【第六話 弟の秘密と姉の葛藤】
学校から弟・健人がトラブルを起こしたと呼び出し…
主人公と共に姉・彩花もかけつけるが、そこにはモンスター保護者が!
一方的な物言いに対して何も言い返さない彩花には、何かワケがあるようで…
小学校へ駆けつけると、正門前に息を切らせたセーラー服姿の彩花がいた。土曜日、学校終わりそのまま駆けつけたらしい。教室に入ると齢30ぐらい柔和な雰囲気を漂わせる担任教師・水野が、ふてくされた健人、それとケンカ相手と思われる児童と保護者と向かい合わせに座っていた。全員が揃ったのを見計らって話し始める。
「すみません、急にお呼び立てして」
「いえ…」
「本当よ!それにウチの子にこんなケガさせてどういうつもりですか!しかも保健室で」
「ケガ…?」
と、挨拶もなしにすごい剣幕でまくし立てたのは相手の保護者。聞けば、健人はこの豊岡亮くんという同学年の子と、よりによって保健室でケンカしてケガをさせたという。
「そんな事が…申し訳ございませんでした。…あんたも頭下げるの!」
「いってぇ…」
彩花は間髪入れず平身低頭しながら、健人の頭を机に額を擦りつけんとせんばかりに押さえた。担任の水野は一連の儀式が済んだのを見計らい、努めて冷静に教室の真ん中にポツンと置かれた高学年用の椅子に僕らを促した。
「で、ケガの方は?」
「少しアザが」
彩花の顔が青ざめる。
「すぐ病院へ行きましょう」
「…もちろん、病院に行くことを勧めたんですが…」
「このあと塾があるのでそんな暇なんてありません」
「…塾?」
明らかに全員がこの状況に違和感を覚えている。なのにそれについて口を閉ざしているようだ。担任が慌ててフォローするように言葉をはさむ。
「幸い保健室ですぐ処置できましたし、本人も大丈夫と言ってますんで」
「そうですか…」
彩花は困惑しながらも、健人に問いただした。
「なんでケンカなんかしたの?」
「…」
「何度聞いても、2人とも答えてくれなくて」
「健人、答えなさい」
「…」
静まりかえる教室。そこで押し黙る健人とやたらと母親の顔を窺い見る亮くんの顔を見ているうちに、ふと根本的な問題が頭に浮かんで口をついた。
「あの伺いたいんですが、そもそも健人と亮くんはなぜ保健室に?あ、いや、二人とも健康そうだし」
その空気の読めないような間の抜けた話し方にカチンときたのか、亮くんママは僕をキッと睨む。
「健康かどうか見た目で分かんないしょ!お腹痛いかもだし」
「そうなの?」
僕は健人にも問いかけると、何かばつが悪い顔をする。
「あの…それについても大事な話がありまして…」
水野は言いにくそうに割り込んできた。
「今ココで言うべきかという話ですが…実は渥美くん、6年生になってからずっと勉強に集中できないみたいで。保健室登校しているんです」
彩花は想定外だったのか、表情が固まる。
「そうなの?健人?」
健人は無言でうつむいている。
「なんで教えてくれなかったの?」
「…だって、姉ちゃん心配するじゃん」
「するわよ、そりゃ」
「保護者の方が亡くなられたでしょ?それのせいか明らかに授業に集中できていないようで…他の児童への影響も考えて、保健室の先生と相談の上、こういう形にさせてもらったの」
「そんな事が…お手数おかけしてすみません…」
平謝りする彩花に、健人は納得いかない様子。
「なんで謝んだよ」
「は?そりゃアンタが授業の邪魔してるって言われてるからでしよ」
「してねぇよ。そりゃ頭に入れるの遅いかもだけど、俺なりに一生懸命やってるし…だけど教科書は何言いたいのか分かんないし、算数も急に難しくなるし…皆から置いてかれる感じがして…でもそれ謝るべき事?」
「謝るべきことかどうかなんて関係ないの!みんなに迷惑かけてるんだから謝る!当たり前でしょ」
「迷惑…?なんだよ、迷惑って…俺がいたら迷惑なのかよ!」
バン!健人が教室の机を蹴る音が教室に響く。
「健人!!すみません…」
平謝りする彩花に対して、ほら見ろと言わんばかりに突き放した目を向ける大人たち。そして黙って様子を見ていた亮くんの母親が、今だとばかりにまくし立てる。
「はぁ…だから公立に通わせるのは嫌だったの。家庭ごとに教育レベルに差が出るのは仕方ないけど、非行はね…」
「…」
平身低頭する彩花とふてくされる健人に容赦なく浴びせかけられる心ない言葉。僕はその様子に無性に心がザワついた。
「あの?今、何て言いました…」
「何よ」
「教育レベルに差がある?非行に走る子?…その言葉、今すぐ撤回して下さい」
「おじさん!火に油注いでどうすんの?」
「いや油注いでるのはそっちだろ!そもそもなんでケンカの話が授業態度の話にすり替わってるんですか?」
「根っこが同じだからですよ。そんな事も分からないんですか」
