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烏有に帰す その1

 爽やかな空の布を纏った占い師が街の門を叩いた。


 門の横にちょこんと付いた小窓が開いた。がらがらと慌てるような音が聞こえて数瞬、金属の兜らしきものを被った男が顔を出し、手をこまねいた。


 占い師は持っている杖を名もなき雑草に戻し、地に撒いた。その草は、数日の旅路を共に過ごしたが如く、枯れていた。占い師は腕の素肌の刺青を見せようと自らの服に手を掛けたが、兜の男はそれを手を振って静止した。


 小窓の更に隣にあった扉から兜の男が出てきて、袖を引っ張って占い師の男だけをその扉から内に招き入れた。


「……何なんだ」金髪の男が特に誰に向けてでもなく呟いた。

しかし、白髪の女性は男の疑問に対して答えを返した。

「彼、ペルハンが占い師で、私たちがその同行者だからだよ」過度に簡潔な答えだった。

白髪の女性はすぐにそれに気が付いて補足を始めた。

「本来、部外者が街に入る時ってのは門の外、この場合はあの小屋だな、門の外で暫く、短くとも二日ほど長くて一週間、いやそれ以上滞在しなくてはならないだろう?」

「ああ、荷物とか全て検めなきゃあいけないもんなあ」金髪の男が頷く。

「それをしなくて良いんだ、占い師がいるとな」ええ!ともああ!ともつかぬ素っ頓狂な声を上げた金髪の男に、白髪の女性はため息をついた。

「……エッツィオ、君は知らなかったのか?」

「いや……まさかそこまでとは……」

「その程度で驚いていたらこれからもっと驚くことになるよ」そう頭の後ろから言ったのは桃色の髪の背の高い男。

「昔実家に来たことあるんだ、占い師」そりゃあもうすごかったんだから、と言う背の高い男から文字通りに一歩引いたエッツィオに、彼の妻である黒髪の美しいレナータが畳み掛ける。

「うちの領内に訪れた時も大概でした」

「そんなことあったっけェ?」ほとんど裏返った声で金髪の男は問う。

「あなた、その頃馬しか眼中にありませんでしたものね」

ううん、と金髪の男は唸った。その時、扉が再び開いた。


 「門を開けてくれるらしい」黒髪の占い師がその扉から出てきた。

「え、もう?」俺たちが何か書くやつは?とエッツィオが問うた。

「もう私が書いた」

「代筆?そんなのもアリなのかよ!」驚くエッツィオを尻目に門が開いた。


 占い師の後に続くようにぞろぞろと一行は門をくぐる。

「代筆してたにしては時間が短すぎないか?」

「名前と性別さえ書けば良かった」

「……もう何があっても驚かねえよ」


 兜の男が外門を閉める。その男は甲冑などは特に着ておらず、顔を隠す兜をひとつ被っているのみであった。

 兜の男が内門の横の小窓から、内側に手を出して鐘を鳴らした。閂の軋む音がした。

 再び閂の軋む音がした。数秒空けて、もう一度閂の軋む音がした。


「大丈夫か?」エッツィオが誰に向けてでもなく呟いた。誰も返事をしなかった。

「おい!」内門の小窓から声が聞こえた。兜の男が呼ばれたようだ。兜の男は慌てふためきながら、がなるような声に大きく何度か頷いた。

兜の男が上着の内ポケットから手帳のようなものを取り出し、素早く何かを書きつけた。

『内門不調、暫し待て』

エッツィオは乱れた筆跡を睨みつけた。

「……大丈夫か?」今度は明確に相手を決めて、目の前の兜を被った男に向けて、そう言った。

兜の男は言葉では返さず、複数回大きく頷いた。


「大丈夫だろう」そう言葉で返したのは占い師の男だった。

「音からして、錆付きと砂のせいだろう」

「直に開くだろう、そう心配せずとも大丈夫だよ、メグレ」

そう微笑んだ男から、エッツィオは目を逸らした。占い師の男も目を伏せた。


 暫くの沈黙が場に横たわった。


 長すぎるそれを打ち壊すように、金属の激しく滑る音が響いた。門が開いた。


 占い師の男が先に出るべきだろう、その同意は言外に形成されていたので、誰も門から出なかった。先に出るべき男は兜の男の肩に手を優しく置いて、

「迷惑をかけたな」と言った。兜の男が首を横に激しく振っているのを見てか見ずでか、占い師は門に向かって歩き出した。

「後で礼を……」それが聴こえているかどうかの確認はしていなかった。


 大仰なまでの歓迎を受けている占い師たちが、内門が閉じることによって視界から消えた途端、兜の男はヘナヘナと座り込んだ。


「あいつらぁあ……」その声は高く細く、内門の向こうの歓声にほとんどかき消されていた。

そして男は兜を脱ぎ捨てた。

「あいつらも『転生』してやがったかのかよ!」切れ長の目をまるで八の字の眉と垂直にしてやるのかのように吊り上げて、上着の袖を嚙みながら愚痴のように言う。

「チクショォオ覚えてんのかなぁあ覚えてるだろうなぁあ、う、おれが覚えてるよおになぁあ」

隼大花(はやたか)のやつが来ちゃったどうしよぉお」黒いくせっ毛を指で弄びながら、男はゆらゆらと立ち上がった。


「どうしてくれよぉかしらぁ、あ?」そう言って男は、噛んだことで袖に染みた唾液を吸った。



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