【第七話 実家の七不思議】
結局、学校を出禁にされた健人は主人公と実家のボロ家作りを手伝うことに…
だがそこでこの家が抱えた不思議が続々明らかになっていくのです…
それからしばらく立った炎天下の朝。ギラギラ照りつける芝生の上で、丸ノコギリがキーという高音を立てる。
「健人!この長さであと20枚カットするからな」
「マジかよ?…ってか、マスクあっちい」
「バカ、取るな!粉塵吸っちまうぞ。」
結局、健人はしばらく小学校を休むことになった。おそらくこのまま夏休みに突入するだろう。就学の機会を奪われた事は納得いかないが、僕が出ていくとまた揉める原因になるし、あんな学校なら行かなくていいとも思う。そこでこれ幸いと、リフォームの人手が欲しかった僕は彼を誘って、居間と隣の和室もフローリングへ張り替えることにした。経年劣化と雨漏りにより傷みきった畳はまるでトランポリンのようにギシギシたわみこのままだと3年はもたないと思われたからだ。おかげで色白だった健人の顔は日焼けして、すっかり精悍になった。
バキ!
畳を取り除いた後の今にも底が抜けそうな腐りかけた板を、シロアリの心配がないか確かめながらバールを使って一枚一枚剥がす。
「にしてもおじさん、床の張り替えなんてやった事あんの?」
「ないよ」
「は?じゃあ、コレどうすんだよ?穴開けちまったぞ。」
健人はたった今、自分で開けた足下の穴を呆然と見つめている。
「ネット動画を見ながら作るんだよ」
「出来んの?」
「分からん。でも屋根もそれで直せたから大丈夫だろ」
「マジかよ…何とか完成させないと、姉ちゃんブチ切れだ…」
「そうだ、だから諦めるな」
気にせず僕もバールで足下の板をバキバキと剥がしてみせた。すると、その下には隠れていた家の基礎や地面が顔を覗かせる。この上に真新しい束、大引き、根太、と呼ばれる床組みを張るのだが…
「あれ?」
何か床下に、赤いプラスチック片のようなものがヒラリと落ちたのが見えた。這いつくばって、暗がりに落ちたそれに手を伸ばすが思ったより高さがあり、40代の腕がピキッと悲鳴を上げる。
「痛っ…なぁ、確認だけどコレ本当に回収する必要ある」
「今自分で諦めるなって言ったところだろ」
健人の圧力に負け、頭をまるまる突っ込む。すると、そこには幼い子供が使うような砂遊びの道具や、地面にチョークで描かれたような落書きが見えた。そしてさらにその奥の“恐怖の押し入れ”があるあたり、ふと暗く深い闇がこちらを覗いた気がした…まるで落っこちそうな深い闇が…
「…!?」
「取れた?早く見せてよ」
「あぁ、今取るところ!」
健人の言葉に我に返りもう一踏ん張り腕を伸ばすとようやくその赤いプラスチック片は指に掛かった。そして必死にたぐり寄せると、それは赤いチューリップ型をした幼稚園の名札だった。
「どこにあったんだ、こんなの?」
「名前は…ながせさき?」
「いや、『ながせみさき』だな…」
名前にはキレイな平仮名で『ながせみさき』と書かれている。
「ひらがな読み間違えるなよ…って、ん」
「何?」
「さき?…みさき?もしかして柱の…」
一本の柱に駆け寄るとしゃがみ込み、そこに刻まれた文字を凝視する。健人が言う七不思議の一つ、3才児の名前「サキ」の頭の方には見えづらいが「ミ」の文字が隠れていた。
「ミ…サキ、ミサキ!」
「この名札の持ち主『ながせみさき』がこのミサキだとすると、3歳…つまり幼稚園の年少までこの家に住んでいた可能性が高い」
「おぉ!!どうするコレ、リアル謎解きゲームっぽくない?」
「リアル謎解きゲーム…って何それ?」
「アメリカにあのブーム届いてないのかよ…ってか、それはともかくこの子は今どうしてるんだろう?」
「この子?」
「いやだから、名札の持ち主!”ながせみさき”ちゃんは元気かなって」
「うーん、母さんと自分がココに越してきたのがバブル前後だから、その前の住民となると70~80年代生まれってところか…まぁ、年齢的には俺と同じぐらいだと思う」
ながせみさき…もしかして例のパスポートに載っている”黒田百合子”と知り合いだったりするのだろうか?
