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【第三話 台風が繋ぐ家族の絆】

母の葬式のためアメリカから帰国した主人公。だが実家には見知らぬ子どもたちが…

実家を売却するか迷ったままアメリカに戻ろうとした主人公だが

令和最大級の台風に阻まれて全便欠航!

思春期の子どもたちと反発しながらボロボロの実家を守り抜け!


駅には「計画運休」の張り紙が貼られていた。2日前、進路を変えた令和最強クラスの台風が今夜東京を直撃すると予報されていたのだ。そのため羽田発の便は明日まで終日欠航。航空会社のアプリでは何度も通知が来ていたが、日本用の充電器を持っておらずバッテリー切れで気づかなかった。


「どうりで朝から空港が混んでいたのか…」


「ホテル取ってないわよね?」


「はい…」


直子さんも手伝い慌てて近隣のホテルを探すも、インバウンド客や水没危険区域の避難者でどこもいっぱいだった。




結局その30分後、僕はずぶ濡れで「渥美」の表札の前に立っていた。というのも直子さん家に泊めて欲しいと頼んだが全力拒否されたからだ…人の家には勝手に上がり込むのに。で色々考えた結果、自分が泊まれる場所は実家であるココしかなかった。だが問題はあの2人が受け入れてくれるか。ガラガラ…意を決して扉をあけるが家の中は薄暗く人の様子がない。


「ごめんください!!」


すると、庭の方から金槌を打つ音が。建物の脇から覗くと雨ガッパを着た彩花と健人が雨風の中、台風に向けての準備をしていた。僕に気づいた健人は驚いた顔でこちらを見る。


「姉ちゃん、あの人!」


「え?…なんで戻ってきたの?」


「…あの…台風が来るって知らなくて…ホテル取れなくて…その泊めてもらえないかと」


「はぁ?」


「一泊だけ!」


「嫌です!!」


「いや、ほんと困ってて…」


「知らないおじさんがウチに泊まるなんて嫌に決まってるでしょ、不潔」


「不潔だって?そこそこ清潔感ある顔だろ!」


と、ガラス戸に写った顔を見ると、びしょ濡れの姿はたしかに野良犬のようだ。




「ってか、頼む!この通り!…家の権利の半分は俺にあるわけだし!」


「うわ!権利とか言い始めた?なんなの、この人?」


だがこっちも断られたら他に行くところはない。命がかかっている…とにかく必死で頭を下げる。するとそんな言い争いを面白そうにニヤニヤ眺めていた健人も、さすがに飽きたようで。


「姉ちゃん、手伝ってもらおうぜ。窓の養生、間に合わないよ…」


「健人、さぼりたいだけっしょ…」


これはチャンスとすかさずテープを手に取る。


「養生だな、任せろ!あとプロパンと庭木の固定もしなきゃな!俺はこの家のこと全部分かってるから。あ…健人くん、だっけ?風呂には水張った?」


「いや、でもなんで?」


「もし断水すると数日は止まるから、コレが大変なんだ。やっておいた方がいい」


「おぉ、さすがおじさん!年の功」


「…」


彩花はムスッとしているが人手が必要なのは明白。勢いに任せて既成事実を積み重ねる。まずは窓ガラスが割れたときに飛散しないよう養生テープを大きなバッテンに貼っていく。続いて家の隅に収納されていた木製の雨戸を縁側の溝に合わせて静かに押し込む…よし、しっくり隙間なく定位置に収まったな。これがズレると気圧差で突風が吹き込み、家ごと吹き飛ばされる…とよく母に脅されたものだ。そして最後の雨戸をはめようとした時だった。その柱に誰かがわざと付けたような傷を見つける。何だろう…目を凝らすとそれは身長の記録。かろうじて一番上だけ読めそうだ…


