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短編

行方不明になった婚約者

作者: 梶村まよ
掲載日:2026/01/01

 


 学園の卒業が近いある日、婚約者のジョシュ様が男友達と話している声が聞こえた。彼らは教室で話しているので、廊下にいる私のことに気付いていないようだ。


「ジョシュ、あの男爵令嬢のことは本気なのか? マリサ嬢と婚約破棄する気なのか?」

「そうだな。信じたくはないが、マリサに虐められているのは本当のようだ。あんな健気で弱々しいコニーを虐めることが出来るなんて見損なったよ」

「でも、婚約を解消なんて出来るのか?」

「ああ、誰にも邪魔されないように、卒業後の舞踏会で婚約破棄を宣言しようかと思っている」

「そ、それは、やめておいた方が……」


 男友達は慌てて止めているが、ジョシュ様は聞いていない。私も止めたいが、今入っていってもジョシュ様は聞く耳を持たないだろう。


「引き返せないところまで進めたら、婚約破棄は出来るだろう」

「い、いや。そうなると、お前大丈夫なのか?」

「家族は俺を愛してくれている。大丈夫だ」


 いや! 大丈夫じゃないでしょう! 何故そんなに幸せな頭をしているのか。昔のジョシュ様はもう少しまともだった気がするのに。コニーのせいなんだろうか?


「ジョシュ、もう少し冷静に考えた方がいいぞ。俺は忠告したからな」


 呆れたように男友達がジョシュ様に伝えている。そろそろ二人が教室から出てきそうなので、私も急いでその場を離れた。


 しかし、私は舞踏会で婚約破棄されてしまうのか……。少し前まではジョシュ様と私は結構上手くいってたと思うのにな。


 男爵令嬢のコニーが現れてから、ジョシュ様は少しおかしくなった。弱々しいコニーに頼られて、俺が守らないと!と思ったらしい。マリサは強い人だから少しくらい俺がいなくても大丈夫だろう、と言われた時にはめまいがした。


 少しくらいだったはずが、最近ではジョシュ様とコニーはずっと一緒にいる。そして、いつの間にか私はコニーを虐めている女だと思われていた。


 コニーが色々と吹き込んでいるらしいとは聞いたが、それをジョシュ様が信じるなんて……。こんな婚約者、私の方から捨ててやりたいとも思ったが、家格が下のうちからは言い出しにくい。


