泣いてる
その人は煙草を吸いながら、泣いていた。
感情なんてこもらない瞳が、涙だけを流していた。
いつも強くて、なんでも出来て、弱さなんて見せたことの無い人だった。
俺は思わず、どきっとして動きを止めた。
休憩中、煙草を吸いに来ただけだったのに、中に入れなかった。
しばらく、入口で立っていると、その人は何事もなかったかのように出て来た。
「あ、悪い。休憩中?」
そう言って、いつものように屈託なく笑った。
俺は何も言えずに、ただ頷いた。
去り際、その人の目の端にはまだ、涙の跡が少しだけ、残っていた。
喫煙室の中に入り、煙草に火をつける。
あの人の煙草の残り香が、残ってる気がした。
あの、涙が脳裏から離れない。
数日後、また喫煙室に入ろうとすると、あの人がいた。
ひとり。
煙草を吸いながら、また、泣いている。
また、どきっとする。
けど、今回はそのまま中に入っていく。
びっくりした顔で入口を見たその人は、涙を隠そうともせず、ただにっこりと笑った。
その瞬間、俺の体は勝手に動いた。
自分よりも背の高いその男の唇を、背を伸ばして奪っていた。
「っ!!」
お互いに体が強張る。
でも、俺は離さなかった。
……抵抗もされなかった。
しばらく後。
やっと唇を離した俺に、その人は言った。
「なんで?」
言い訳なんて、考えていなかった。
理由なんて、なかった。
それが何かなんて、まだわからなかった。
「泣いてたから」
そう答えると、その人はふっと顔を緩ませて、
「そっか」
とだけ答えた。
少しだけ、胸が切ない。
「なんで泣いてたんだ?」
その人は驚いたように俺を見て、ちょっと悲しそうに言った。
「……飼ってた猫、死んじゃったんだ」
少し、遠い目をして。
「……寂しくて」
何も言えなかった。
この人でも、寂しいとか、思うんだ、ということに驚いていた。
「ごめんな、びっくりさせて」
謝る必要なんてないのに、謝る。
いや、それは俺のほうだろ、と思う。
「……じゃあさ、一緒にメシでも行くか?」
そう言うと、目を丸くして俺を見てる。
「誰かいたら、寂しくないだろ?」
少し顔をそらしながら、返す。
ふっと笑ったその人は柔らかい瞳で俺を見る。
「そうだな、じゃあ、行く」
そう言って、煙草の火を消す。
「連絡待ってるな」
それだけを言い残して、出て行く。
ひとり残された俺は煙草に火をつける。
ひとくち目、大きく煙を吐き出す。
そんな、恋のはじまり。




