【十九話 曇り空の街にて】
翌朝、霞で視界が悪い中、北朝鮮の北東部・清津港へ入港した。
「万歳!社会主義祖国、万歳!」
声援を浴びながら船はゆっくりタラップを岸へ降ろす。まるで英雄の凱旋のような壮大な迎えだ。だが乗客は早くもザワつく…
「見てみ、全員ネズミみたいな色の服着とるわ」
「痩せてるね」
「ほら、言わんこっちゃない。女と博打にふけこんだあんたが天国なんて行ける訳ないもん」
「え~堪忍してくれ~」
思わぬブラックジョークに笑いが起きる。だが私はその異様さに笑顔が引きつった。人民服に身を包んだ人々の声はやたら声量があり響くものの、機械のように正確で、一様に貼り付けたような笑顔の奥から隠しきれない苦労が漂っていた。彼らは帰国船が入港する度に何十回とこの“歓迎”を繰り返してきたのだろう。そして、タラップを降りるとさらに酷い状況を実感した。
「うぇ、腐った魚の臭いやな」
「明雄、失礼よ」
「…日本語やったら聞き取れへんやん」
「アホ、ここは20年前まで日本やったんやぞ。ほら、見てみ!あの人絶対気づいとるわ」
迎える現地の人々とすれ違う度、服や体からツーンと悪臭が鼻をついた。後にわかったことだが、庶民は質の悪いイワシの油で作った石けんを使っていたため、あの匂いがしていたのだという。
港の受付棟に進む乗客の間には、騙されたという絶望、怒り、焦燥…考え得る限りの負の感情が漂っていた。
「総連、言ってたんと話違うないか」
「…私たちどうなるの?」
「知らん。国が仕事あてがってくれるって言ってたけど…多分ロクなもんじゃないな。パッと見てアカンかったら日本に帰ろう」
そして入国手続きの最中に早速、騒動が起きる。
「これは俺の金だ!勝手に触るな」
「国に持ち込める金額は日本円で4万円までです。残りは持ち込めません」
「だったらこの金どうすんだよ?」
「偉大なる首領様の建国の意思に賛同し、寄付されるのがよいでしょ」
「は?何ワケ分かんねぇ事言ってんだ」
父が出航前に言った「現金を持って行っても仕方ない」はある意味で正解だった…だがこの地獄を生き延びるのに金や財産が頼りなのは明らか。後列にいた人々も焦燥を露わにし怒号をあげた。それを痩せ細って生気を失った役人が手慣れたようにあしらう。
「よっしゃ!もっと言ったれ!」
父も声を上げようとするのを私は裾を引いて必死で止めた。
「ん?何や…智子…」
「あかん…殺されるで」
私は必死で首を振る。それを見た母が父の腕に手を添える。
「…今は大人しくしましよ」
するとバン!と扉が開く音がして突然、大量の憲兵が雪崩れ込んできた。そして怒鳴り声を上げた人間に銃を突きつけ部屋の外へと連行していく。辺りは静寂に包まれた後、皆が次々と“寄付”を申請していった。
――地上の楽園ならぬ、地獄の入り口だ。
北朝鮮に上陸後、私たちは行く先も告げられぬまま清津港に横付けされた鉄道にゾロゾロと乗せられた。
「息子が連れて行かれたままなんです!ココで待たせてください」
先ほど連行された人の家族だろうか。だが兵隊はとぼけた顔で、彼女を客車にむりやり押し込めて扉を施錠した。
9月とは思えないほどキンと冷えた客車の窓はどれもしっかり鉄格子がはめこまれ、その一つ一つに荒々しい傷がついている…みんな脱走を図り、そのどれもが失敗した。真冬の家畜小屋のような車内で座れる隙間を見つけ腰掛けると、やがて蒸気機関車が発車の警笛を鳴らし、ガタンという衝撃と共に走り始めた。
――連行された彼らはどうなったのだろう?
