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【第四話 実家の売却話に下した決断】

無事、台風を乗り越えた主人公と子どもたちには絆が。

ただアメリカに帰国予定の主人公はある”決断”を伝えねばならず…

母との”記憶のカプセル”である実家はやはり売却されてしまうのか?

「おぅ!おじさん、大丈夫か?随分うなされてたけど」


「あぁ…って、あれ?」


2人の横には見知らぬおじいさんがいた。


「あら、珍しいな。客人かい?」


「真理さんの息子の宏樹さんだよ。この人は“緑のおじいちゃん”」


「緑のおじいちゃん?」


「毎朝、通学路で緑のベスト着て旗持ってたってるから緑のおじいちゃん。いつも採れたての野菜とか、こういう作業とか手伝ってくれるの」


正式には学童擁護員というやつだ。


「こちらのお母様が最近お亡くなりになったとかで、2人で色々切り盛りしてる姿を見てたらほっとけなくて…簡単な修理とか手伝うようになったって訳です」


「そうでしたか。お世話になってます」


「いえいえ、私も本当ならこれぐらいの孫がいていい年齢なんですけど、妻には早くに先立たれてから寂しい独り身で。彼らのおかげで楽しい時間を過ごさせてもらえて感謝してます」


「今後ともよろしくお願いします。健人…俺も手伝うわ。ゴミ袋は?」


すかさず緑のおじいちゃんが、「それなら、廊下の所の収納棚に」と教える。この家に久々に帰った時、どこか薄気味悪さというか緊張感を勝手に感じていたが蓋を開けてみると何かと世話焼きな隣人に恵まれているようだ。それが余計にコレから伝えなければいけない事実の残酷さを浮き立たせ、僕を憂鬱にした。




するとそんな心を察したのか彩花が駆け寄り、僕のゴミ取りトングを奪う。


「いいよ。飛行機、午後から飛ぶらしいから早めに空港行ったら?」


「あぁ…?でも…」


「大丈夫」


「じゃあ…帰る前に言わないといけない事が…」


咳払いして向き直る。だが彩花はそれを待たずに返した。


「この家、売るつもりなんでしょ?」


「え?」


一方の健人と緑のおじいちゃんは、寝耳に水だというように目を丸くした。


「私だって中学生なんだし、それぐらい分かってる」


「…」


「相続の問題もあるだろうし…真理さんが亡くなってからいつかこういう時が来るって覚悟してた。だからおじさんが来た時いよいよかって…当たり強くなっちゃった。ごめん」


「ちょっと待てよ!姉ちゃん、家なくなったら俺らどうなんだよ?」


「保護者がいなくなったんだから、施設に入るしかないでしょ。他に親戚いないわけだし」


「そんな…」


緑のおじいちゃんは「それは寂しいなぁ」とアワアワしている。


「本当にそれでいいのか、君らは?」


「じゃあ逆に聞くけど、おじさん、日本に残る気ある?無理だよね?おじさんにはおじさんの生活があるんだから」


「いやまぁ…だけどよくそんなすぐ割り切れるな…」


「割り切ってるわけじゃない。私だって…真理さんとの思い出の家がなくなるのは寂しい…だけど一緒に過ごした時間は消えないから。…だから気にしないで」


「…申し訳ない」


「姉ちゃん、何とかなんないの?引っ越しなんてヤダよ」


「はぁ?いつも、やれボロ家だ、寒いだ、暑いだ、音が漏れるだ、文句ばっかりのくせに!」


「だって~」


「おじさん!ほら、遅れるよ」


彩花は、僕が家を売るのを躊躇っていることに気づいている…でも現実問題としてアメリカでの仕事が山積みだ。だから中学生なりに僕の立場を考えて、一生懸命明るく背中を押してくれたのだ。だが『思い出の家がなくなる』という事を聞いた瞬間、ポケットに入ったままの青いパスポートがうずいた気がした。母の真相を知らないまま家を手放していいのか……




すると視線の先、家の影から不動産業者の阿久沢がひょっこり顔を覗かせていた。


「あれ?多摩住宅サービスの?…どうかされたんですか?」


「おはようございます。あぁ、いえいえ…鈴木様に渥美様がこちらの家に泊まられたと聞きまして、はい」


「…?」


「もうお詫びのしようもありません。そうと分かっていれば、ホテルなり社宅なり何としてでもご用意しましたのに…」


そういうと台風に吹き飛ばされた家の欠片をジトッとなめ回すように一瞥した。そんな阿久沢に敵意に満ちた目を向ける彩花と健人。もしや何度かこの家に売却の打診に来ていて顔見知りなのかも知れない。


「用はそれだけですか?」


「まさか!まさか!せめてものお詫びに羽田までお送りさせていただこうかと、はい」


「そこまで気を遣わなくていいですよ」


「いえいえ…そうおっしゃらず。それに今、子供たちに家を売る話されてましたよね?ご決断のようでしたら車内で具体的な段取りについて詰めさせて頂ければ…」


と進み出る阿久沢の靴が瓦を踏み、カシャと耳に響く高音を立てる。だが彼はまるでそれがそこにないかのように僕の前で踏みにじった。――価値ゼロだと言わんばかりに。


「はぁ…」


すると健人が阿久沢の足元の瓦をゴミ取りトングでカツカツと叩いた。


「どいてくんない?」


「あぁ…ごめんなさい」


健人は足元に跪き、それを大切そうに拾った。今まで家を守ってくれてありがとうという風に。


「いや~にしても子どもたちも健気ですよね~。たしかに渥美様が同情されていたのも理解出来ます、はい」


「…同情?」


「鈴木様にお話しされていたじゃないですか、彼らが住む場所はどうするんだと?」


彩花は無視するフリをして耳を傾けているようだ。


「渥美様は本当お優しい方です。ですがご心配なく…」


うやうやしくブリーフケースからパンフレットを取り出す。


「この施設を手配しようかと思っています。全寮制で教育面も充実した学校です。男女共学なので姉弟はバラバラにならずに済みますし…これ以上寂しい思いをしなくて済みます、はい。あと何より寮がキレイ!あぁ、もちろんお代は建物の解体費を差し引いた残りで手配させて頂きますので渥美様のご負担はございません、はい」