「あら?今度は床のリフォーム?」
声の主は直子さん。片手に紙袋を持ち、フラッと庭から覗き込んでいた。
「健人くんも一緒なのね」
「うっす」
「こいつ、センスいいんですよ。器具の使い方教えたらすぐ覚えるし、寸法測って計算して木材カットするのとかも精確で」
「勉強苦手だけどこういうのは向いてるかも」
「しかもコレ見てください」
僕は一か所、床を外して見せた。
「健人考案の床下収納!」
「いや、姉ちゃんがよく庭のキンモクセイ使ったシロップとか、緑のおじいちゃんに貰った果物のジャム、大量に作って置くところ困ってるからさ」
「あら?すごいじゃない!…じゃあ、そんな未来の大工さんにはコレ!冷どら」
「いつもありがとうございます」
「にしても大規模ね。これ本当に自分たちだけでやるの?」
「はい、ネット動画を参考に。ほら、そこに今、防虫剤を塗って干してある板あるでしょ?あれが下地の板で、それを張ったら根太という細い角材を並べて、最後にフローリングの板を張ったら完成。簡単でしよ」
「まぁ…。家がキレイになるのはいい事なんだけど…ケガしないように気をつけてね」
「あ、そういえば直子さん!コレ見て。面白いの見つけたんだ」
健人がさっき拾った赤い名札を自慢げに見せる。
「ながせみさきって子の名札。すごくない?この家、タイムカプセルみたい」
ちょうどどら焼きを頬張ろうとしてた直子さんが豪快にむせる。
「ゴホ…ゴホ…あぁ、ごめん」
「直子さん、大丈夫?」
「健人のくせにタイムカプセルだなんてシャレた事言うからむせたの!」
「えぇ~バカにすんなって!…あぁ、でも、これでいよいよ七不思議揃っちゃったな…」
「七不思議?」
「健人はこの家に、七不思議があるって」
「そう。え~と、一、柱に刻まれた名前。二、どこに続いてるか分からない煙突。三、玄関扉の一つだけ色が違うガラス。四、ガタガタなのに捨てられない椅子。五、謎の無言電話。六、恐怖の押し入れ…」
「…!?」
「それと…七、この赤い名札!七つコンプリート!!」
「今、恐怖の押し入れって言ったか?」
「え?あ、おぅ、あの角の物置部屋の押し入れ。真理さんがお化けが出るってさ…もちろん俺は信じてないけど!でもたまに行くとなんかあの部屋、寒気すんだよな」
驚いた事に母は健人にも押し入れにはお化けがいると教えていた。にしても、そこまでして子どもをあの押し入れに近づけたくない理由はなんなのか?本当にただ貴重品があるからなのか…もしくはこのパスポートの存在を隠すため?
「にしても気になるな…そうだ、おじさん!この名札の持ち主にSNSとかで呼びかけてみない?”ながせみさき”さん探してます…みたいな」
「絶対ダメ!!!」
直子さんが突然声を荒げる。
「びっくりした!?なんでそんな怒ってるの?」
「怒ってないけど…その名前だけは、危険すぎるから…」
「…」
「あ、いや。ってか大前提として、それ、個人情報だからね!そっとしておいて欲しいのに、名前さらされたりして迷惑かけるかもしれないでしよ」
「まぁ、たしかに。家に興味本位で変な人来られても困るし。あまり厄介ごとは避けた方がいいな」
「ちぇ!名案だと思ったのに」
結局、健人は学校へ登校することなく夏休みがやってきた。高校受験を控えた彩花は夕方まで図書館に缶詰。その間、僕と健人で日中はフローリングを張り、夕方は買い出しに行き、夜はお互い仕事と夏休みの宿題をするという極めて健全なルーティンをこなしていた。すると健人はメキメキとDIYの腕を上げ、設計デザインも自分で行うまでに成長。そのおかげでお盆過ぎには全18畳におよぶ床が、床下収納付きのピカピカのフローリングに生まれ変わった。軽やかに健人とハイタッチをすると、2人で大の字になって寝転がった。少しだけ傾いた陽がツルツルと輝く床板を照らし、かけたてのワックスの香りを漂わせる。なぜだろう一人でやり遂げた屋根の修復とは比べものにならないぐらいの達成感に満たされた。
