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【第十六話 この家を狙う者たち】


「多摩住宅サービスの阿久沢容疑者が、県会議員との不正取引に関与した疑いで逮捕されました」


――そのニュースと共に居間の全員が言葉を失う。なぜならそれは、まさに明日、家の売買契約を交わすはずだった不動産業者の担当者だったからだ。


「こんなタイミングで、まさか…」


もしかして…僕はふと今朝、直子さんとかわした言葉を思い出す。


『もう売る相手、決まってるって事?』


『多摩住宅サービスの阿久沢さんにお願いすることにしました』


『とにかくこの家は他の誰にも売っちゃダメよ。後悔するから』




「…直子さんが…売らせないために?」


思わず心から漏れた僕の声に一同の注目が集まる。


「直子さんがどうしたの?」


「あ、いや…何でもない」


この考えは軽々しく口にするには重たいし根拠がなさすぎる。だが彩花はその心の内を目ざとく見抜く。


「話してみて。おじさんの直感はヤバいぐらい当たるから」


彩花の『直感が当たる』という言葉にドキッとした。出来るならハズレて欲しいことだってある…例えば、母・渥美真理の過去についての憶測、とか。


「…さすがにこれについては妄想がすぎると思う」


「いいから。教えて」


「そうだよ、もったいぶるなよ」


言わないとおさまらない雰囲気。そこで僕は大きく息を吐いた。


「いや、もしかして今ニュースでやってた逮捕は直子さんが仕掛けたんじゃないかって、一瞬そう思っただけ」


「え?なんで直子さんが?」


「ちょうど朝、家を売ること話したから。多摩住宅サービスに売るつもりだって。でも冷静に考えたらあり得ないだろ。一般人がこんなボロ家を守るために一日で不正の証拠をあげて不動産業者を逮捕する…なんて」


――そう、こじつけもいい所。あまりの事態に面食らったせいで脳の回路がおかしくなっただけ。だが今度は健人が食いつく。


「本当にあり得ないのかな?逆に考えてみたら」


「逆?」


「謎解きゲームの基本。今、おじさんが言ったことを全部ひっくり返してみるんだよ?」


今日はやけに皆が僕の話を広げたがるようだ。彩花は珍しく頭をひねる。


「う~ん…そのままひっくり返すと直子さんはただの一般人じゃなくて、この家はただのボロ家じゃなくて、不正の証拠をつかんだのは今日でなくずっと前…とか?うーん、どれも当てはまらなくない?だってこの家はどう見てもただのボロ家だし。直子さんはオバサンだよ。もう誰がどう見ても一般人オブ一般人。それにそもそも不正の証拠をつかんで犯人逮捕とか、もはや警察だし」




一般人のフリをして動く警察官…?


それには少しばかり心当たりがある。なんなら、母・渥美真理に一瞬抱いた例の疑惑ともリンクしている気もする…だがそれこそ妄想がすぎる。




すると、そんなやりとりを距離を置いて聞いていた美咲はおもむろに鉄鍋を片付け始める。


「まぁ、どちらにしてもしばらくこの土地は売れそうにないわね。あんな好条件出してくれる業者は他にいないだろうし」


「この家、売るのやめるの…?」


健人は少し嬉しそうな顔をする。


「この辺りは地下壕が多いだろう?それで近所では過去に崩落事故が起きて家が傾いたりトラブルが起きてるんだよ。それで国と市のどっちが埋め戻し工事の費用出すかで長い事揉めてて…とにかく色々ワケありの土地って事。命に関わるほどでもないけど」