「ヒロ…ヒロキ十才」


一人っ子だったのに、なぜわざわざ名前を書いたのか。几帳面な母らしいなと懐かしむ。もう少し下のは九才と八才。


「何見てんの?」


健人が後ろから興味深げに覗き込む。


「これ」


「あぁ、ヒロキって、おじさんの名前だったんだ」


「そう。引っ越してきたのは8歳だから、これとこれもそうだな」


すると健人は違う柱を指している。


「ちなみにこっちの柱は俺と姉ちゃん。ほら、ケント、アヤカって書いてあるだろ」


「ほんとだ。」


すると健人がニヤニヤしてる。


「ん?どうした?」


「じゃあさ、おじさん知ってる?この家の七不思議?」


「七不思議?」


「ほら!これ!」


健人が指さしたのはそれとは別の柱。なぜか柱の下1mもない部分を指している。


「読めるこれ?」


じっと覗き込んでみると細かい傷のようなものが無数に刻まれている。かろうじて読めるのは大きめに掘られた傷についた”三才”の文字だけ。そこでスマホで接写して拡大してみる。


「…サキ…?」


「知らない人?おじさんより前に住んでた人かな?」


「そうかもしれないな」


僕はなんとなく背筋が寒くなった。その刻まれた文字の人間をちゃんと覚えてはいない。でもどこかで繋がっている気がした…




すると彩花がミシミシ音を立てて近づいてくる。


「何、遊んでるの!早く雨戸閉めなよ!台風来ちゃうよ!」


「いや、姉ちゃんコレ見て。おじさんの名前も乗ってた!」


「…」


「それとこのサキって子知ってる?」


「知るわけないでしょ。ってか早く閉めて!」


と言ったそばから突風が吹き雨戸が煽られる。慌てて皆で雨戸を定位置にはめこんだ。




健人から“七不思議”という言葉を聞いて、一つ思い出したことがある。それは一番奥、さっきの“恐怖の押し入れ”がある部屋で起きた幼少期の妙な体験。小さい頃、母からあの部屋に入るなと口酸っぱく言われていた。だが子供というのはダメと言われれば興味が湧くもの。母の後を追いかけてこっそり扉の隙間から部屋を覗いてみた…するとさっき部屋に入ったばかりの母はなぜかそこにおらず、ただ押し入れの奥から不気味な唸り声が鳴り響いていた…なんて不思議で曖昧な記憶。




すると…


――うぉぉぉおおおお!


本当にその押し入れのある奥の物置から、あの声が響いた。まるで母が怒っているように…




その後、僕たちは風が吹き込む隙間という隙間を埋めガラスは全て養生した。冷凍庫には凍らせたペットボトル、風呂には緊急用の水、さらにスマホも充電は満タン。準備万端でやることがなくなった僕らは、彩花が残った養生テープで居間を仕切って作った”おじさん禁止ゾーン”をはさみ、2対1でテレビの台風中継を見つめている。令和最大の台風はようやく伊豆大島まで迫ってきた。雨戸もいよいよガタガタ揺れ始め、その外では風に煽られた木々の葉音や電線を揺らす金切り音が大きくなってくる。


「姉ちゃん、腹減った」


「もう9時か」


彩花はエプロンをつけると、あらかじめ米が入ったガス式の炊飯器に火を付ける。その横からはバターとコンソメの香りが漂う。花柄のついたホーロー鍋では野菜スープを作っているようだ。そこに作り置きの手作り餃子を入れて蓋をした。そしてさっき台風でダメになる前にと、まとめて収穫した夏野菜をトントンと切り始める。その音を聞いた瞬間に、かつて母がそこに立っていた姿が強烈に蘇った。同じ柄の黒い包丁で野菜を切って…そういえば、母の横で作りかけのホワイトソースを味見しようとして火傷してアロエを塗ってくれたっけ。色々あって気づけなかったが、あらためて見渡すとこの家の端々にそんな物語が散らばっている。渥美宏樹と書かれた英語のスピーチ大会の表彰状、棚には母が好きだった森鴎外の小説、母の趣味っぽくないティディベア、誰に貰ったのか小さなギターのピック…ピアノにかけられた懐かしい柄のクロス。それはどれもきれいに手入れされていて、この家で3人がいかに丁寧な暮らしを営んできたのが伝わってくる。