車内には、ただギシギシと線路と車輪と連結器の擦れる金属音だけが響く。見渡す限りのハゲ山と荒れた農地と牛のみの”楽園”を歩いた方が早いのではと思うほどノロノロと止まっては進みを繰り返し、目的の威興駅に着いたのは、翌朝だった。
その後、父は帰還者の手配管理をする役所の手配で食品加工工場への勤務が決まり、オンボロアパートでの新生活が始まった。威興市は日本統治時代に工業化された都市で、盛岡冷麺の創始者の出身地であったり日本と縁深い街だ。そのせいかこの街に配置される帰還者はとても多く、学校には朝鮮語に慣れない子のためのクラスも設置されていた。そこで私たちは再開した…
「あれ!帽子の子だよね。新潟で会ったの覚えてる?」
教室に甲高い日本語が響いた。それは新潟港で風に飛んだ帽子を拾ってくれた少年だった。
「え?あぁ…あん時はありがとう」
ふと彼から投げかけられた『君、日本人?』というデリカシーの無い言葉を思い出した。
「すごい偶然だね。俺、朴武哲。で、君は…」
「え…」
「いや、だから名前は?」
「あぁ…金山…金智子」
「どこに住んでるの?」
「え?…新仁洞のアパートやけど…」
「うそ、俺、4号棟!君は?」
「…2号棟…」
「隣だね」
やっぱりデリカシーがない。だが異国で同じ日本というルーツをもつ者同士すぐに打ち解け合う。私たちはこっそりお互いを、日本名の武と智子で呼び合うようになった。
アパートが隣同士だった武とは学校以外でもよく顔を合わせた。
「智子、何してるの?」
「これ?キムチの漬け方習ってんねん」
「へぇ」
「あら、武哲くんじゃない」
「オモニ、おはようございます」
北朝鮮には厳しい冬が訪れる前に、野菜を保存する手段としてキムチを漬けるのが風物詩だ。私たちはアパートの前の空き地に並んで、地元のオモニにその作り方を教えてもらっている所だった。北朝鮮は貧しく息苦しい場所だったが、せめてもの救いだったのが人の優しさだ。厳しい環境で生きるため皆で支え合う事がしみついている。異国から来た右とも左とも分からない私たちにも、わざわざ採れたての白菜を持参して教えてくれた。
「ねぇ、俺もやってみていい」
「やりたいの?キムチを漬けるのは女の仕事なのに、あんたは珍しいね」
おばさんは面白そうな者を見る顔をした。
「別に男がやったっていいのにね」
そう言うと、樽に手を突っ込み真っ赤になったそれを私の顔に付けてきた。
「アホ!やめて!」
「ほら、化粧。ちょっとはマシになっただろ」
「なにがや、仕返し」
私も付け返す。
「うわ、目にしみる!」「これぞ北朝鮮の洗礼や!」
その様子におばさんたちも笑う。
「日本の子はもっと行儀良いがいいと思ったけど、全然違うわね!」
ドッと笑いが起きる。武がいるとそこはいつも笑顔に溢れた。
その後も私と武はオモニの元で色んな事を習った。例えば、餃子の作り方。美味しい食べ物に恵まれなかった北朝鮮でも、キムチと並んでこれは美味いと目を見開いた逸品だ。
「日本でこんな皮が厚い餃子食べたことない」
「ほんと、モチモチして美味しい」
「武も智子もほんと美味しそうに食べるね」
手作りの皮はもっちり厚めで大ぶりに。中の餡はみじん切り肉にニラ、もやし、豆腐とシンプルながら、それだけでもメインになるほど食べ応えがあって美味しい。さらに、ニンニクと生姜を加えた牛肉、大根、さらにネギ、キノコ、豆腐を牛だしと煮込み、唐辛子を加えた牛大根の唐辛子煮は体からあったまる料理だ。とはいえ、牛肉は滅多に手に入らず、干したスケトウダラで代用することも多かった。これも我が家では定番料理となった。
――もう時間は巻き戻らない。決して豊かじゃないし、自由でもないけれど、この国でささやかな幸せを拾い集めて、今日という日を暮らしていこう。
ようやく北朝鮮での生活に慣れてきたところで、私と武は学校に移った。校内では、私たちと同様、日本から来た日本語が出来る子も多かった。彼らに真っ先に注意されたのは主体思想の授業についてだ。
「智子、とにかく首領様の思想を否定することだけは言っちゃダメだよ」
「え…」
さらに声を潜める。
「もちろん日本語でも。誰が密告するか分からないから」
「密告?」
「うん、実際それで上の学級の生徒は、家族が全員強制収容所送りになったんだから」
主体思想の授業では、アメリカは帝国主義者、日本は軍国主義者、韓国は敵だと叩き込まれる。そして“偉大な首領様”の生涯の偉業を原稿用紙1000枚分も暗記させられるのだ。
「はぁ…拷問だな」
放課後の教室。武はそう言うと“主体思想”と書かれた指導者の顔がでかでかと書かれた教科書を閉じた。
「声がデカいよ」
「だって、俺らしかいないじゃん…」
「いや、誰がどこで聞いてるか分からんから。それに私たちは出身成分が低いんやから余計に頑張らんと」