「じゃあさ?家が残るって事は、おじさんは日本に残るってこと??」


「残念だけどもう会社には帰国すると伝えてしまってる」


「えぇ~」


ひとしきりテーブルの上をきれいにしたら美咲は帰り支度を始めた。


「あれ?今日は泊まっていかないの?」


「うん、明日の契約はなさそうだし。それにここは売れなくても引っ越しは予定通りでしょ?荷造りしなきゃ」




ピンポーン!ふいに家に不気味なチャイムが鳴った。


「こんな時間に訪問者?」


出て行こうとする彩花をとっさに止める。


「ちょっと待って」


「何?」


理由は分からない。ただ阿久沢の逮捕があったタイミングで鳴るチャイムに妙な気味悪さを感じた。


「おじさん?」


「あぁ…ごめん」


「変だよ?さっきから。…今、行きまーす!」


ふと見た玄関の方、ドアのすりガラスの向こうに男のような影が見える。それは微動だにせずジッと立ち尽くしている。不気味なその様子に嫌な予感がよぎる。


「…!?」


かまわず出ようとする彩花。


「やっぱりダメだ!!」


「え?」


とっさに扉の方へ向かって手を添えるが、間に合わずガラガラと扉が開く…


「こんばんわ…って、あ。すっ、すみません、夜分に!回覧板を…」


そこには緑のおじいちゃんが立っていた。僕の必死の形相をキョトンとした顔で見つめる。


「ごめんなさい、非常識でしたよね…夜9時すぎて回覧板なんて」


「あ、いえ、ありがとうございます」


「以後、気をつけます…」


丁重に謝りながら、扉を閉めてロックをかけた。


「あの人、間が悪いよね。この前もおじさんと姉ちゃんがケンカしたタイミングでピーマン持ってきたし。…にしても、おじさん何そんなビビってんの?」


緊張が一気に解けて息をつく。


「すまん。ちょっと顔洗ってくる」


そうだ、また僕の考えすぎのクセが出ているだけだ、忘れよう…すると後ろから美咲がタオルを持ってきてくれた。


「大丈夫?さっきから何か様子変だったけど」


「すみません…」


「じゃあ、私行きます。あなたたちはどうする?」


「俺はココ残る。おじさんビビってるから一人にするの可哀想だし」


「そうだね!残り少ない時間だし、おじさんと過ごしてあげようか」


「ハハ…お気遣いありがとう…」


「そう?じゃあ、明日また来ます!今後の作戦も立てないとだから」


「うん、また!」




しばらくして車が走り去る音がした後、再び家に妙な静寂が戻ってきた。


「じゃあ健人、歯磨きしな」


「うぃっす」


彩花は健人に寝る準備を促す。一方で僕は自分の中のモヤモヤを電話の横のメモ帳に書き出した。




――実家にまつわる不可解な事


*阿久沢=不動産業者、逮捕


*直子さん=売却を知って阻止した?


*土地=地下壕の陥没事故で売却困難

*家にまつわる謎=地下壕、煙突、うなり声


*誰かの嫌がらせ?=無言電話、蝉の死骸、誰かの影


*美咲さんに届いた母の死を知らせる手紙

*渥美真理=ニセ黒田百合子?(青いパスポートの謎は未解明)


*本物の黒田百合子(福井から失踪、拉致?)

…ってあれ?もしかして、これが全部繋がっているとしたら?




プルルル…すると突然、手元の固定電話が鳴る。こんな時間に電話?


「もしもし…」


受話器を取ろうとした瞬間に音が切れる。


「―――――」


試しに受話器を耳に当ててみるが音は聞こえない。無言電話…?にしては、おかしい…それならツーというダイヤルトーンが流れるはずだが、全くの無音。ふとイヤな予感がして、2人がいた洗面者に駆け戻る。


「あれ?いない?」


…と思ったら、2人はリビングで仲良くテレビを見ながら歯を磨いていた。


「なんだよ…ビックリさせるなよ」


「へ?どうしたの?」


慌てて玄関へ向かうと鍵をかけ直し、ドアの上下に付けた予備のロックも施錠した。


「おじさん、今日めっちゃビビりまくりじゃん」


「そういうワケじゃないけど…」


するとバン!と家中の電気が落ちる。


「ひぃっ!」


「ブレーカー落ちただけだって。健人もビビりすぎ」


そういうと玄関の配電盤へと向かう彩花を引き留める。


「何?」


「シッ!見てみろ…ブレーカーで落ちるはずのない外灯も消えている…」


「外灯?…あ、ほんとだ」


擦りガラス向こう、遠目に見える外灯はついている。という事は、停電でなくこの家の電線が切られたという事だ。そしておそらく電話線も…。すると真っ暗な擦りガラスの向こう、ズズズっと鉢植えを動かす音がする。


