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人間失格~仁義なき復讐~  作者: 猫塚ルイ


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第1話

雨は、すべてを洗い流してくれるほど優しくない。


アスファルトに叩きつけられた雨水は、街の煤塵と混じり合い、ドブネズミのような色をして俺の靴を汚していく。


「……おい、拓海。返事ぐらいしろよ」


俺の声は、激しい雨音に掻き消された。


目の前に転がっている「それ」は


昨日の夜まで俺の後ろを三歩下がって歩いていた、威勢のいい弟分の成れの果てだ。


東京湾の端、人気のない埋立地の岸壁。


海から引き揚げられたばかりの拓海は、パンパンに膨れ上がり、肌は土気色に変色していた。


何より無惨なのは、その顔だ。


鈍器のようなもので執拗に殴られたのか、端正だった面影はどこにもない。


俺の名は黒嵜和貴。


関東最大の極道組織・榊原組で若頭なんていう、血生臭い看板を背負わされている。


親の顔も知らず、路地裏の泥水を啜って生きてきた俺にとって、盃を交わした拓海は唯一の「家族」だった。


「黒嵜、検視の邪魔だ」


聞き覚えのある、癪に触る声がした。


振り返ると、ビニール傘を差した男が立っていた。


警視庁捜査一課、志摩。


俺たちを縛り上げることに執念を燃やす、いわば天敵だ。


「……事故、か」


俺は低く、地這うような声で問うた。


志摩は冷めた目で水死体を見下ろし、鼻を鳴らす。


「今のところはな。足を滑らせて転落、頭を打ちつけてそのまま……といったところだ」


「本当に、事故だと言えるのか」


「なんだ、心当たりでもあんのか?」


「あるわけねえだろ。こいつは来月、奥さんとのガキが生まれる予定だったんだ。自分から死ぬようなタマじゃねえ」


志摩の目が、一瞬だけ鋭く光ったのを俺は見逃さなかった。


こいつは何かを知っている。


だが、警察の正義が俺たちの真実に手を貸すことなどあり得ない。


「帰りな。極道がしみったれる場所じゃない」


志摩に背を向け、俺は歩き出す。


全身が雨に濡れて、芯から冷えていく。


だが、胸の奥だけが、焼けつくような熱を帯びていた。


拓海、あいつは死ぬ直前、俺に電話を寄越した。


『兄貴、話があるんです。俺、とんでもないものを見ちまって……』


あの怯えた声。


あいつを殺したのは、きっと海じゃない。


この街の闇に紛れた「誰か」だ。


(見てろよ、拓海…お前をこんな姿にした奴は、俺が地獄へ引きずり落としてやる)


たとえその過程で、俺が「人間」を辞めることになっても。


俺は、自分の中に住む獣の鎖を解いた。


黒嵜和貴として、極道に足を踏み入れた瞬間から、普通の人生を歩めないことは悟り切っていた。


そんな中で出逢ったかけがえのない兄弟を喪った。


なら、ここから先は、復讐という名の修羅道だ。


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