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人間失格~仁義なき復讐~  作者: 猫塚ルイ


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第37話

新宿を焼き尽くし、秩序の残骸が雪に埋もれたあの夜から、一ヶ月が経った。


今、俺が呼吸をしている場所は、一日の太陽の光さえも秒単位で管理された


コンクリートと鉄が支配する無機質な檻の中だ。外界の喧騒は厚い壁に遮断され


鼓膜に届くのは、感情を削ぎ落とした看守の足音と


正気を失いかけた受刑者たちが時折放つ虚ろな叫びだけだった。


「……305番。面会だ。立て」


看守の事務的な呼び声に、俺は重い腰をゆっくりと上げた。


全身の傷は塞がりつつあったが


貫通銃創を負った左肩だけは、雨の予感に反応して鉛を埋め込まれたような鈍い痛みを疼かせ続けている。


アクリル板の向こう側に座っていたのは、死神の誘いを振り切った、意外な人物だった。


「……生きてたか、松田」


そこには、額に醜い大きな傷跡を刻んだ松田が、かつての面影を削ぎ落としたようなやつれた顔で座っていた。


あの雨の夜、俺が新宿の路上に見捨て、地獄の縁に置き去りにしたはずの元弟分だ。


「兄貴……。組は、もうバラバラです。山城さんは行方不明、残った連中も連日のガサ入れで、実質的に壊滅しました。榊原の代紋は、もうどこにもありません」


俺は何も答えず、ただ松田の濁った目を見据えた。


代紋が消えた程度で、俺の胸に去来するものは何もない。


「……でも、まだ終わってないんです。中臣は精神疾患を理由にVIP病棟へ入院し、法の追及から逃げ切ろうとしています。そして、中臣の背後にいた『本当の怪物』が、ついにその牙を剥き始めました」


「本当の怪物、だと?」


俺の指が、無意識にアクリル板を小さく叩いた。


冷たい感触が指先に伝わる。


「……『三和会』。政財界を牛耳り、中臣を都合の良い駒として操っていた、日本最大の巨大企業連合です」


「連中はトカゲの尻尾切りで中臣を切り捨てました。今度は榊原組の跡地を丸ごと買い上げ、巨大な再開発利権を独占しようと動いています」


松田の声が、怒りと恐怖で細く震える。


「拓海さんが消された本当の理由は、中臣の裏金だけじゃなかった。三和会がこの国を裏から完全に私物化するための『国家再編計画書』……それを、あいつが偶然握ってしまったからです」


脳裏に、親父が遺したあの「最後の遺言」が蘇る。


俺が手にした真実など、巨大な氷山の一角に過ぎなかったのだ。


親父は、俺にすべてを終わらせろと言った。


それは、一極道の親分や代議士を倒すことなどではない。


この国を根底から蝕み、人々を「消耗品」として喰らい尽くす


巨大なシステムそのものを破壊しろという、呪いにも似た託託だったのか。


「兄貴、これを。…志摩さんからの伝言です」


松田が看守の視線を鋭く盗み、一枚の皺くちゃな紙片をアクリル板に押し当てた。


そこには、志摩の乱暴な筆跡で一言だけ記されていた。


『地獄で待ってるぞ』


「……フン。相変わらず、趣味の悪い刑事だ」


俺は口端をわずかに吊り上げ、その紙片を拳の中で握りつぶした。


檻の中に閉じ込められ、自由を奪われていても、俺の血は依然として沸騰を続けている。


復讐の残り火は、決して消えてはいない。


ただ、より巨大で、より強大な獲物を確実に仕留めるために、深淵の底で静かに、より熱く燃え盛っているだけだ。


俺の物語《人生》は、ここで終わりではない。


「対・国家」という名の暴動から


この国を飼い慣らす「対・支配者」への宣戦布告へと、その変貌を遂げようとしていた。

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