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泣いてる

作者: 夜月黎
掲載日:2026/02/28

その人は煙草を吸いながら、泣いていた。


感情なんてこもらない瞳が、涙だけを流していた。


いつも強くて、なんでも出来て、弱さなんて見せたことの無い人だった。


俺は思わず、どきっとして動きを止めた。

休憩中、煙草を吸いに来ただけだったのに、中に入れなかった。


しばらく、入口で立っていると、その人は何事もなかったかのように出て来た。


「あ、悪い。休憩中?」


そう言って、いつものように屈託なく笑った。

俺は何も言えずに、ただ頷いた。


去り際、その人の目の端にはまだ、涙の跡が少しだけ、残っていた。


喫煙室の中に入り、煙草に火をつける。


あの人の煙草の残り香が、残ってる気がした。


あの、涙が脳裏から離れない。




数日後、また喫煙室に入ろうとすると、あの人がいた。


ひとり。

煙草を吸いながら、また、泣いている。


また、どきっとする。

けど、今回はそのまま中に入っていく。


びっくりした顔で入口を見たその人は、涙を隠そうともせず、ただにっこりと笑った。


その瞬間、俺の体は勝手に動いた。


自分よりも背の高いその(ひと)の唇を、背を伸ばして奪っていた。


「っ!!」


お互いに体が強張る。


でも、俺は離さなかった。

……抵抗もされなかった。


しばらく後。

やっと唇を離した俺に、その人は言った。


「なんで?」


言い訳なんて、考えていなかった。

理由なんて、なかった。


それが何かなんて、まだわからなかった。


「泣いてたから」


そう答えると、その人はふっと顔を緩ませて、


「そっか」


とだけ答えた。


少しだけ、胸が切ない。


「なんで泣いてたんだ?」


その人は驚いたように俺を見て、ちょっと悲しそうに言った。


「……飼ってた猫、死んじゃったんだ」


少し、遠い目をして。


「……寂しくて」


何も言えなかった。

この人でも、寂しいとか、思うんだ、ということに驚いていた。


「ごめんな、びっくりさせて」


謝る必要なんてないのに、謝る。


いや、それは俺のほうだろ、と思う。


「……じゃあさ、一緒にメシでも行くか?」


そう言うと、目を丸くして俺を見てる。


「誰かいたら、寂しくないだろ?」


少し顔をそらしながら、返す。


ふっと笑ったその人は柔らかい瞳で俺を見る。


「そうだな、じゃあ、行く」


そう言って、煙草の火を消す。


「連絡待ってるな」


それだけを言い残して、出て行く。


ひとり残された俺は煙草に火をつける。

ひとくち目、大きく煙を吐き出す。


そんな、恋のはじまり。


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