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人間失格~仁義なき復讐~  作者: 猫塚ルイ


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第9話

降り出した雨が、倉庫から持ち出した火薬の匂いを冷たく叩き落としていく。


志摩が運転する車は、都心から外れた郊外の聖マリア病院へと向かっていた。


拓海の妻が検診に通い、来月には新しい命が産声を上げるはずだった場所だ。


「……あいつ、俺に言ったんだ。もし俺に何かあったら、子供の顔だけは見てやってくれって」


助手席で、俺は銃弾の掠り傷を雑にバンダナで縛りながら呟いた。


「縁起でもねえこと言うな、って笑い飛ばしちまった。あいつはあの時から、死の足音を聞いてたんだ」


「極道の勘ってやつか。皮肉なもんだな」


志摩がハンドルを切り、病院の裏手にある駐車場に車を滑り込ませる。


深夜の病院は静まり返り、白く無機質な建物が巨大な墓標のようにそびえ立っていた。


俺たちは監視カメラを避け、非常階段から産婦人科のフロアへと向かった。


消毒液の匂い。


新生児室から聞こえる、微かな泣き声。


暴力と血の臭いにまみれた俺たちにとって、そこはあまりにも場違いな「生」の場所だった。


「……ここだ。302号室、拓海の嫁さんの担当医の待合コーナー」


ベンチの端、目立たない場所に置かれた小さな観葉植物。


その鉢の裏側に、粘着テープで固定されたメモリーカードが貼り付けられていた。


拓海が最後に俺を呼び出そうとした場所。


あいつが命を託したのは、最も守りたかった「未来」のすぐそばだった。


「あったか、黒嵜」


「ああ。……これ一つで、全部が終わるのか」


その時だった。


廊下の向こうから、ゆっくりとした足音が近づいてくる。


カツン、カツンと、硬い靴音が静寂を切り裂く。


「……感心しましたよ、黒嵜の兄貴。まさか、こんな所にまで足を運ぶとは」


現れたのは、仕立てのいい三つ揃いのスーツを身に纏った男。


榊原組顧問弁護士、久保田だ。


その手には、不釣り合いなサイレンサー付きの自動拳銃が握られていた。


「久保田……。お前が直々に掃除に来るとはな」


「兄貴、あなたは情に厚すぎた。拓海を消せと言ったのは、組長ではなく私ですよ」


「………」


「あの子は正義感なんていう、極道には不必要なものを持ち込みすぎた」


久保田の眼鏡の奥で、冷徹な理性が光る。


こいつは、親父すらも操っている。


政界の「闇の金」を守るために。


「拓海を……。顔も分からなくなるまで殴らせたのは、お前か」


「指紋を残さないための最善策ですよ。さあ、そのカードを渡してください。そうすれば、あなたの弟分のお嫁さんに、悲しい『事故』が起きることはありません」


俺の指に、怒りで力がこもる。


こいつは今、この聖域で、産まれてくる命までをも脅しの道具に使った。


「志摩。……こいつは、俺にやらせろ」


「分かってる。……だが、殺すなよ。そいつは『生き証人』だ」


俺はメモリーカードをポケットに放り込み、腰のドス……ではなく、志摩から渡された銃を構えた。


だが、俺が選んだのは引き金を引くことじゃなかった。


俺は銃を床に捨て、弾丸のような速度で久保田の懐へ飛び込んだ。


法で守られた悪党には、極道の「理不尽」を叩き込んでやる必要がある。


「……俺が、地獄を見せてやるよ」


深夜の病院に、肉と骨が砕ける音が響き渡った。


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