 ジョシュ様のことが嫌いになれない気持ちもある。昔から人が良くて優しかったジョシュ様のことが、私は大好きだったからだ。



 そんなある日、ジョシュ様が行方不明になった。侯爵令息のジョシュ様が急に姿を消したことで、まわりの人たちはパニック状態だ。


 最近私とは上手くいっておらず、コニーと仲良くしていたので、最初は駆け落ちしたのでは?と噂されていた。

 しかし当のコニーが普通に学園に通っていたのでその線は消え、ご家族を初め皆が不安になっていた。


 もちろん婚約者の私のところにも心当たりがないかの確認があった。しかし、私にも全くわからない。ジョシュ様のご家族は明らかに憔悴していて、私も心苦しかった。


 そしてジョシュ様が消えてから五日後、彼が突然帰って来た。



 ジョシュ様は帰ってきてすぐに家族に謝った後、私に会いに来た。彼はとても申し訳なさそうに私に謝罪した。


「マリサ、今まですまなかった。コニーの言うことを全て信じて、君のことを蔑ろにしていた。それどころか、コニーを虐める酷い人間だと思っていた。本当に申し訳ない」

「ジョシュ様……」

「もし許してもらえるなら、俺は今から君を、君だけを大切にしたい。どうか俺にチャンスをくれないか?」


 真摯に謝るジョシュ様を見て、私は嬉しくなる。何があったのかわからないけれど、ジョシュ様は目を覚ましてくれたみたいだ。


「ジョシュ様、悲しかったことは本当ですが、これからは私だけを大切にしてくださるんですよね?」

「もちろん、俺には君だけだ」

「それなら、もう一度、私たちは婚約者として仲良くしましょう」

「ああ。ありがとう、マリサ」


 ジョシュ様が安心したように私を見て、抱きしめてくれる。ジョシュ様に抱きしめられたのは初めてなので、緊張するし心臓がうるさかった。



 それからのジョシュ様は、常に私を優先してくれた。学園でコニーに会った時も、彼女を拒絶している。


「君は俺に嘘をついていたんだね。マリサに虐められているなんて、どうしてそんな嘘をついたんだい?」

「嘘じゃありません! 私は本当にマリサ様に虐められてて。証人や証拠だってあります」

「それも全て捏造されたものだよね? 君のお友達の子に聞こうか? ほら、そこにいる彼女に」


 ジョシュ様が指差した先には一人の女生徒がいた。彼女が怯えたような表情をした。コニーの顔が強張る。


「い、いえ。もしかしたら、今までのことも私の勘違いだったかもしれません。マリサ様、申し訳ありません。失礼します」


 コニーと女生徒が逃げて行く姿を見て、ジョシュ様は冷たい視線を送っていた。そして私を振り向くとにっこり笑う。


「彼女たちのことはきちんとするから、安心してくれていいよ。君を傷つけたんだから、それなりのお礼をしないとね」

「ジョシュ様……」

「もちろん、俺も君を傷つけた一人だから。それは、一生かけて償わせて欲しい」


 ジョシュ様は行方不明になってた間に、人が変わったようだ。何があったんだろう。



 ある日、ジョシュ様とお茶会をした時に、ずっと触れていなかった行方不明の間のことを聞くことにした。


「ジョシュ様、もしよろしければお聞きしたいことがあるのですが……」

「何? 君が聞きたいことなら、なんでも答えるよ」

「ジョシュ様が行方不明だったときの話です」

「……ああ」


 ジョシュ様は溜息を吐いて話し始める。


「あの五日間は、本当に信じられない五日間だったよ」

「みんな心配していたんですよ」

「そうだね。信じてもらえないかもしれないけど、全て話すよ」


 そしてジョシュ様の話したことは、本当に信じられないことだった。


 ジョシュ様は行方不明になった五日間、未来の自分を見ていたらしい。幽霊のように、自分の姿を後ろから見ていたようだ。その間自分の体がどうなっていたのか、わからないらしい。


 私が教室前で聞いていたことを知らないので、言いにくそうに婚約破棄を考えていたことを話し始めた。卒業後の舞踏会で私に婚約破棄をしたところ、大変なことになったらしい。


 家族には怒られ、お前のような奴はうちには必要ない!と侯爵家はジョシュ様の弟が継ぐことになった。コニーには、侯爵になれないジョシュ様なんかに興味は無いと振られた。コニーが証拠まで捏造したのに馬鹿みたい!と捨て台詞を吐いていた。


 私にはアッサリ婚約破棄を受け入れられた。行くあてもなく、どうして良いかわからず、友達を頼った。しかし、俺は忠告したからな、と友達にも見捨てられた。


 平民に混じり、なんとか食べられるだけの仕事を見つけて頑張ったが、長く雇ってもらえず貧乏からは抜け出せなかった。これだから元貴族のお坊ちゃまは、と長年馬鹿にされた。


 自分が落ちぶれていく姿を、ずっと見続けていたのがつらかった。色々な職を転々としていて疲れた体を引きずり、道を歩いていた時に人にぶつかり転んだ。


 もう立ち上がるのも億劫だと思っていると、通りすがりの馬車から貴族の女性が降りてきて手を貸してくれた。


『大丈夫ですか? どこか具合でも悪いのですか?』


 その声が懐かしくて顔を上げると、そこにいたのは私だったらしい。



「俺に手を貸してくれた時に君は俺に気付いた。そして、少しのお金を俺に握らせてくれた」

「私がですか?」

「そうだよ。その時に、もし働くところを探しているのなら近くの商店で働く人を募集しています。私の名前を出してもらって構いません。ジョシュ様ならきっと即戦力になるので雇ってもらえますよ、と給料が良い仕事を紹介してくれたよ」

「まあ」


 ジョシュ様は私の手を握る。


「別れ際に君は、俺の体を心配をしてくれた。その時に馬車から、お母様、と子どもが呼ぶ声が聞こえたよ。君は誰かと結婚して子どもの母親になってたんだね」

「そうでしたか」

「俺は後悔したよ。何故君のことを信じずに簡単に捨ててしまったのか。こんなに落ちぶれた俺にも優しい人だったのに、何故もっと大切にしなかったのか」


 真剣な目で私を見つめたジョシュ様は、握っている手に力を込める。


「戻ってきた時に五日間も行方不明になってたとは思わなかったけれど、まだ間に合うかもしれないと思って嬉しくて泣きそうになった。君に会って今までのことを全て謝ろう、君を一生大切にしようと思った」

「ジョシュ様……」

「あの五日間が無ければ、俺は今も君に冷たく接していただろうし、コニーのことを信じていたと思う。そして舞踏会で婚約破棄もしただろう。でも、本当に大切なことに気付けたから。マリサはこんな話を聞いた後でも、俺のことを許してくれる?」


 そんなの決まってる。ここではまだ婚約破棄も起こっていない。コニーと仲良くしていたことには腹が立ったけれど、今はそれも終わったことだ。


 そしてジョシュ様は、今私のことをとても大切にしてくれている。それが全てだ。


「許します。これからも、お互いを大切にして生きていきましょう。コニーのことは少し怒ってますけど、これからのジョシュ様に期待します」


 私が少し意地悪を言って微笑みかけると、ジョシュ様が困ったように微笑んだ。


「わかってるよ。マリサ、これからも君を大切にする。どうか俺のそばにいてくれ」

「はい」


 ジョシュ様は、神様が俺を助けてくれたのかもしれないな、と真面目な顔で感謝していた。




ありがとうございました


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