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出立


「うちのがご迷惑をお掛けしました」そう言って白髪の年若い女性が頭を下げる。


「いや、迷惑ったって、ねえ……」気まずくてオレは女性から目を逸らす。逸らした目線はある男に辿り着く。うちの、ことこの女性の同行者、昨日オレに声をかけてきた占い師風の男だ。

男はオレと目が合うと申し訳なさそうに目を伏せた。そう畏まる必要は無いと思うが。


 昨日、男はオレの妻を見るなりシ?セ?とかなんとか言って動揺したまま逃げ帰ってしまったのだ。そのことについて、かなりマズいことをしちまったと反省して謝りに来た、と女性は説明した。

「別に迷惑じゃあねえよ。だって」オレはその女性に笑う。

「オレらが危惧してる追手じゃあないんだろ?アンタら」二人が強く頷く。オレに害意がないことを一生懸命に伝えようとしている。この二人は信用してよさそうだ。


 オレとレナータ、最愛の妻はいわゆる駆け落ちってヤツだ。妻はかなり良いとこのお嬢様。オレは幸運が重なって学問をやらせて貰えただけの馬子、つまり厩務員。しかもとても下っ端。そんな二人が恋に落ち、駆け落ちなんぞやらかしちまったもんだから、追手は山ほど来るわけで。何ならオレに関しては殺すつもりで追ってきているわけで。だから、この人たちのうちに追手がいたら、マズいのだ。


「レナータ、妻も別に気にしてないぜ」レナータはお嬢様育ちが幸いして、心の狭い人間なんかじゃあないから。お花畑なのではなく、わかったうえでゆるしてくれるのだ。

「本当にすまない……」白髪の女性が顔を上げる。


「で、あの人は?」オレは問う。今日初めて見る、ピンク髪の背のやたら高い男を指さして。

「やっと聞いてくれたぁ!」ハイテンションで答えたのは無論女性ではない。くるくると舞い踊るようにこちらに近づいてくる大男である。

「覚えてないんだって~?でもメグレだねぇ。すっごくメグレ」随分と馴れ馴れしい人だな。でも、悪い人ではなさそうだ。

「奥さん美人じゃん。あの人どんな花が好きかな?プレゼントしたいな~ボクのココロとキッスを添えて」

「はったおすぞテメエ」前言撤回。ノッポ野郎。

「ごめん!冗談!」ピンク頭野郎は悪びれもせず肩をすくめた。こいつは信用したくないな。個人的な感情に基づくが。

「すまない、すまないうちのが」慌てて白髪の女性がノッポ野郎の頭を掴んで下げさせる。

「ごめんってばぁ」なされるがままの野郎は腑抜けた声で呻いた。

ふざけてるのか、そう野郎に喰ってかからんとしたオレの後ろから高く柔らかい声が聞こえた。

「面白い方ね~」レナータだ。


レナータは心が広いのだ。


オレはレナータから仰せつかった買い物をするために宿を出た。まだあの野郎の処遇には釈然としないが。笑顔でレナータに行ってきますを言って、扉を閉めたら野郎を置いてけぼりにする勢いの速足を始めたオレを、野郎は追いかける。


足早に前へ前へと進むオレに、野郎は話しかけてきた。『一緒に買い物に行って来たら』と言われたからってついて来なくったっていいじゃあないか。話しかけなくたっていいじゃあないか。

「ねえメグレ」

「オレはメグレじゃねえ。エッツィオだ」舌打ちをして吐き捨てる。

「そうか……そうだよね」ごめんエッツィオ。野郎が言う。

「ボクも前世を覚えてるんだ。そのせいで、ごめんね」急にしおらしくなりやがる。

「……別に大したことでは、ない」オレは勢いを削がれて、やっとのことでそう返した。

「ボクは前世で女だったんだ……だから今と昔の違いはそれなりに判ってるつもりだったんだけど。そうじゃなかったね、ごめん」いきなり神妙にされると調子が狂う。

「あーえっと。アンタの名前は?」無理に話を変えようとする。そういえば名前を聞いていなかったな。コイツの。コイツらは名乗るのが下手なのか?オレはあの二人の名前も未だに知らないし。

