【第十七話 地下室と母の手記】
「…彩花?…健人?無事か…?」
真っ暗な闇の中、手探りでそれぞれの手を取り合い、位置と存在を確認する。
「うん…ってか俺たち助かった?」
「そう…かも…?」
「にしても何んなの、ココ?」
と、その時!
うぉぉぉぉおおおおお…
不気味な唸り声が上の方から響いてきた。まるで僕を拒絶するようなその声に思わず身が固まる。脚が震えて汗が全身から噴き出す。
「うっ…」
「おじさん?」
「…いや、すまん。大丈夫だ」
「ねぇ、アレ見て…」
「アレ?」
「上!上!」
健人の声に天地を探りながら見上げると、そこには上部に向かって真っ直ぐに伸びたパイプが月明かりに照らされキラキラと光って見えた。
「もしかして、これってあの煙突じゃない?」
すると、うぉぉぉ…と煙突の内部から反響が聞こえる。恐怖の押し入れから聞こえてくる唸り声の正体は、謎の煙突をかすめる空気による共鳴音だったのだ。
「なるほど…これは換気口か」
「換気口?」
「地下壕は二酸化炭素や有毒なガスが溜まりやすいから換気口を作る必要があるんだ。おそらくコレもそのためのもの」
実際、日本軍が地下壕の換気口を石灯籠の形に似せて敵の目を欺いた例もある。
「って、待って!やべっ!七不思議がこれで五つも解けちゃった。赤い名札と柱の傷でしょ。あと恐怖の押し入れと唸り声と謎の煙突!」
健人は目をキラキラさせる。
「のんきな事言ってる場合じゃないでしょ?」
目が慣れてくると、そこは思ったより広く、何かのUSB、古びた日本列島と朝鮮半島の地図、暗号のようなものが書かれた紙などの機材や書類などが丁寧に並べられている。
そのデスクには数冊の手記のようなものが残されていた。やけに分厚い表紙のそれをスマホライトで照らしてみる…暗くて数行ほどしか読めないがそれは母の筆跡だと分かった。さらにめくる…そこに書かれていたものを断片的に見ただけでも母が抱えた過去と懺悔、この家と僕らにまつわる恐ろしい歴史が読み取れた。
「何だよ、これ…?」
「おじさん…もしこれが本当なら…」
ふとスマホのライトが消えた。バッテリー切れだ。
「真理さんと私たちの関係って…」
僕はその手記を抱きかかえて鉄パイプから漏れる月明かりを見上げた。
そして、数時間は経っただろうか…外から大きな衝撃が響き渡った。
「なんだ?」
「わからない…」
緊張が走る中、一同が肩を寄せ合う。音がするのは僕らが滑り落ちてきたあたり。
「まさか、やつら…ココに気づいた?」
となれば今度こそ命がけでこの子たちを守り抜く!!来るなら来い!!!
ゴゴゴゴゴ…
天の暗闇が割け、空いた隙間から強烈な光が射しこんだ。
「おじさん…」
「彩花、健人、俺から離れるなよ!!」
あまりの眩しさに霞む目をこらし、光の向こうを見つめる。すると、そこにいたのは…なんと美咲だった。
「あ!こんな所にいた!!彩花と健人も!よかった~!直子さん、こっち!」
するとその横から直子さんも顔を覗かせた。
「あ~いたいた!もう心配したんだから!レスキュー隊の皆さん!こっち!」
手招きすると、その狭い隙間から救助隊が滑り込んできて僕らを保護した。地上へ上がると時空が歪んでいたのか、既に夜は明けようとしていた。朝日に照らされる4畳の部屋で、僕らは一緒になって無事を祝った。
「でも美咲さんも直子さんも、なぜココに?」
「家を出た後、明日の待ち合わせ時間を決めてなかったでしょ?それでLINEしたのに全然既読にならないし、電話も繋がらないし…宏樹くん、何か怖がってたからさすがに心配になって」
それで警察を呼んだところ、ちょうど直子さんが現れて一緒に踏み込んだのだという。すると警察官の一人が尋ねてきた。
「その際、負傷者がいたんですが見覚えないですか?」
写真の男たちはほぼ無傷で気絶したように意識を失っていた。
「ないですね。ってか、襲われたのはこちらの方なんですが…」
「まぁ、盗んだ金品の取り分で仲間割れなんてよくありますから」
