【第十話 黒田百合子を探せ!】
いよいよ渥美真理にそっくりの謎の女性・黒田百合子?の正体を調べるべく、
パスポートに載った本籍地・福井へ健人と男2人旅!
だがどうやって50年近く前の女性の行方を調べるのか?
そこにはある作戦が…
「それでは彩花の面倒お願いします」
「受験生だしね。こっちは任せて!男水入らずの温泉旅行、楽しんでらっしゃい」
「うっす!」
「では、行ってきます」
9月の週末3連休、僕と健人は福井へ旅に出た。といっても本当の目的は温泉旅行ではない。パスポートにあった『黒田百合子』の正体を追うのだ。
僕は手元のメモを見た。
【分かっている事】
・渥美真理=黒田百合子?(パスポートの女) もしくは顔は似てるだけか…双子かも?
・黒田百合子のパスポートの本籍地は福井
・パスポートの出入国印は、ヨーロッパや韓国のもの
・黒田百合子の娘(映像の少女)=名札の持ち主=ながせみさき?
・渥美真理の息子=渥美宏樹
・彩花・健人=渥美真理の養子
【分かっていない事】
・そもそも黒田百合子という女性は、実在しているのか?
・フィルムに写っている南国のような砂浜はどこで撮られた?
・フィルムを撮ったのは夫?
・彩花は、”ながせみさき”の名札を見た時に拒絶反応を見せた…なぜ?
――結局、今のところ何も断言できることはない。本籍地・福井へ直接出向いて、彼女の正体に迫る手がかりを探すのだ。もちろん情報をつかめる保証などない…何も見つからない可能性の方が高い。でもとにかく動きたかった。
大宮駅まで出て北陸新幹線に乗り換える。僕は一度だけこの新幹線に乗った事がある。まだ長野新幹線と呼ばれていた頃、アメリカへ行く直前に母と出かけた、たった一泊の長野旅行。だけどその時の写真は一枚も残ってないし、今となっては思い出を語り合える母もいないし、それが本当にあったのかすら曖昧な思い出。
新幹線は2時間ほどで開業したてピカピカの福井駅に着いた。
「おぉ!恐竜博物館だって」
「観光に来たんじゃない、僕らはこっち」
その足で県立中央図書館に向かうと、受付カウンターに申請し70年代の電話帳を片っ端から開いた。その中から『黒田』と名乗る会社や家を全てピックアップする。
「で、コレどうするの?」
「一件ずつしらみつぶしに電話で聞いていく」
「はぁ?本気?」
「月夜行路って小説だと大阪で佐藤さんを探すんだぞ?福井の黒田さんなんて余裕だろ。」
「はぁ、それ小説の話だろ?」
「じゃあ他に方法あるか?さすがに50年近く前の人のこと、興信所でも調べられないだろうし…」
「って言ったって、コレざっと1000件はあるぜ」
「いや。田舎ってのはな、親戚同士の繋がりが強いんだ。黒田百合子の親戚筋にでも当たればそこから芋づる式にたどり着けるはず」
「そう簡単にいくかな…」
とにかく黒田姓が集中するエリアに絞ってめぼしい人に片っ端から電話していく。すると福井の人はとても優しい。こんな怪しい電話にも事情を説明すると優しく対応してくれた。
だがやはりこの作戦は思った以上に大変だった。
「おじさん!まだ50件しか当たれてないよ。これじゃ目標の1000件なんて1か月かかる…」
「う~ん」
「しかも、さっきからよく分からない世間話ばっかりしてるし…」
「だってお年寄りが楽しそうに話してきたら無下に切れないだろう」
「はぁ…効率わりい」
夕方の時点で連絡が取れたのはわずか80件ほど…しかも恐ろしいほど成果ゼロ。さすがに忍耐力勝負のすぎるリアル謎解きゲームだったのか、健人はやがて電話帳を枕にうとうと居眠りを始めてしまった。
「とにかく一度ホテルにチェックインしよう」
図書館を出ると秋の気配を漂わせる空には、絵に描いたような赤とんぼが飛び交い、田園地帯特有の甘い匂いがそよぐ。
「おじさん。やっぱりこの作戦厳しいよ」
「ったて、他にやりようないだろ」
「だけどさぁ…」
「わかった!そんな文句言うなら明日は健人一人で恐竜博物館行って来い」
「それはダメ!」
「はぁ?文句ばっか言うくせに」
「俺はDIYを通して、面倒なことに背を向けず、やり遂げる人間に生まれ変わったんだ。だから必ず百合子を見つけ出す!」