「ボクはカイゥ。前世の名も教えた方がいいかい?」

「いや」咄嗟に否定の声を上げてしまった。取り消して聞こうかという考えがよぎったが、

「その必要は、無い」今のオレには必要ない。そう思い直した。

「……わかった」

「あの二人の名前は?」オレがついでですよという風に聞くとカイゥは、聞いてなかったのォ?と頓興な声を上げたが、教えてくれた。

「えっと、白髪の女の人がブルーノ。黒髪の鉢巻きと眼帯の男がペルハンだよ」


 買い物の帰路。オレはカイゥに思い切って尋ねた。

「なあ、アンタらとオレが仲間だって話、マジ?」

「うん」本当のようだ。ペルハン、ブルーノ、そしてこのカイゥ。3人の人間に同じ前世の記憶があるってことは本当なんだろうな。まだ集団幻覚の可能性はあるが。

「仲間だったよ。ボクとあそこの二人、そしてキミとまだ会えてないひとり」

「5人か」

「うん……まあ、そうだね」歯切れが少し悪いのが気になるが、追求すべきではないだろう。

「昨日初めて会ったのか?今世では」

「ボクとキミはそう。ペルとブルーはもっと前に会ってたらしいけど」カイゥが空を見上げる

「二人が出会って、記憶が本物だって確信してからずっと」ずっと、とカイゥは続ける。

「探してたんだって、ボクらを」

「オレらを」オレは復唱する。

「オレと、アンタと、もう一人を」カイゥは頷いた。しみじみと噛みしめるように。

「アンタは覚えてるんだよな?」オレはカイゥに尋ねる。もちろん答えは双方わかりきっている。だが尋ねた。本命の問に答えてもらうために。

「ひとつ、ひとつだけ尋ねて良いか」縋るようにオレは言う。

「答えられるなら、答えるよ。他ならぬキミの願いだからね」オレの態度から察してか、誠実な答えを示すという意思を、カイゥはオレに表明した。聡いひとだ。

「オレっていつ死んだんだ?」できるだけ簡潔に、端的に尋ねる。

カイゥの表情が曇る。オレはこいつよりは先に死んだ、ということか。過去のことをベラベラ語る割に闘い、倒すべき悪との最後の闘いの後のことを話し渋ったあの男、ペルハンがオレより後に死んだのは確実だ。そしてペルハンがそこそこ長く生きて苦しんだってことも。あの白髪の女性、ブルーノに関してはよくわからない。隠すのがとても上手だ。だからこそ、オレは彼女が一番長く生きたと推測している。たかが推測に過ぎないが。

「知っている範囲で構わない」

カイゥは両目をきつく閉じて眉根を寄せて天を仰いだ。

「答えるよ。知っている範囲だけ」カイゥはそう言って、続ける。答えを。

「キミは戦いで死んだ。ハテ、もうひとりの仲間も……うん、戦いで死んだんだ」

「悪いけどふたりについては知らない。あたしが戦いの数年後に死んだから」

「そうか」咄嗟に出たのは素っ気ない相槌だった。

「そうか……ありがとう」思い直して出たのも、素っ気ない相槌だった。


 宿に帰ると、レナータと白髪の女性、ブルーノはいなかった。一人椅子に座っていた男、ペルはオレたちを認めると少し表情を綻ばせた。買い物を置いてオレは男に近づき、問う。

「アンタら旅してんだってな」鳩が豆鉄砲を食らったような顔をほんの一瞬みせて、男は頷いた。

「一緒に行かせてよ」男は更に豆鉄砲を食らったようで目を見開いて口を動かした。言葉にはならなかった。オレは男を指さして続ける。

「占い師の信用ってデカいんだ。知ってるだろうけどよ」

「男女二人きりは疑われかねない。実際駆け落ちだしな。追手をごまかすためにもできる限り大人数で旅してえんだよ。追手の来なさそうなところまで。オレらが住めるところまで」男に何も言わせず、オレは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「レナータはめちゃくちゃ賢いし専魔並みに魔法が使える。オレは、アホだし特別な魔法とかはないけどさ、馬は得意だし荷物持ちでも何でもするからさ」連れてってくれよ、そう畳み掛ける。

男はしばらく目を白黒させていたが、目を閉じて深呼吸をした。

「良いのか?」恐る恐るという様子で男が尋ねる。なんでアンタらが下手に出る必要があるんだよ。前世の、死なせた負い目とやらか。

「もちろん!こっちが頼んでるんだぜ」

オレは了承を取り付けた。


 レナータがブルーノと宿に戻って来て、オレは二人に話の成り行きを説明した。同行については、ブルーノは心配そうな表情を一瞬見せたが、すぐに頷いた。レナータは、心強いわぁ、と大賛成だった。翌朝、この街を発つ。


 いよいよ出立である。荷物をまとめて宿を出る。次の街までは徒歩である。数日、大した距離ではないものの面倒に思いを馳せていた。その時。

「メグレ」男に声をかけられた。男はまだオレを今世の名前で呼んだことが無い。

「ありがとう」男はそう言って、笑った。



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これはかつて桜川(さくらがわ)隼大花(はやたか)だった男が、過去と現在の分かちを知る物語。


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