「にしても驚いたな。夢で見た通りなんだもん」
美咲は押し入れの奥にぽっかり空いた穴を見つめて呟いた。
「…夢?」
「小さい頃からよく見る夢。私はその夢のこと“恐怖の押し入れ”って呼んでるんだけど、暗闇の中にお父さんと一緒に閉じ込められて、顔も知らないお母さんを必死で呼ぶ夢」
「恐怖の押し入れ…?」
「なんとなくそう呼んでるだけ。でも、妙に気になって底をコンコン叩いてみたら本当に空洞みたいな音が聞こえて、それでこのレバーを引いてみたら、まさかのあなたたちがいたってワケ」
そこには僕がバールと思い込んでいた、真っ赤なレバーがあった。
「直子さん、痛いって!」
「もう離さない!」
直子さんも相当心配だったようだ。彩花と健人を抱きしめたまま離そうとしない。
「いい人だよね。本当に自分の子のように愛してくれてる。もう家中あなたたち探してる時なんか刑事ドラマ見てるみたいで、警察官顔負けの勢いで家中を調べ回って」
「そういえば直子さん、なんでココに来たんだっけ?」
「え?…そういえば…」
直子さんはピンチにいつも駆けつける…だが、これは出来すぎだ…
「直子さん!」
その呼びかけに振り向いた彼女は、僕のいぶかしむような顔を見るなりいつになく冷徹な目をした。
「あなたに聞きたい事があります」
彼女の前に差し出したのは地下壕で見つけた数冊の手記。すると彼女はそれを見開き観念した顔をした。
「はぁ…真理のやつ、本当に…」
警察に何かを耳打ちすると、彼らは既にあらかたの捜査が終わっていたのか素直に家を出ていった。
皆が一つのダイニングテーブルを囲む。ガタガタ揺れる椅子の肘掛けをグッと握って前のめりに問い詰める。
「直子さん、単刀直入に聞きます。さっきの男たちは誰なんですか?何が目当てで家に侵入してきたんですか?」
「…知らないわ」
「おじさん?なんで直子さんにそんな事聞くの?」
「そうだよ、知るわけない」
僕はかまわず続ける。
「直子さん、僕は日本に来てからあなたの行動にはずっと引っかかっていた部分がありました。まずは帰国初日、あなたは僕に阿久沢を紹介し、家の売却を勧めてきた。ですが、今になって売却を強く咎めるようになった。それはなぜですか?」
――家に愛着があるなら最初から売るのを強く勧めないだろうし…そうでなければ、今さら拒絶などする必要も無い。
「それは…なんとなくよ。たまたまそう言う気分だったの」
「では阿久沢がこのタイミングで逮捕されたのは?それもたまたま?」
「たまたまなんじゃないの?知らない」
「じゃあ強盗が押し入ったのもたまたま?」
「たまたまよ!」
「最初は僕もそう思い込もうと思いましたが、あまりに起きてる事と辻褄が合わない」
「…言いたい事があるならさっさと言いなさいよ」
「不可解な一連の出来事について前提を変えて見たら辻褄があったんです」
一同が息を呑む。
「例えば、あなた自身がこの土地に関心があったとしたら?もっと正確に言うとこの土地をどうしても渡したくない相手がいたとしたら?」
「…!!」
「当初あなたは、僕が当然この土地を手放すと思った。だからこの家を早く売るよう迫った。そうすれば確実にこの土地を買収出来るからです」
「直子さんがこの土地を買う?」
「ああ。だが直子さんの思惑はハズれて結局、僕はこの家も土地も手放さなかった。ところが今度は自分も想定外のタイミングで売却の話が振って湧いた。しかもその売却相手こそ、直子さんが一番渡したくない相手だった。だからそれを邪魔した」
「でも私たちが家を売ったタイミングこそたまたまじゃない?それを狙って買うなんて不可能じゃ?」
「それが仕向けられたものだとしたら?」
「?」
「そいつは、まず2人を美咲さんに引き取らせる事で、僕が”保護者”として日本に残る理由を奪った。一方で、無言電話や蝉の死骸で嫌がらせを繰り返し、安全面から家を手放す選択肢を与えた。そのタイミングで再度、破格の買収条件を提案すれば…」