「合鍵を探してる?」


「うそ…何であそこに隠してるの知ってんの?」


今日はたまたま明日の契約のために鍵を回収してあったのが幸いした。すると一瞬の間があって、ガシャンとガラスが割れる音がした。


「ひっ!」


すると割れたガラスの隙間からヌッと不気味な腕が突っ込まれたかと思うと、そのままロックの部分をガチャガチャとまさぐっている。


「何なんだよ、コレ!」


彩花はとっさに手元に立てかけてあったホウキでその腕をぶん殴る。


「離せ!この!この!この家に何すんの!」


「やめろ!彩花!」


するとその腕はホウキを掴んで破れたガラスの奥へと引きずり込み、彩花の手首を掴んだ。


「いや!」


すると健人がその腕に噛みつく。


「うっ!」


その腕は健人をガラス扉に叩きつけると。


「何しやがる」


僕はその腕に玄関の熊の置物を何度も何度もぶつけて、ようやく引っ込んだ。


「とにかく中へ」


彩花と健人を連れて居間へ向かうと、カーテンの隙間から庭の方を見る。するとキンモクセイの影にもいくつか人影が浮かび上がった。


「ダメだ。完全に包囲されている。彩花110番を」


「ダメ…圏外。Wi-fiも使えないし。どうなってんの?」


パリン!と居間のガラスが割れる。


「まずい、奥へ」


そこは雨戸が閉めきられた4畳の物置。母が家事部屋として使っていた場所だ。そこに身を潜め、扉越しに耳をすますと廊下の奥からキーキーと床板がきしむ足音が近づいてくる。このままだと見つかるのは時間の問題…すると…ボーン、ボーン、壁掛け時計が鳴る。


「今のうちに!」


その音に紛れて、僕は押し入れを開いた。――そう、そこは僕が青いパスポートを見つけた“恐怖の押し入れ”――ゾッとするほど生ぬるい湿った空気が頬をかすめる。心臓が高鳴り、冷や汗が噴き出す…だが迷っている暇はない、そこに3人、身を押し込める。


「はぁ…はぁ…」


「おじさん、何なのアイツら?」


「わからん。ただこの家には昔から妙な影が付きまとっていた気がする。」


あの花火大会の日、僕を家の前で見張っていた謎の男とか…帰国した日、庭で感じた視線とか…




闇の中、微かな衣擦れの音。床板の軋みが、じりじりとこちらに近づいてくる――頼む、目当ての物があるならさっさと持ち去ってくれ。だが無情にもその足音は物置部屋の扉前で止まったと思うと、キーと開く音がした。残念ながら目当ては自分たちの命のようだ。


「…」


息を止める。心臓や血管の脈打つ音だけでも居場所がバレてしまうのではと不安になる。そして次の瞬間、ガッ!と押し入れのふすまの間から黒々とした大きな血管が浮き出た指が滑り込んできた。殺される!!…必死でふすまをおさえるが、その力は強い…さらに不気味な黒い影が滑り込んでくる。首だ…その目は我々をとらえるとカッと見開いた。


「くそっ!」


僕と彩花と健人で、全力でそのふすまが開かないよう抑えるが力量では全然勝てない。


「もう終わりか!」


とその瞬間、足下にバールのような金属の棒が当たる感触を覚える。


「一か八か…俺が時間作っている間にお前らはなんとか逃げろ!」


「何する気!」


「いやだ、おじさんを置いていけない!」


「たまには言う事を聞け!」


「!?」


「お前らに感謝している!」


「…」


「彩花、優しくて家族思いで僕は本当に救われた。だけど、これからは自分の幸せを第一に生きろ」


「おじさん…」


「健人、お前とのDIY最高だった。お前ぐらいの能力があれば何だって出来る」


「大丈夫!また会える!」


――ウソだ…自分だってどこかで死を覚悟している。だけど守りたいんだ。手元のバールを手にする。


「彩花と健人に指一本触れさせない!!!」


そして、その掴む拳に力を込め、狭い押し入れの中でその男の顔面に思いっきり振りかざした。


「うらぁぁああ!!!」


「!!」


とその瞬間、ギギギギ…と大きな音が響いたと思うと、押し入れの底が抜けたように身体が無重力の暗闇に放り出される。


「え!?」


…この感覚、湿った空気、反響する音、覚えがある。小さい頃よく見た“恐怖の押し入れ”の夢。底が抜けて奈落の底に落ちて、ずっと母を探し続けたあの摩訶不思議な夢。




ドーーーーーン!と大きく尻餅した。




と同時にまたギギギギ…っと蓋が閉まる音がした。


「痛っ!」


「ててて…」


激しい痛みと共に天地も分からない状態で身を起こすが、暗闇の中で文字通りパチパチと星が飛びかう。遠くで何かしらの言語が聞こえてくるが、音は曇りよく聞き取れない。


「ここはどこだ?」

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