「はい、お待たせ」


食卓には、餃子スープと夏野菜のサラダ、炊きたてのご飯が並んだ。僕の分も。


「いいの?」


「私たちだけ食べてたら、人でなしみたいで気分悪いし」


「頑張ったご褒美だぞ!」


健人は目をくりっとさせて生意気に笑った。お言葉に甘えて餃子を一口かじった瞬間に歯に返ってくる強い弾力、その後にうまみたっぷりの肉汁が口いっぱいに広がる。母がよく作ってくれた皮の厚い餃子そのものだ。そして、とれたて夏野菜にかかる自家製ドレッシングは鷹の爪が少しピリっと効いてこれまた懐かしい。


「すごい美味しい…」


「だろ?姉ちゃんの得意料理!作り方、真理さんに教えてもらったの」


「母さんに…?」


「うん…まぁ…」


健人も我を忘れたようにがっつき、既におかわりも3杯に突入。


「俺、この餃子好きなんだよな~」


それにつられて彩花も初めて笑顔を見せた。だがその瞬間…バン!部屋中の電気が落ちる。


「停電だ」


いよいよ台風の最接近!窓の隙間から吹き込む風は金切り音をあげ、家がガタガタ揺れ始める。葬式用のロウソクをつけて、それを頼りに窓の隙間を必死でふさいだ。だが今度は屋根に強烈な雨風が吹き付け、その水圧だけで建物ごと押しつぶされそうだ。そして次の瞬間、頭から頬へと冷たい感触が。見上げるとボーと薄明かりに照らされた屋根からはポツリと雨漏りが始まっている。床のシミは雨漏りによるものだったのだ。


「あれだけ隙間を塞いだのに、まさか上からとは…」


それをすかさず空いた皿でキャッチする彩花。


「これをそこへ。まだまだ来るから油断しないで」


「よし!」


真っ暗な中、滴る大量の雨水をありとあらゆる食器や鍋や空き缶でキャッチする。だが勢いはすごく食器だけでは数が足りない。


「おじさん、オタマも使って!」


「よっし!」


家中のものを駆使して雨漏りを拾いまくる。すると家のそこかしこで水滴の落ちる音が鳴り響く。それまるでハンドベルのように心地よいハーモニーを奏で始め、いつもは小生意気な健人は小学生らしくそれを子守歌に寝息をたて始めた。




一緒に何かに立ち向かうことは心の距離を近づける。気がつくと僕と彩花は自然と会話が出来るようになっていた。


「台風、もうピーク過ぎたかな」


「と、思う」


「にしても、ここまで酷い雨漏りは初めて」


「屋根が傷んでるのかもしれない。明日、試しに見てみるよ」


「…いいよ。明日は飛行機飛ぶかもだし、早く空港行って」


そうだ、アメリカに帰るんだった。ロウソクの薄灯りで現実と夢の境界がぼけてしまっているようだ。帰国前に彩花とちゃんと話せるのはこれがラストチャンスだろう。ならばどうしても確認しておきたい…自分のポケットに入りっぱなしの青いパスポートについて。


「あの…」と、口を開きかけた瞬間に彩花から質問が飛んだ。


「ねぇ、これが最後だろうから聞きたかった事聞いていい?」


「ん?…何?」


「真理さんと何があったの?なんで10年も帰って来なかったの?」


「…」


「責めてるわけじゃなくて、何でだろうって…」


ロウソクの火を見つめ大きくため息をついた。


「…自分の存在は、母さんにとって重荷だったから。だから解放したんだ、自分が遠い場所にいる事で」


「解放した?」


「母さんは、いつも欲しいゲームや見たいDVD、好きな食べ物を買ってくれた。奨学金頼りながらアメリカへ留学させてくれた。感謝している。…だけど小学生の頃の記憶が離れないんだ…」




帰宅ラッシュの立川駅で小学生の僕の手を握り何かを待つ母。結局、目の前を松本行きの特急列車が3度も通り過ぎ、その度にギュッと握る手が痛かった。「そろそろ帰ろう。寒いよ」そう言って見上げた母の目には、涙が溢れていた。何をしたかったのか…僕は物事が分かるようになるとそれを無理心中だと疑い、自分が母を苦しめてるのだと勝手な罪悪感を抱いた。今となっては真相は分からないけど。




