【第三十話 新しい家】
30年以上閉ざされていた冷たく重たい石室の扉が、ついに開いた。誰も入ったことのない闇の中へ新鮮な空気と光が一気に流れ込むと同時に、少女の顔がぬっと現れた。
「へぇ、お墓の中ってこんなになってるんだ!」
反響するその声の主は、墓を覗き込む彩花だ。
「カロートって言うんだよ。元は唐櫃が語源で、明治期に家長制度が普及した際に家族で一緒に墓に入るという風習が…」
「あぁ、大丈夫!おじさん、すぐ知識ひけらかそうとするんだから」
「ひけらかす!?いつ、ひけらかした!?」
「今!そういう所だよ、40超えて独身のワケは!」
「いや、独身なのは自分の意思だから」
「っていうか、彩花!制服のポケットに手を突っ込まないの。おろし立てなのに、もうヨレヨレじゃないの」
たしなめるもう1人の大人びた母、美咲。その言葉の通り、彩花が長いことポケットに手を突っ込んでいたせいで、新品のブレザーは既にシワだらけ。そんな小競り合いを遠目に見つめる健人は、寒さの限界とばかりに足をバタバタ踏みならす。
「ってか、早く終わらせようぜ。もうすぐ4月だってのに凍え死にそう!」
「お前さ、爺ちゃん婆ちゃんの墓参りで、早く終わらせようはないだろ」
住職に促され、僕は「長瀬家」と書かれた墓の中、その大きな骨壺の隣に、小さな白い骨壺を並べた。
「母さんついたよ、新しい家に。さぁ、みんな手を合わせて」
並んで目を閉じると、凜とした冷たい空気に線香の甘い香りが混じって鼻をつく。
「あ!見て!」
「…何?ってか目、開けるの早すぎるでしょ!」
「んな事より雪!雪!」
その言葉に目を上げると、枝に芽吹いた桜に季節外れのボタ雪が舞っていた。
「これがなごり雪ってやつ?」
「…きっと母さん、父さんに会えて喜んでるんだよ」
「うぅ…寒い」
「姉ちゃん、調子に乗ってそんな格好で来るからだよ」
「調子乗ってって何!?晴れの女子高生姿、おじいちゃんに見せるためでしよ」
「晴れの…だって!笑」
「おい!こら」
「彩花も健人も相変わらず騒がしいわね」
「2人は引っ越しても変わりなしのようですね」
「ずっとケンカばっかり…元気なのはいい事だけどね。宏樹くんはどう、新しい暮らしは?」
「まぁ…一軒家を一人で使えるのはいいんですけど…結局、変わりないですね。彩花も健人も毎日遊びに来るんで」
「家が近いからね。2人とも、あなたのことが好きなのよ」
「おかげでアメリカ帰り損ねました。まぁ起業するいい機会になりましたけど」
すると、寺の外で直子さんが待っていた。
「直子さんもくればよかったのに…」
「そういうのは家族水入らずでやるものよ」
「直子さんも家族みたいなもんじゃん!」
「バカ、真理とは仕事仲間よ。まぁ、そりゃこんだけ一緒にいれば子どもたちはかわいいし、情も芽生えなくないけどね」
「じゃあわざわざなんでココへ」
「そうそう、これ!返しに来たの」
手渡されたのは、母の手記から出てきたCD-R。激しく劣化損傷している。
「データの方はなんとか一部修復できたみたい」
「中身は?」
「真理が調べてた北朝鮮に拉致された人たちのリストとその後。当時はまだ北朝鮮も携帯のセキュリティが甘かったから、中国国境から白ロム携帯を使って独自の連絡線を構築して色々調べてたみたい」
「独自の連絡線?そんなのお金いくらかかるんですか…」
差し出した写真は、多数の通帳。預金残高は空っぽだ。
「高橋の裏資金をちゃんと取ってあったみたい。だから彼もそれを知って家に忍び込んできてたみたいね。で、このリストを警察に渡したくない現役の工作員とバッティング…人の家の中で殺し合い始めちゃったって訳」
「でもなぜ母が…?そんな独自の調査を?」
「贖罪…じゃないかしら…?罪を認めるのも償うのも、まず全ての罪を明らかにしなければいけないから」
「贖罪ですか…」
「あなたが許せないように、真理も自分を許せなかったのよ…それと一番上見て」
そこには黒田百合子と書かれてる。真っ先に彼女について調べていたのだ。自分の存在により最も人生が狂わされた人…
「ユリと名乗って、真理の教官もしてたみたいね」
「でもなんでこれを早く警察に渡さなかったんでしょうか」
「あなたたちの前では、最期まで普通の母親でいたかった。葛藤したのよ、きっと…」
「…」
「少なくともこの意思を継いで問題は絶対解決しなきゃ。…私もまだ引退するわけにはいかないわね」
静かに微笑むと車に乗り去っていく。振り向いた僕に美咲が語る。
「宏樹くん、今日はウチですき焼きにしましょう」
「やったぁ!!」
「おじさん!帰るよ!」
健人が僕の手を引く。すると彩花も面白がってもう片方の手を引っ張る。すると美咲は彩花と手を繋ぐ。静かな多摩丘陵の里山、のどかな道を下っていく。雪はすっかり晴れ、きれいな虹が掛かっている。
了




