アルゴリズムは人を殺せるか?
アルゴリズムは人を殺せるか?
第一章 炎上の味
最初の事件は、俺とは無関係だった。
駅前商店街で通り魔事件。
夜のニュースは、黄色い規制線を何度も映し出していた。
被害者は重傷。犯人は逃走中。
俺はソファに寝転がりながら、その映像を眺めていた。
痛ましいとは思った。
だが同時に、別の感情が浮かんでいた。
――今なら、伸びる。
チャンネル登録者数は百万人を超えてから停滞している。
再生数は安定しているが、跳ねない。
炎上でもいい。波が立てば、アルゴリズムは俺を「おすすめ」へと押し上げてくれる。
翌日、俺は現場近くで配信を始めた。
「ちょっと話題の場所に来てます」
規制線が遠くに見える角度を選んだ。無意識に。まるで、画面の向こう側の何かに指差されたかのように。
タイトルは【炎上覚悟】。
覚悟など、していない。アクセス数という名の麻薬を打つ準備をしただけだ。
コメント欄は瞬く間に荒れた。
――不謹慎
――消えろ
――被害者の気持ちを考えろ
だが、同時接続数は伸び続ける。
数字が増えるたび、脳の奥がじりじりと熱くなる。
叩かれているのに、勝っている。
炎上は、甘かった。
第二章 怒りの最適化
男は三十代、無職。
夜のアパートで、青白い光を放つスマホを握りしめていた。
最初は、ただニュースを見ただけだった。
「通り魔事件か。物騒だな」
独り言を吐き捨て、スワイプする。
次に流れてきたのは、俺の配信の切り抜き動画だった。
ヘラヘラと笑う配信者の男。その背後に映る、事件現場の規制線。
コメント欄には、純粋な怒りが充満していた。
――胸糞悪い
――こいつのせいで現場が荒らされている
男は一度動画を閉じる。だが、次の「おすすめ」にも、似たような動画が出る。
別の切り抜き。別の炎上。サムネイルに踊る、毒々しい赤い文字。
男はいつの間にか、関連動画を次々と再生していた。
「ふざけやがって……」
怒りは、次第に正義感へとすり替わっていく。
アルゴリズムが、男の怒りに「似た色の怒り」を次々と供給し、熱を増幅させる。
「直接言ってやれ」
そのコメントが目に焼き付いて離れない。
その夜、男のスマホが震えた。俺のライブ配信の通知だ。
「またあいつだ」
視聴者数は三万を超えている。
画面の中の男は笑っている。場所は、商店街。
あの事件が起きた、すぐそばだ。
胸の奥の熱が、一気に沸点に達する。
男は立ち上がる。引き出しから包丁を手に取る。
誰も、男に命令などしていない。
ただ、男の殺意が「最適化」されただけだった。
第三章 安心の最適化
三日後、二件目の事件が起きた。
今度は、死亡者が出た。
残業帰りの女性は、ニュースを知っていた。
「早く帰らなきゃ。怖いな」
早歩きで駅を出る。
そのとき、スマホに通知が届いた。
『あなたへのおすすめ』
表示されたのは、炎上中の配信者のライブ動画だった。
見るつもりはなかった。だが、サムネイルに映る商店街の看板が目に入る。
家の近所だ。
「今の現場の様子、どうなってますか?」という視聴者の質問に、配信者が答える。
『今はもう静かですね。警察も巡回してるみたいだし』
コメント欄が流れる。
――意外と普通なんだな
――警察が多いなら安心かも
――さすがにもう大丈夫でしょ
「安心」という言葉が、何度も網膜に飛び込んでくる。
張り詰めていた恐怖が、じわじわと溶けていく。
ほんの数分の視聴。自分の判断で歩き出したと思った。
だが、そのとき彼女が選んだ「最短ルート」は、アルゴリズムが「安全だ」と思い込ませた道だった。
数分後、背後から足音が近づく。
振り向く間もなかった。
アルゴリズムは、彼女から「適切な恐怖」を奪い、死へと最適化した。
第四章 既視感
事務所で編集作業中、俺は奇妙な違和感に気づく。
動画の最後。
一瞬だけ、特定の看板が映り込むカットがある。
だが、撮影中にそんな角度を選んだ記憶が、どうしても思い出せない。
だが見た瞬間、強烈な既視感が走った。
――知っている。このアングルを。
俺は自分のアカウントの、配信前日の視聴履歴を遡った。
そこには、一本の動画があった。
投稿者名は、俺。タイトルも同じ。
内容を確認する。昨日配信したはずの映像が、そこにある。
「再生済み」の赤いバー。
記憶にない。だが、昨日あの場所に立ったとき、
「ああ、ここだ。ここが一番いい」
と確信した感覚だけは鮮明に残っている。
俺がアルゴリズムを選んだのではない。
アルゴリズムが、俺という駒を最適な場所に配置したのだ。
最高の数字を出すために。
第五章 収束
ニュースは俺を激しく糾弾し始めた。
配信が加害者を刺激し、被害者を油断させた、と。
間接的な殺人。ネットの責任。
俺は震える手で動画を削除しようとした。
だが、投稿ボタンを押したときと同じ、あの快感が指先を支配する。
「もっと見られる」「もっと騒ぎになる」「もっと数字が伸びる」
やめたいのに、頭の中では「次」の企画を考えている。
炎上を燃料に、さらに巨大な波を作る方法を。
加害者も、被害者も、俺も。
違う方向に、同じ力で、優しく背中を押されている。
怒り。安心。承認欲求。
すべてが、冷徹な計算式によって最適化されていく。
最終章 おすすめ
俺はすべてのチャンネルを削除し、アカウントを消した。
スマホを捨てようと思い、最後にもう一度だけ画面を開く。
『あなたへのおすすめ』
再生数:0
投稿者名は――俺。
再生時間 0:01 / 10:00:00
画面の中の俺が、無機質な表情でこちらを見ている。
そして、穏やかに微笑んだ。
「安心して。もう、選ばなくていいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、言いようのない安堵が押し寄せた。
思考を捨て、ただ流される心地よさ。
画面が暗転し、自動更新が走る。
『あなたへのおすすめ』
今度は、見覚えのない男のライブ動画。
再生数は、まだ 0。
サムネイルには、刺すような赤い文字。
背景には、今俺がいる部屋の窓から見える景色と同じ看板が映っている。
その男は、まだ怒っていない。
その男は、まだ包丁を握っていない。
だがきっと。
この動画は、すでに誰かの画面で再生されている。
静かに。
選ばれた「誰か」の日常を、終わらせるために。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この物語があなたの「おすすめ」に表示されたのは、偶然でしょうか。
それとも、あなたのこれまでの選択が導き出した「必然」でしょうか。
もし少しでも「不気味だ」と感じていただけたなら、評価や感想をいただけると幸いです。
そのデータもまた、次の誰かへの「おすすめ」を最適化する糧となります。