「解体費…」


またポケットがうずいた。このパスポートに映る母・渥美真理と同じ顔をした、謎の女性・黒田百合子の正体を知らないままでいいのだろうか?それに母はなぜ彩花と健人を養子縁組しようとしたのだろうか?この家を失えば真実を知る鍵を失ってしまう気がする。そして何より…そういう好奇心とかルーツとかすっ飛ばして、目の前のコイツにどうしても言ってやりたい、ただの意地。


「あのさ?」


「…」


「あんた、この前から解体だ!資産価値ゼロだ!よくも言ってくれるな。…しかもだ!なんで彩花と健人がさも不幸な人間のように決めつけてるわけ?」


「え?」


「あなた、2人のこと何も知らないですよね?彼らが母と過ごした9年間のことも何も知らないのに、なんでそんな言い方できるの?」


「おじさん…?」


「築年数が古い家に住む人は不幸なの?養子で暮らしてたら不幸なの?」


「いえ、そんなつもりでは…」


「自分はアメリカに渡ってから、母親の事まともに振り返りもしなかった…いや、正直避けてた。でもそんな親不孝の代わりに彼らは母に束の間の幸せを届けてくれた。母の味とか言葉とか思い出とか、そしてこの家も…たくさんの事を引き継いでくれた。それをあんたみたいなよそ者にとやかく言われたくない!彼らへの侮辱は僕への侮辱だ!」




いつからいたのだろう、遠目で見つめる直子さんはやれやれといった表情だ。僕の短気をよく知っている。


「渥美様、私の軽率な発言でご気分悪くされたら申し訳ありません。とにかくクールダウンして…契約については改めて…」


「いや、話す必要ないです。」


「へ?」


「この家は手放さないんで!!」


――そして突き止める!母が残したこのパスポートの謎、そして彩花と健人をこの家に受け入れた本当のワケを。


「え?ではココに住まれるって事ですか?雨漏りする家で?」


「雨漏りは…これから考えます」


「でもリフォームにも多額の費用が掛かりますし…そうそう、今は業者も人手不足でつかまりませんよ。あまりオススメできません…」


「えーと…それは…」


押され気味の僕に替わり、健人が声を上げる。


「俺たちでやります!俺たちとおじさんが一緒に住んで、この家を自分の手で直します!DIYってやつ!ね?」


「は!?健人!!何言ってんの!」彩花の悲鳴のような声が聞こえる。


「だって、そしたらこの家に住み続けられるんでしょ?」


「あのね…」


「いい考えだ!!そうだ、この家を直して住む!そして2人の…“保護者”になる!!なので、申し訳ありませんが家は売れません。お引き取りを!」




大喜びの健人。一方、彩花は驚きのあまり手元の瓦を落とす。


「保護者…なに勝手に決めてんの?一緒に住むとか保護者になるとか大事な話、勝手に決めないでくれる?」


「勝手ではない。家に関しては、俺も相続権もってるから。保護者は…」


健人はグーサインを出すので、グーサインで返した。


「2分の1の了承は得た!」


すると、直子さんも慌てて駆け寄ってくる。


「…宏樹くん。さっき家継ぐって…本気?」


「はい!」


「はぁ…まぁ、あなたの家でもあるから、私はこれ以上何も言えないけど」


「…にしてもとんだ台風でしたね」


「?」


――たった一晩で僕の人生を一変させたんだから。ハシゴを取り出し屋根へとかけた。


「直しちゃいます。あんな雨漏りはこりごりなので」


緑のおじいちゃんにも手伝ってもらおうかと思ったが、いつしか姿はなくなっていた。すると察して直子さんが下を押さえてくれた。階下から呆れたように話しかける。


「あなたは自由ね。思いつきであっち行ったり、こっち行ったり」


「母譲りなんじゃないですか。あの人もよく長いこと家あけて出掛けてたじゃないですか。何してたか知りませんけど」


「…まぁ、とにかく色々あったのよ。あの人には」


まだ午前8時だというのに屋根の上はフライパンような灼熱。汗をボトボト落としながら雨樋のつまりなど雨漏りの原因を探る。トタンが剥がれた場所に防水シートが見えた。


「あぁ、ここの中の防水シートが劣化してるな。全張り替えするしかないか」


と、その奥に小さな折れた煙突を見つける。


「そういや、なんで煙突なんてあるんだっけ?」


ウチには薪ストーブなんて洒落たものはないし、キッチンの換気扇は側面についている…じゃあ、どこに繋がっている?すると…


うぉぉぉぉおおおおお!!!!


今度は、煙突の奥からあの奇妙な唸り音が聞こえた。まるで僕が見て見ぬふりしてきたこの家の謎、そして母さんが抱えた秘密の底深さを表すかのように…きっとこの先には辛い真実があるかもしれない、知らない方がよかったと思う過去が眠ってるかもしれない。


「だけど僕はもう逃げない!」

ーー人は忘れていく生き物。だけどそれって本当に忘れていい記憶?

これまで目を瞑ってきた母との記憶に向き合う決断をした主人公。

だが思春期の子どもたちとの共同生活は一筋縄に行くワケもなく…

数々のトラブルを乗り越えて真の家族になれるのでしょうか?

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