語尾にザマスとでも付けそうな陰険な顔で顎先をあげる。僕は熱い血流が脳に一気に流れ込むのを感じながら、すぅと息を吸い呼吸を整える。そのただならぬ空気に、健人も豊岡亮もうつむきがちだった顔をいつの間にかあげてこちらを見ていた。
「では大前提の話をしましょう。なぜ健人が一方的に悪いってなってるんですか」
「はぁ?」
「ちょっと!やめて」
「どっちも黙秘してんだから、真実は分かりませんよね」
ザマスは、全身の毛を逆立て立ち上がる。
「何言ってんの!亮がケンカふっかけるわけないでしょ!成績だって学年で1番なんですよ?優しいから相手を悪者にしたくなくて黙ってるんです!それぐらいの想像力ないの?」
「成績よくてもケンカぐらいしますよ」
「呆れた。ちょっと先生、なんとか言ってください」
「えっと…私は、その…」
「はぁ…学校も学校ね…話になりません。しかるべき相手にクレーム入れます。亮、いくわよ」
バン!と教室の扉が閉まる音が響いた後、しばらくの静寂が訪れる。彩花は怒りを含めながらも何かを押し殺したような声で、
「なんで…?なんで問題大きくするの?やめてよ…」
「いや、家族がこんな事言われてんだぞ、逆になんで黙ってられんだよ」
彩花は冷たい視線で睨みつける。
「なんだよ」
「……なんで急に家族ぶってんの?入って来ないでよ。何も知らないくせに。これまで家をほったらかしてた人間が土足で家族の話に入ってこないで」
すると、今だとばかりに火の粉が掛からないよう息を潜めていた水野が口を開いた。
「えーと…とにかく渥美くん、ショックな事があって、カッとなったり勉強に集中できなくなるのは仕方ないと思うんです。なので、こちらとしては一度ゆっくり休んで、元気に勉強できるようになったら復帰してもらおうと思いますが、お互いのために」
「学校を休むのだけは…!健人には改めて言って聞かせるので…」
キンコーンカンコーン!
彩花の説得を打ち切るように、敗北のゴングが土曜の放課後に鳴り響いた。
「もうすぐ夏休みですし、考え得る限りベストなタイミングかと。時間もとりやすいですし、今一度ご家庭で今後のことしっかり話し合ってみて下さい」
僕と彩花は何も言い返せなくなり「お騒がせしました」と深く頭を下げた。
家に戻ると健人は部屋にこもり、彩花は居間にカバンを置くと静かに縁側に腰掛けて庭を見つめた。すっかり頭を冷やした僕はご機嫌取りに、冷蔵庫から朝、直子さんにもらった冷たいどら焼きと麦茶をお盆にのせ、彩花の隣に腰掛けた。
「あの…よかったら、どら焼き…」
「保健室に通ってた事。私、全然気づけなかった。失格だ」
「…失格って、そんなの気づけるわけないよ」
「家族なのに?」
「家族同士だって知らないことがあって当然だろ」
「…でも一言ぐらい言ってくれてもいいじゃん」
「言ってただろ?健人も心配かけたくなかったんだって。彩花の事を想っての事だよ」
彩花は、母のかわりに健人を守ろうと必死になってきたからこそ余計にショックなのだろう。
「…」
「…それでいうと。あのさ、教室で大ゲンカしちゃってごめん。あの親子、明らかに変だからさ…つい」
「いや、おじさん間違ってないよ。豊岡くん家って、実は前々から…」
「…?」
「いや、なんでもない。とにかく私はペコペコ頭下げるしか出来ないし…今日もほんとは健人を一方的に悪いって決めつけられて腹立ってたけど、中学生が大人相手に反論してもまともに聞いてくれるわけないし…逆にキレやすいやつだとか、やっぱり保護者の代理なんて務まらないって言われるだもん」
「そんな事があったのか?」
彩花は静かに頷く。
「そんなヤツ、本当の大人じゃない」
「…それを言ったら私だって子どもだよ。ほんとは健人のこと考えてるフリして自分がどう見られるかばかり気にしてる。だから健人も信用してくれないんだ…」
「そんな事ないよ」
「だったら、なんで保健室通いだなんて大事な事隠すの?はぁ…大人みたいに大人の顔で思ったこと言いたい」
彩花の目には涙が浮かんでいた。母・真理がいなくなってから数ヶ月、さぞかし歯がゆい経験をたくさんしてきたのだろう。それに今も…あの親子に対して本当は思っている事があるのに言えないでいる。彩花は、遅い昼食代わりのどら焼きをわしづかみにして、一気に平らげると麦茶で胃に流し込んだ。
「…夕食の準備しなきゃ!」
彩花も健人もそれぞれに抱えた悩みがあふれ出しそうになっている…そんな彼らのため、今の僕は何をしてあげられるだろう。母が同じ状況だったらどうするか?…きっと彩花はそんな事を望んでなんて無いんだろうけど…
彩花と健人の抱えた問題が徐々に明らかになります。
主人公は彼らの痛みを理解して、絆を深められるのか…
そして、母と実家に関わる謎に迫れるのでしょうか?