「今、暗に面倒だって白状したな」
「うわ、しまった」
「寝てたくせに!コラ!何が面倒だ!!」
冗談っぽく健人の首を腕で締めるマネをする。
「…ん?ちょっと待て…面倒なことに背を向ける」
「どうしたの?」
「いや…ちょっと気になることがあって」
ノートを開いてさっき片っ端から電話した際のメモを見直してみる。大体こういう電話をかけると相手のリアクションは大きく3種類に分かれる。6割は、鼻から不審がってすぐ切りたがる人。2割は、面白がって話を聞いてくれる人。残る1割は、こっちの話は無視して朗々と自分の話ばかりする人。…だがたまに妙な反応を見せる人もいる。
黒田百合子の名前を聞いた瞬間に態度を変える人。
たった3人だが、みんな年配者で特定の地域に集中していた。
「ちょっと行きたい所がある」
「え?ホテルは?」
「キャンセルだ!」
「恐竜博物館も」
「キャンセル!ってか行く気だったんかい」
僕らは急きょレンタカーを走らせた。向かったのは日本海に面した福井県越前町のとある集落。今は名物のカニの禁漁期間ゆえか客もまばらで、そこにある黒田という民宿は素泊まりならとスグ予約がとれた。
「急な予約やったもんで、お食事用意できなくてすみませんね」
「いえ、とんでもない。こちらこそすみません」
「ちなみに、この居酒屋さんは美味しいですよ。10時には閉まりますけど」
品のいい女将は手書きMAPを差し出すと、代わりに僕らの記帳を受け取って目を通す。
「あら?東京から?今日来られたの?」
「えぇ、まぁ」
「なんでこんな辺鄙な所まで」
「実は…」
少しドキドキしながら、宿の女将に訪れた理由を説明した。するとやはり福井の人は優しい、嫌な顔せず耳を傾けてくれた。
「そうですか、それでわざわざ」
「何か黒田百合子さんについてご存じだったり…?」
「…」
女将は少しの間をおいて、息をついた。
「これ言っていいのか…いや、私も嫁いできた身なので黒田家のことは詳しくわかりません。でも、たしかにその…百合子さん?…の名前は聞いた覚えがあります。」
「え!?」
「ご近所付き合いの中でたまに話題に出てたんですよ。でも本家ではその話は一切してならぬと」
「話すなと…」
「なんでもその百合子さん、ワケあって勘当されたとかで」
「勘当?」
健人は純粋な目で訪ねてくる。
「あぁ…勘当って言うのは親子の縁を切るってこと」
「なんで切る必要あるの!?」
「まぁ、色々問題を起こしたり家にいて欲しくない理由があったんだよ、多分」
「へぇ…親子の縁ってのは複雑なんだな」
「あら?お父さんの前で変な話したかしら」
お父さん…思わず健人と目を見合わせた。健人はニヤリと笑う。
「…あ、それで?」
「知ってるのはこんぐらいです。随分前の話なんで…私が嫁いだんが1985年とかなんでそれ以前?夫なら何か分かるかも知れませんけど、まぁこういう混み入った話ですし…いずれにせよ今は漁に出てるんで戻ったら話してみます」
「ありがとうございます」
夕食をとるため、近くの居酒屋まで健人と海辺の国道を歩く。太陽が海の下に沈んでしばらく経ち、紫に染まった水平線にポツリポツリと漁り火が浮かんでいる。
「黒田百合子さん、この町にいたのは間違いなさそうだね」
「あぁ。だが問題はその後の手がかりが見つかるかだ」
一体、彼女の人生に何があったのか…たった一冊のパスポートを頼りに、母と瓜二つの顔をした黒田百合子を追ってきた。そして今、僕はなぜか日本海沿いのこの漁村を歩いている。それだけでも不思議な縁を感じる。漁港の脇に目的の赤い提灯を見つけて路地を入ると、目の前に夕闇に浮かび上がる大きな岩影が現れた。海から突き出たそれは見る人を圧倒する。
「そういえば…」
「…」
「なんとなくこの岩の感じ、映像のに似てない?」
「そうか?もっと南国っぽかった気がするけど」
スマホを取り出し、撮ってあったフィルム映像を撮った画像と見比べる。たしかに岩がゴツゴツ突き出た感じは似ているが、日本海ではよく見る光景な気もする。それよりも特徴的なのはこの白砂とコバルトブルーの海。沖縄かどこかの海外か…?