「重荷…それ、本人に聞いてみたの?」


「自分は重荷だったかって?聞けるわけないだろ」


「でも聞くべきだったと思う。死んだら一生答えは出ないじゃん」


「…」


「…ごめん。赤の他人に言われたくないよね」


「いや…それって答え出す必要あるのかなって。久しぶりにこの家に来てみて気づいたんだ。駅からのツラい坂道も…面倒くさい台風の準備も…雨漏りも…恐怖の押し入れも…全部いい思い出になってんだなって。よく言うだろ?辛い記憶でも美化されるって、あれ本当だよ。…だけど、もしその思い出に白黒付けてしまったら…最悪、辛い思い出のままだったかもしれない。だから曖昧にしといてよかったんじゃないかなって」


「…それは…きっとその記憶がまだ生きてるからだよ。死んだ記憶は美しくなんてならない。ただ冷たくなるんだよ」


「…?」


「私たち捨てられたの、お母さんに。私が5歳で、健人が2歳の時。出て行ってスグは絵本読んでくれたり遊園地連れてってくれたり、そんな楽しい記憶にしがみついて何度も何度も思い出して、それで余計寂しくなってビービー泣いて…」


「…」


「でもね、そんなこと繰り返しているうちに嬉しいって感情も悲しいって感情もドンドンそぎ落とされて…全部の記憶が冷たくモノトーンになっていった。思い出しても何も感じないし、ただそこにあるだけ。それはそれで残酷だよ」


「…記憶はまだ生きてる…か」


「まぁ!とにかく真理さんはおじさんのこと嫌ってる感じなかったよ!話もたくさんしてた!よく迷子になったとか、英語のスピーチコンテストの練習台にされたとか、留学前に一緒に旅行した事とか。だから今おじさんが家に来てくれて喜んでるはず」


「そうかな…?」


「絶対そうだよ」


遺影の穏やかな笑顔の母を見つめる。この10年の間に一度でも顔を見せて話していれば母との関係は違っただろうか。今日みたいに一緒に食卓を囲んで「この餃子、美味しいね。大好物なんだよ」って言ってあげられたら母は喜んでくれただろうか。…なんで今さらこんな事を考えてしまうのだろう…そうだ、この家のせいだ。




――家は単なる場所ではなく、記憶の集合体なのかもしれない。




そうだ。母と言えば…ポケットの青いパスポートについて彩花に訪ねなければ。明日にはアメリカに帰る身、チャンスは今しかない…


「あのさ、一つ聞きたいことが…」


と言いかけた瞬間……


うぉぉぉぉおおおおお!!!


“恐怖の押し入れ”の方から、殊更に地獄でうめく断末魔のような音が聞こえてきた。まるで母がその記憶に触れるなと言っているような気がして、僕はそれ以上の言葉が出なかった。


「いや、何でもない」


「…そう?」


断末魔は止み、少しリズムが緩んできた雨漏りがBGMとなって僕は眠りについた。――その夜、僕は小さい頃よく見た夢を見た。恐怖の押し入れに迷い込んだ僕は、その底が抜けて真っ逆さまに暗闇に吸い込まれていく。そしてたどり着いた世界はジメッとして真っ暗で冷たくて、僕は怖くてずっと「お母さん!」と助けを呼び続けている。だけど助けは来ない…母さん!母さん!助けて!



「母さん!!」


眩しい光の中で目が覚めた。霞む視界に瞼を擦るとこめかみに湿り気を感じた。


「泣いてる?」


ゆっくり体を起こすと”おじさん禁止ゾーン”の規制線はとっくに剥がされて、庭では彩花と健人が散乱するゴミを集めていた。その2人を囲むように台風一過の空に大きな虹がかかっている。深呼吸すると雨で洗われた草木が放つ緑の香りが胸いっぱいに流れ込む。この夜の経験は僕の一生の宝物になるだろう…2人には本当に感謝しかない。だがやはり直子さんの言う通り、この雨漏りだらけの家で子どもが暮らしていくのは現実的じゃない。彼らにはしっかり伝えなければ…

やはり家は売却する様子、ですがあるキッカケで主人公に心変わりが…

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