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嵐の前触れ

 現在、悠樹は高校二年生。次の誕生日がくれば十七歳になる。


 六歳の時から足かけ十年、戸籍上でも男として生きている。


 全ての元凶は先ほどの祖母だ。

 玄関の鍵を閉めた後、何気なく気配を感じて振り返る。奥の扉から心配そうに顔だけ出してこちらの様子をうかがう人影が二つ。


 目が合うと慌てて首を引っ込めた。今度こそ、悠樹は舌打ちをする。


 ――このゴミカスな両親も同類だ。


「ええと⋯こっち」


 二階に悠樹の部屋がある。

 静かに後をついてくる姿はなんとなく大きな猫を思わせた。


 いや足音をたてないしなやかな足取りはむしろ、猫よりも豹のような肉食獣に近いかもしれない。


「ここが俺の部屋だよ。どうぞ」


 言葉に従ってドアをくぐる無表情な顔。整った顔になんの感情もあらわさないものの、初めて入る勇気の部屋を物珍しげにぐるりと見回す。


「へぇ⋯でっかい部屋。何畳?」


 ディパックを肩から外し、クッションを引き寄せてその上に腰を下ろす。


「あ――八畳、かな」

「へぇ、すげぇじゃん」


 にこりともせず、さして感動したような口調でもない。淡々とした態度の友人を見て、悠樹は内心頷いた。


 うん、この男はこういう奴だった。


「まぁ俺、一応長男だからって、ばあちゃんが大っきい部屋にしてくれたみたい」

「大切にされてんだ。ふぅん⋯けっこうさっぱりした部屋だな」


 男らしくも女らしさもない、どちらともつかない部屋である。


「末嗣。メシは?」


 壁にかかった時計に目をやると、時刻は午後十一時十七分。食事するには少し遅いが、寝るにはいい頃合いだ。


「いらね。寝る」


 末嗣はまだ興味深げに部屋を見回している。その横顔をそっと盗み見る。


 ところどころにメッシュを入れた明るい色の髪は、一番長いところは肩を過ぎている。片耳だけに二つのピアス。


 カラーコンタクトのせいだろう。瞳の色が淡い。その顔を眺めてつくづく端整な顔だと思う。


 もさい男ばかりが集う男子校では、見た目のいい男はいい意味でも悪い意味でも目立つ。


 その中で末嗣の見た目はずば抜けている。周囲との差は明らかで、頭一ついや二つ分ぐらいレベルが違う。


 圧倒的ビジュアルを前にすると、凡人は皆一様にひれ伏してしまうものなのだろうか。悠樹の仮説は横に置くとしても、末嗣の評判は生徒教師を問わず、おおむね悪い話を聞かない。


 こんな派手な見た目にも関わらず、おまけに愛想ひとつ振り撒くわけでもないのに、だ。


 いずれにしろこの見た目だ。末嗣とつるみたがる奴は多い。いわゆる、はきだめに鶴という存在なのだろう。


 行儀よくクッションにおさまる姿は、いよいよ高級な猫そのものに見えてきた。それだけでなく、この男は実際その気ままな気性まで猫にそっくりだ。


 そんな彼がどうして今夜、わざわざ悠樹を頼ってきたのだろう。末嗣と仲を深めたい面子は他に大勢いるだろうに。


 しかし改めて思い返せば、グループの中でも末嗣は悠樹の近くにいるような気がする。


 なるべく目立ちたくなくて、悠樹は端っこで静かにしているのだが、記憶の中の末嗣もまた、その左右あるいは前後、必ず視界の中にいる。


 これは彼に仲良し認定されているということだろうか?


(⋯うるさくないのがいいのかな?)


 猫という生き物は、自分に執拗に構わない人間によく懐くと聞いたことがある。


「ならコーヒーでも淹れてくる。布団も持ってくるから」


 コーヒーをふるまっている間に客人が泊まれる準備を進めよう。再びドアへと回れ右をする。


「いーよ。ここで」


 けして大きな声ではない。

 だがその声は悠樹の足を止めるには十分だった。


「⋯へ?」

「二人でも寝れそうな広さじゃね? これダブルベッド?」


 するりと立ち上がった末嗣が、ベッドに腰かける。ぎしりとスプリングの軋む音に、固まった思考がにわかに動き出す。


「――セミダブル。いや――けど」

「またばあちゃんか?」

「うん、まあそうなんだけど」

「俺、ここでいいわ」


 げっと心でつぶやく。それは――さすがにマズイ。


 何かの折にバレることを恐れて、友達一人すら家にあげることを避けてきたのだ。一つのベッドで眠るなどもってのほか、論外も論外である。


「ぃや。ちゃんと客用の布団を用意するから。す・すぐに」

「俺、長いこと押し入れに入ったままの布団で寝んのはヤダよ」

「じゃあ、俺が寝るし」

「? なんでそんな嫌がるわけ?」

「え? いや⋯そういうんじゃなくて、ほ・ほら! 俺、寝相悪くてさ。絶対夜中落っこちるし、う・うるさいでしょ」


 もう自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。夏はとうに終わり、そろそろ肌寒いぐらいなのに、じわりと背中に汗が浮いてくるのがわかる。


「だったら壁の方でお前が寝りゃいいじゃん。俺、寝たらテコでも動かないし、それなら問題なくない?」

「―――」

「他に何かあんの?」


 言い訳を探して、ハクハクと口だけが虚しく開いたり閉じたりを繰り返す。じいっとこちらを見つめる瞳が怪訝そうに眉を寄せるのを見て、慌てて目を伏せた。


 平和主義⋯というよりことなかれ主義の悠樹にとって、誰かと争うことは何より苦手だ。


「あ⋯の」

「うん」

「俺、半端なく寝相が悪くて――もしかしたら蹴っちゃうくらい――だから⋯」

「うん。で?」


 末嗣の強い視線を肌にひしひしと感じながら、目を上げられない。緊張をやわらげようと、無意識にそっと上唇を舐める。


 とにかく断固、拒否せねば。決意を固め、ぐっと下腹に力を込めたその時。


「悠樹」


 名前を呼ばれてウッカリそちらを見てしまった。あっと思った時には時すでに遅し。ばっちりと互いの目が合う――合ってしまった。


「う⋯あ⋯」


 獣と獣が視線を合わせた時、先に目を逸らした方が負けだ。果たしてこの勝負――予想通り、あっさりと悠樹が敗北した。


「あ――だから、えっと、先に謝っとく――その時はごめんね⋯⋯?」


(あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…っ)

(違う⋯! そうじゃないだろ――自分)


 頭を抱えて床の上を転げまわりたいのを、すんでのところでこらえる。


 そんな自分を褒めたい。悠樹は頭の片隅でそんなことを思った。

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