして、彼らは巣立っていき、定年を迎えて退職する頃には2人暮らしに戻っていった。賑やかだった家が2人だけになってしまった。寂しいけれど、これが時代の流れなんだと思っていた。これが盛者必衰なんだろうかと思えてきた。
「楽しかったね」
電車はゆっくりと出雲市駅に向かっていく。乗客は2人だけになっている。とても静かな車内だ。
「ああ。君と一緒に来れて、嬉しかったよ」
七吉はどこか言葉がおぼつかない。どうしたんだろうか? 死期が近いんだろうか? 佳代子は少し不安になった。
「こちらこそ」
そして、電車は終点の出雲市駅に着いた。佳代子は席を立った。だが、七吉が立とうとしない。七吉は寝ている。久々の旅で疲れたんだろう。佳代子はゆすった。だが、七吉は起きない。もしかして、死んだんだろうか? 佳代子は額に手を当てた。すると、七吉の体は冷たくなっていた。
「あなた・・・」
七吉は死んでいた。最後に故郷を旅できて、故郷で最期を終える事ができて、本当に嬉しかっただろうな。だけど、まだまだ行きたかったという想いが強かっただろうな。
そして、七吉の人生は終わった。2人が生きた記憶は、徐々に薄れていくかもしれない。だけど、2人で生き、子供を設けて、幸せな家庭を築いた日々は、これからも語り継がれていってほしい。そう願うだけだ。