「はい、黒アワビ、サザエ、岩牡蠣セット。お兄ちゃんはサザエカレー」
宿のオススメ店は大当たりだった。海女さんが素潜りで獲ったという夏の貝づくしセット、その美味しさに旅の目的を忘れて福井の地酒を飲みたくなった。横の席では、そんな海の幸に目もくれず地元民がポテトフライや卵焼きなどを肴に楽しげに飲み交わしている。
「おじさん、ココからどうするの?」
「もうちょっとこの集落を調べてみて、進展がなさそうなら帰ろうか。そしたら恐竜博物館に寄るぐらいの時間はあるだろ」
と、健人がネットで何かを調べる。
「あ、ダメだ。恐竜博物館、予約埋まってた」
「そんな人気なのか」
「え~じゃあさ、ドライブしよう」
「完全に遊びに来てるだろ」
すると、隣の地元民が絡んできた。
「兄ちゃんらどこから来たんや」
「東京です」
「東京!…わざわざこんな辺鄙なとこに」
「ねぇ、福井でドライブならどこがオススメ?」
健人は小生意気だが、人懐っこい所がある。
「ドライブやて。どっかあったけ?」
「有名なんは三方五湖とか、あと美浜とか」
「美浜?」
「そうそう、ココからちょっと西に行った所。とにかく海がキレイで…ハワイアンブルーって言うんか」
「コバルトブルーな」
――コバルトブルー!?
「そう。夏になると関西からようさん海水浴客集まるんよ、北陸のハワイやって」
「じゃあハワイアンブルーでも間違ってへんやん」
「全然ちゃうよ。それかき氷やから」
「たしかに…ワハハ!」
僕は慌てて、スマホで撮ってあった8ミリフィルムの映像を見せる。
「ちなみにこんな感じですか」
老眼鏡を取り出し、目をこらすと頷いた。
「そうそう!こんな感じ」
「!!」
「にしても、えらい古い写真やな」
思わぬ収穫を得た。となればこれも聞いておきたい…
「ちなみに黒田百合子さんって知ってます?この辺に住んでた」
「あぁ…おった気もするけど。この辺、黒田が多いからな。…大将!」
「なんや」
「黒田百合子って知ってるかって」
僕らの話そっちのけでテレビを見ていた大将に画像を見せる。
「この人です」
「…名前は聞き覚えあるな」
老眼鏡をかけて覗き込む。
「どうやろ…こんな顔やったかな。ハッキリわからん。この辺に住んでたん?」
「多分…」
「それで見覚えないって事は、かなり前に引っ越しはったんちゃうか」
「あぁ、引っ越した黒田って言ったら、あそこちゃう?黒田って名前の旅館あるでしよ」
僕らが泊まっている旅館だ。
「その隣の駐車場なってるとこ。解体されたんももうかなり前やで」
「その方たちの連絡先って」
「さすがにわからんな」
黒田百合子の生家は僕らが泊まった旅館の隣、レンタカーを停めた駐車場にあったようだ。結局、黒田百合子探しは行き詰まった…
翌朝、僕らは唯一残った手がかり、美浜へと車を走らせた。そこには聞いた通り、日本海とは思えないほど美しい白砂と青い海。
「日本海にこんな場所があるなんて」
「たしかに映像と似てるな」
北陸一と言われる海水浴場も、9月を迎えた今はオフシーズンでうら寂しさを漂わせている。
美浜町にこのフィルムと条件が揃う場所はあるのか?画像を見せながら聞き込みを重ねる…
「この場所を探してるんですが?」
「なぁ、ココやって」
「いや、さすがにわからん」
「この辺は、こんな岩ばっかやからな…」
美浜の海岸線はかなり長く、似た巨岩もそこかしこにあり目印にならない。そんな途方もない謎解きだったが、画像の端に映る意外なものが鍵となり一気に解決へ向かう事に。
「美浜で浜、言われてもな…腐るほどあるわ」
「そう、美浜はビーチと原発の町やから」
「あの…今なんて?」
「だからビーチと原発の町」
「原発…」
慌ててスマホを拡大して覗き込む。
「おじさん、これって」
「あぁ…」
黒田百合子の奥の方、コバルトブルーの海の向こうに突き出た半島には円柱状の特徴的な建屋のような物がうっすら写っている。
「そう、これこれ。原発や。って事は水晶浜か」
「水晶浜!?」