「やれば出来るんだな」
「ん」
「正直、おじさんが、床張り変えようって言った時、素人が出来るワケないじゃんって思った。でもさ…ネット動画ってすごいな。俺みたいなバカでもさ、やってる事を一つ一つマネしてたら、本当に出来ちゃった」
ふと体を起こし、健人の目を見る。
「…いや、すごいのはネット動画じゃない。健人がすごいんだよ」
「は?」
「だって、やり遂げたじゃん」
「…」
「お前の作業ずっと見てた。好きだと思ったらとことん吸収するし、仕事は丁寧だし、センスもいいし…そして何よりやり遂げるまで弱音一つ言わなかった」
「当たり前だろ。そうじゃないとウチの居間いつまでも穴だらけだぜ」
「ハハハ…マジそれな!ぶっちゃけ怖かったのよ、壊しといて直せるのかって。でも健人とならやれるって思ったんだよ。実際やり遂げたしめちゃくちゃ楽しかった」
「え?…おいおい!作れる自信なかったのかよ?」
「自信なんていざ動き出せばついてくるもんさ。大事なのはその一歩目、背中押してくれる人だよ」
「…俺もおじさんとなら無敵な気がする」
笑いながらグータッチする。
――ふと今自分が言った言葉が、かつての経験からきた実感のこもったものだと思った。
一息ついたら、2人で居間の隅っこにDIYで作ったデスクと機材を設置し、僕のリモートワーク用のスペースを作った。さらにダイニングテーブルや棚も運び込む。そして段ボールから物を取り出し、棚の定位置に戻していく。
「にしてもなんでギターのピックなんかあるわけ?」
「確かに。真理さん、ギターの趣味なかったし…」
さらに森鴎外やティディベアなど小物類、そして英語のスピーチコンテスト優勝の表彰状も30年来、そこに飾られていた棚の上の特等席に置いた。
「おじさん、昔から英語得意だったんだ?」
「いやいや、とんでもなく下手だったよ。イントネーションとか酷くて…それに人前に立つのも苦手だったし…」
「でも優勝してるじゃん」
「ほんとだな?やっぱり才能か…」
「自分で言うとすげぇ腹立つな」
と、段ボール箱の隅に最後まで残されている円盤状のものを見つける。
「何だコレ?」
「なんか巻かれてる」
そこには『197…年…月』と消えかけた相当古いラベルが貼られている。
「もしかしてコレ…」
僕は直感的にこの中に『黒田百合子』についての重大なヒントが隠されていると思った。
「健人、郵便局に用事あるから留守番頼む。そのまま買い出しも行ってくる」
「何そんな急に慌てて?まぁ、俺は部屋で昼寝してるからいいけど」
用事と買い出しを終えて家に戻ると、夕方6時。部屋で昼寝でもしているのか健人の姿は無かった。夕食の準備を整えて待つと彩花が帰ってきた。
「ただいま!…おぉ!床、オシャレじゃん」
「だろ?健人のデザインだぞ」
「意外、そういうセンスあったんだ?」
「じゃあ、メシにしよう。健人、すき焼きだぞ!出てこい」
返事がない。
「疲れて爆睡してんじゃないの?」
我が家では、めでたい時はいつもすき焼きだ。なぜかそうと決まっている。だがいっこうに健人が部屋から出てこない。ガンガンとノックして部屋を覗くとそこに健人の姿はない。
「コンビニかな」
だがコンビニならスーパーから帰る道中で鉢合わせているはずだ。その後も待てども連絡は返ってこず、時計は既に8時。僕はいてもたってもいられず家の周囲を探し回った。だがそれらしき影は一切見えず…しかも近所の住民や郵便の配達員に聞き込みするも、誰も健人の姿は見かけていなかった。
「まるで神隠しじゃないか…?」
すると近所を探し回っている僕を彩花が大声で呼ぶ!
「ちょっと!おじさん、こんなとこにいた!スマホぐらい持って出てよ」
「あぁ!すまん。どうした?」
「いや、実は今、学校から連絡があって…」
神隠しのように消えた健人はどこへ?
実はこの答えが多摩丘陵という土地がもつ”物語”、そして母の不思議な過去と深く関わっていきます。