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再会


視界が白く弾けてゆく。

死ぬ前は闇に包まれるとかつて読んだがどうやらあれは嘘だったようだ。

指先から感覚が解放されてゆく。どうやらこれは本当だったようだ。

膝から力が抜けていく。着地しても地面に立つことはもはやできないだろう。

オレはこれから死ぬらしい。

不思議と、未練とか心残りとか、そういう悔しさってヤツは全くない。

やり切ったのだから。


オレが必死に、文字通り必死に繋いだバトン。託した夢を、お前は受け取ってくれるだろう?


倒せ、白砂星青(しらすなせいしょう)を。お前ならできるだろう?


ああ、生き抜いた。この満足一つ持って舟に乗ろう。オレは生き抜いた。


──────────────────────────────────


2005年8月25日、天王寺回(てんのうじ めぐれ)はその短い生涯を終えた。


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メグレ、という叫び声と共に肩を掴まれた。振り返ると占い師の風体をした男が泣き出しそうな顔で縋りついてきた。




「──つまりアンタの話をまとめると」

茶屋の少し軋む椅子でオレはそう言った。男が奢るから話そうと聞かなかったのだ。

「信じがたいが、にわかには信じがたいが」

言いながらため息をつく。なぜこんな男の話を聞く気になってしまったのか。しかし聞いてしまったのは他ならぬこのオレだ。

短く息を吸って、続ける。

「オレとアンタは前世?生まれる前の更に死ぬ前に仲間で、悪の化身を倒すために旅をしていたってことォ?」

「ああ、大筋はそうで間違いない」目の下を赤くした男は浅く頷いて微笑んだ。

突拍子もない話だ。

「それで前世?ではオレとアンタ、他の仲間と敵が魔法のすごいヤツみたいなのを使ってたんだろう?」

「ああ、まあその表現で良いだろう」ここでの魔法とは少し違うんだ、と男がニコニコ笑いながら解説を始める。

「この世界では魔法は簡単な文言を覚えて使い方を理解しておけば誰だって使えるものがほとんどだろう。まあ“車”のようなものだ」

「例外に普通を言われてもなあ」おどけて眉を大仰にしかめてみせる。

男は大きく頷いた。

「そう。私たち占い師や専門魔法使いの方々のもののような例外があるだろう?前世の魔法は全てそれだったんだ」

占い師の力は血に宿るから、そうでない専魔の人のが近いかな、と男は続ける。

「原則、一人の人間が宿命的に持ち続ける魔法。そして発動に呪文は必要ない。前世の魔法はそういうものだったんだ」

「で、それをオレとアンタが持っていたって?」

「いや、持っている」

「何だって?」聞き返す。男は店の外の道に寝転ぶ犬の背をじっと見ていた。

「持っているんだ。私も君も、今もなお」男は目線をオレに向け、続ける。

「自覚がないならないで良い。もう君は戦う必要がないのだから」

「へえ……」相槌を打つ。不思議なヤツだ。男に問う。

「オレの魔法ってどんなの?知ってる?」聞くに越したこたあないだろう。ほんの興味ってヤツだ。

 しかし、男はかぶりを振った。

「知る必要も、今の君にはない」そう言って、目を伏せた。




 茶屋を出てオレの家へ向かう。男は二、三歩後ろを歩く。妻が宿で待っている、とオレが言うと男は会わせてもらえないだろうか、と頼んできたのだ。断ってやってもよかったのだが。

この男は不思議だ。そもそも占い師なんて不思議なヤツばっかりなんだが、こいつは殊更だ。

この男を来させる義理はないし、話だって聞く義理はなかった。なかったのだが。


男と出会った、ほんのさっきを回想する。

メグレ、と叫んで、オレに縋りついて、そして言ったのだ。

『ハンシンが優勝したんだぜ』

オレはハンシンを知らない。優勝したっつってもそれがどのくらいすごいことなのかもわからない。

だがその言葉を聞いた時、オレは言葉にし難い感情に襲われた。

オレはその言葉を心待ちにしていた、気がする。気がするだけだが、何故かこの占い師の言葉に耳を傾けようかと思ってしまったし、案外本当に心待ちしていたのかも知れない。男の言う、前世とやらで。

もしかするとメグレとはオレの前世の名前かもしれないな。あとで聞こうか、はぐらされるかもしれないが。




「で、アンタの同行者は来るの?」歩きながら振り返って、男に問う。

「ああ、明日の朝落ち合う約束をしている」

そのことについてひとつ、と男がオレを指さした。

「明日の朝、君と奥さんさえ良ければ連れてまた君らを訪ねたいのだが」彼にも会わせてやりたい、と男が言う。

「ああ、オレは良いぜ」頷く。どんな人だろうか。

「レナ、妻も良いって言うと思うぜ、彼女、知らん人とか好きだし」

男はにっこりと笑って、ありがとう、では手間だが奥さんにあとで聞いてみてくれるか、と言った。嬉しそうだ。その同行者も記憶があるのだろうか。あるからオレに会わせたいのだろうか。




 オレと妻が泊っている宿の扉をノックする。

「ただいま、レナータ。ちょっと客が来てるんだ」オレだけ部屋の扉に顔を差し入れてそう言いやる。ベッドサイドで荷物をまとめていたレナータがこちらを見て微笑む。あら、どんな方?首をかしげて彼女がそう問うと豊かな黒髪が揺れる。相変わらず綺麗だ。

「なんか様子のおかしな占い師。でも悪い人ではなさそうだぜ」

「もちろんお通しになって。お茶はお好きかしら?その方」レナータが笑ってそう言う。歓迎してくれるようだ。

「良いってよ」

扉を開けて男を迎え入れようとする、その時。

バッ、と男がオレを庇うよう前に腕を出した。その指先は震えていた。男はレナータを睨みつけて、絞り出すように言った。

白砂星青(しらすなせいしょう)……!」怯えるような恨むような声だった。


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