烏有に帰す その2
「ペルハンは?」金がかかってそう、とまではいかないが労力をかけていそうな清潔で柔らかいベッドの上で金髪の男、エッツィオは問うた。
「出てったよ。今日は帰してもらえないんじゃあない?」ピンク頭の青年、カイゥは腰掛けた椅子のクッション性を確かめながらそう言った。
「歓待かぁ」
いいなーとエッツィオは腕輪をくるくると回す。
「明日の朝には帰してもらえるんじゃあない?」
お土産いっぱい持ってさー。
そう言ってカイゥは椅子から立ち上がり、カーテンを開けた。もとより遮光を目的としたものではなかったが、薄布が和らげていた午後の陽ざしをもろに浴びて桃色の髪の青年は目を細めた。
来海鶉。桃色の髪の青年、カイゥの前世の名前である。
前世、鶉は女性だった。この旅の面々、そしてもっと多くの仲間と敵とまみえた戦いの中で桜川隼大花と出会い、その後に恋をし、結婚し、愛して一子をもうけた。
そして、息子が一歳の誕生日を迎える前に死んだ。殺された。白砂星青の信奉者によって。
カイゥは命が消えるその瞬間までも鮮明に覚えていた。
前世の生涯すべてを鮮明に覚えている。しかし、それが今世に絶大な影響を与えているかというと、そうでもない。
前世はそこそこ幸せで、もっと幸せになる余白は大いにあったし最期は悲惨で他にも色々奪われ通しの人生だったが与えられ授かった幸せがあまりにも大きかったので、総合すると幸せで、何か禍根のようなものはたいしてなかった。やるべき事は前世でほとんど成し遂げた。カイゥはそう思っていた。
唯一、息子のことが気掛かりだったが、夫を、隼大花を信頼していた。
「だからあたしは」鶉の言葉は低い音として零れた。
ペルハンは未だに隼大花のままなのだろう。
カイゥのことも、ブルーノのことも、エッツィオのことも前世の名前で呼ぶ。過剰に親しみ深く。
ペルハンのその態度が、全面的によろしくないとカイゥは思っている。だが、自分がしてやれることは、今すぐにしてやれることはないだろうとも思っていた。
こういうものは時間をかけなければならない。
ペルハンの今世に思いを馳せる。彼はその口ぶりから察するに生まれた時、もしくはかなり幼少の、自分が思い出したぐらいの頃から前世を覚えていたのだろう。誰か他の人に、前世と無関係だが今世で信頼できるような人に、それを語ったりしたのだろうか。きっと彼はしなかった、いや、できなかったのだろう。自分のように必死になってあり得ない空想のような話を現実のように語る息子を、与太とは見なしつつも聞いてやるような親がいなかったのだろう。子と親だけでなく、弟と兄姉、生徒と教師、その他諸々すべての関係に、信頼を得られなかったのだろう。
きっと今のペルハンに必要なのは信頼できる関係だ。桃色の髪の青年は強くそう思っている。
そしてそれは隼大花としてではなく、ペルハンとして彼が受け取れるような関係でなくてはならない。
おそらく自分はペルハンと恋に落ちることはないだろう。カイゥは確信していた。
別に全く前世の隼大花に幻滅したとか飽きたとかではない。
カイゥは鶉ではない。ただそれだけだ。
今世で何人かの女の子と恋愛関係を築いてみたりして、今の自分は女の子の柔らかい肌が性に合うと思ったのである。
友人として、彼とよい関係が気づけるかしら。カイゥは想像する。
「おい」その想像は像を結ぶ前に横から蹴り飛ばされた。
振り向くとエッツィオがいた。先ほどのベッドで眉をしかめている。
「眩しいんだけど。閉めてくれない?」
「はいはい」カイゥはカーテンを閉じる。夕方の弱く横から差し込んでくる陽ざしを薄布がかすかに妨げる。