出身成分とは、出自や家族歴、経済力、過去の行動などを加味した北朝鮮内における政治的身分で、これが国の割り振る住居、進学・就職先、食糧配給など全てに影響する。そして私たち日本からの「帰国者」はこの中で最底辺の敵対階層。(つまりは政府を裏切る可能性がある“よそ者”だ)だから主体思想の授業でいい成績をとり忠誠心をアピールしなければ、将来の道は開けない。
「だから頑張ろう!」
「にしてもコレ覚える意味ある?将軍様はわずか3歳のときに日本の侍が家に押し入ってきたが箸を武器に戦った。…侍なんていねぇだろ」
というとサラサラとイラストを書いてみせる。
「プッ…」
思わず吹き出してしまった。絵にしてみるとあまりにバカバカしい…すると、その反応を見た武は将軍様いじりを続ける。
「じゃあさ、これは?爆弾が目の前に爆発したが無傷で歩いてきた。…月光仮面かよ」
私は怖くなって辺りを見渡す。
「本当にやめて」
「将軍様は川に向かって凍れ!と叫ぶと、5分で川が凍った。…こんな感じ?凍れ!!」
と言った瞬間にガラガラと教室の扉が開く音がする。
「どうした?」
教師が怪訝そうな顔をして近づいてくる。心臓が止まりそうになる。
「…今、凍れとか何とか言ったか?」
「はい!…今度の文化公演会の抗日パルチザンの劇に出たいと思い、演技の練習をしてました」
じっと私と武を交互に睨みつける。手元に置かれた教科書の下にはさっきのイラストがある。絶対見られてはいけない…
「ん…なんだ。その絵は?」
「!!」
だが不幸にも目を付けられた。もうおしまいだ…教科書をめくろうとしたその瞬間、武は豪快なおならをした。
「くせぇ!!」
「すみません」
ロクなもの食べてないからかかなり臭い。教師はすぐにでもその場を離れたそうに、
「…とにかく、お前らみたいな出身成分が将軍様の役など出来るわけないだろ」
「心得ております」
「ならさっさと帰れ」
教師は扉をピシャリ!と閉じて出ていった。
「もう…」
「ごめん。…でも智子、そんな勉強頑張って、何を目指してるの?」
「それは…内緒」
「ふ~ん」
帰国者という“よそ者”のレッテルは私をはじめ家族には常につきまとった。父はいくら頑張っても労働条件は厳しく立場は低いまま。一時は実業家として成功を収めた人間にとってそれはとてつもない屈辱だったに違いない。そのせいか父は時折、母に暴力を振るうようになった。
さらにもう一つ、家族に暗い影をさす出来事があった。それは北朝鮮に来てから二度目の重く冷たい冬、私の15歳の誕生日。母は私のためにと張り切って、好物の牛肉と大根の唐辛子や、餃子を作ってくれた。
「智子、これプレゼント」
すると父は袋から缶詰を取り出した。平壌の特権階級しか食べられない桃の缶詰だ。
「桃の缶詰、どうしてコレを?」
「いや、まぁ工場で日頃頑張ってるからって。さぁ、智子、食べろ」
「いいよ、こんな高いの」
「いいから」
おそらく工場から盗んできたのだろうが、食べないとおさまらない。怖々と口にする。
「どうだ」
「おいしい…」
「ん?懐かしいわね。日本にいた頃はよく食べたものね」
「ご名答!この工場、日本が戦時中に作られたんだと、だから品質がいいんだろうな」
「…」
ガシャン!
突然、皿をひっくり返す音がした。振り返ると明雄は顔を真っ赤にしている。
「お父さん、今の発言を撤回して」
「!!」
「明雄、どうした?」
「この国にある工場は全て首領様が国民のために作って下さったものでしょう。それをよりによって軍国主義の手先、日本人が作ったとはどういうつもりだ」
「…ちょっと落ち着いて」
明雄はまだ5歳。今までこんな片鱗は一度も見せたことがなかった。
「それにこの缶詰は盗んだものじゃない?」
「いや…それはだな」
「通報する」
マズい…実際、北朝鮮では子どもが家族を密告する例が多い。私は咄嗟に考えた。
パチパチ!
私は全力で拍手した。そしてアイコンタクトで父と母に目配せする。全員も訳が分からないという表情で揃って拍手する。
「…?」
動揺する明雄に話しかけた。
「すごいね。テスト合格」
「え?」
「私たちは、明雄の将軍様への愛が本物か試したの」
すると、主旨を理解したのか母が続く。
「明雄は本当、立派な革命戦士だわ」
「…あ、うん」
「それにこの桃は…」
最後の一口を食べきる。
「あ…」思わず明雄の本音が漏れる。
「ニセ物だから。うっ不味い…」
「そうだったの?」
私はなぜ北朝鮮があんなバカバカしい話を真剣に国民にすり込むのか少し分かった気がした。この歳の子にとっては、あんな現実離れした話も一つの真実となるのだ。教育とは幼い頃からの蓄積だ。言葉はその人間の脳に少しずつ蓄積されて、まさかというタイミングで一気に発動し、その思考を占拠する。私はそれを後に“洗脳”と呼ばれるものだと知る。
これを機に父は、明雄の監視を恐れ、それと比例して彼を産んだ母に怒りをぶつけた。日に日にエスカレートする暴力に耐えきれなくなった母は、ある日、姿を消した。