美咲はショックな表情を見せた。
「待って、私に2人を引き取らせるって…まさか、あの手紙の送り主って?私は利用された…?もしかして彩花と健人がこんな目にあったのは私のせい…?」
美咲は頭を抱えている。その手を握る彩花は僕の意見に納得していない様子だ。
「あのそもそもなんだけど、直子さんにそんな事する理由ある?」
「そうだよ!この土地を欲しがるって、そもそも売れない土地だって言ってたじゃん!崩落事故とかあって誰も欲しがらない土地だって…」
「そうだ、普通の人は欲しがらない土地」
「しかも駅からそこそこ歩くし、坂登らないとだし、東京都なのに田舎だし…」
「あぁ、だが一部の人間にとって唯一無二に映るらしい」
「直子さんって何者?真理さんとどういう関係なの?」
鈴木直子は表情をぴくりとも変えない。
「知らない方がいい事もある」
完全にシラを切らないあたり、彼女なりの誠意なのか…もしくは、もう隠しきれないと思ったのか。
「その答えがきっとこの中に…あるんですよね?」
僕は机の上に、地下壕で見つけた手記と青いパスポートを出した。それを見ると直子さんは静かに僕の顔を見つめる。
「いいの?これを開くともう前の家族には戻れなくなるわよ?知る前と知った後で、人生は変わる」
直子さんのいつにない真剣な表情に、彩花も健人も息をのむ。
「はい。そうだとしても、僕たちは知ったフリをして事実に背を向けていてはいけない。怖いけど母の過去に向き合って、自分のルーツを知らないと…そうじゃないと僕らは正しい未来を選べないから」
「…」
「それを教えてくれたのは、彼らです」
彩花、健人、美咲…みんなと出会えたおかげで、今その覚悟ができた。直子さんは大きくため息をつくと、らしくない鋭い眼光で僕の目を見つめた。
「本気なのね?じゃあ、私も覚悟が出来た」
そういうと大きく息を吸う。
「そもそも真理がいまだにこんな物をとって置いてたって事は、それを望んでいたのかもだし…」
すると直子さんは青いパスポートをひろげた。
「…ここに乗っている写真は間違いなく、宏樹くん、そして美咲さんを産んだお母さんよ。だけど彼女の本名は黒田百合子でもなければ、渥美真理でもない」
「!?」
「彼女が産まれた時に授かった名前は、吉田智子」
すると、健人が疑問を投げかける。
「ちょっと待って!じゃあ本物の黒田百合子さんは?今どうしてる?」
「本物の黒田百合子はおそらく22歳の時に北朝鮮に拉致された。その戸籍を利用し、あなたたちの母は黒田百合子になりかわり、そして渥美真理になった…あなたたちは福井で黒田百合子の息子さんに会ったんでしょ?」
「僕らの福井での行動を把握していたんですね」
直子さんは静かに頷く。
「えっ…拉致…?戸籍を乗っ取る…?私の母親が?」
パニックの美咲。だが僕はなぜか妙に冷静だった。ショックではあるが、そうだろうなと思っていたから。
「一つだけ誤解しないで欲しい。あなたたちのお母さん・渥美真理は、誰よりも強い正義感をもって日本の治安を守ろうとした。私の戦友であり…人生で最も心を許した大親友…」
手元の手記を開いてみせる。そこにはモノクロ写真の幼い女の子が映っている。直子は呼吸を整えるようにして、まるで昔話を聞かせるような落ち着いた声で話し始めた。
「彼女は人生で何度も名前を変えてきたけど、最初の名前は、さっきも言ったけど吉田智子。日本人の母と日本人の父の間に生まれた。…だけど、運命のイタズラで北朝鮮に渡ることになり、そして違う名で日本に戻ってきた」
それは、冷戦時代真っ只中の日本と北朝鮮、2つの国家間の陰謀と策略に引き裂かれ、道具として利用されてきた人間たち。彼らが必死で生きる意味を探し求めた話…
なぜ黒田百合子は渥美真理になったのか?
なぜ直子さんは我々のそばにいたのか?
家を襲った男たちは何者なのか?
なぜ母は僕と心中しようとしたのか?
母は僕と血が繋がっているのか?
母は僕を愛していたのか?