「原発がよく見えるし、海もハワイみたいにきれいやねん」
教えてもらった水晶浜はその名にふさわしい美しさ。太陽光を受けてクリスタルのようにキラキラ光る白砂と南国に負けないほど透き通った青い海はたしかに関西からわざわざ足を運ぶ価値はある。とはいえさすがに9月ともなると海水浴客は一人もおらず、「密航・密輸・不審船 見つけたら118番」という看板がどこか不気味さを醸し出している。そんな海岸沿いをひたすら歩いていくと、岩の影から忽然と美浜原発が姿を現した。
「おぉ!原発、初めて見た」
「この岩の形、映像とぴったりだ。撮影場所はココで間違いない」
「って事は…黒田百合子はココに来た!?」
「そうなるな」
「すげぇ!めっちゃテンション上がる!今、俺は黒田百合子とながせみさきと同じ場所に立ってんだ!」
「大袈裟だな…それと、ながせみさきは名札が本当に同じか確認出来てないからまだ不確定だし」
「でも!でも!ココにたどり着くってやっぱりスゴいよ、俺たち!」
ネットで調べてみると3号機の運転は1976年。映像には3つの建屋が並んでいるのが確認できたので、撮影されたのは1976年~1980年頃となる。パスポートには黒田百合子は1950年生まれとあったから映像の見た目と大きな齟齬はない。だが、ふと疑問が浮かぶ。
「そもそも黒田百合子は、なんでこの場所を旅先に選んだ?」
「え?いい所じゃん」
「だけど東京からわざわざ来るか?福井出身だとしても」
「親に孫の顔を見せようと実家に来たけど家がなくなってて、せっかくだし海で遊ぼう…みたいな?」
「実家から50キロも離れた砂浜に?」
「無くはないと思うけど」
「…ん」
コバルトブルーの海の向こうに3つの白く浮かび上がる原発の威容。その内の2つは既に廃炉作業中だというが存在感は未だ衰えない。
「あのフィルムが撮られたのは、原発が出来たばかりの頃か…例えば、ココに来たのと原発に関係が?」
「まさか…家族で原発見物って事?考えすぎじゃない?」
ふいにスマホの着信音が鳴る。見ると福井の市外局番からだった。
「もしもし」
「渥美さんですか?黒田です」
その柔和な声で誰かすぐにわかった。黒田百合子の地元・越前町の宿の女将だ。
「どうされました」
「海が荒れてたもんで夫が急きょ漁から帰ってきまして。例の百合子さんの話したんですよ」
「はい」
「そしたら直接お伝えしたいって言うんで替わってもよろしいですか」
「え、あ、はい!もちろんです」
電話口から漁師らしい野太い声が聞こえる。
「どうも」
「すみません、突然伺って不躾なことを」
「いえ…実は私、お探しの黒田百合子の弟なんです」
「!!」
彼の話から、やはり宿の隣に元あった家こそ黒田百合子の生家だと判明した。そしてなぜ地元の人たちがその名前に聞き覚えがあるのかも…
黒田百合子は、当時の福井の片田舎にしては異色な存在だった。老舗旅館の一人娘でありながら高校生で妊娠。当然、両親は猛反対するが、彼女は中絶を拒否し出産を決意する。だが恋仲だった男性は後に担任教師だと判明、職を失った彼は責任逃れのように姿をくらませた。そんな話、ただでさえ狭いムラ社会では格好のウワサの種となり…結果、両親は彼女を勘当してしまう。
シングルマザーとなった百合子は、一度金沢でホステスとして働いていた所を地元民に目撃されている。だがその後、子どもを置いて突然の失踪…当時地元では、どこぞの金持ちの妾になった、北朝鮮に拉致された、東尋坊に飛び込んだ、など真偽不明な噂が飛び交っていたという。
スピーカーモードで話だけ聞いていた健人は相当ショックなのか、頭を抱えている…
「子どもを置いて失踪…まさか真理さんが…」
「いや、まだ本人かも分からないから」
黒田百合子と渥美真理は瓜二つではあるが本人と確定した訳ではない。とはいえ本当に母にそんな過去があったとしたら…
「とにかく黒田百合子さんにはお子さんがいるって事ですね?」
「えぇ。よかったら連絡とってみましょうか」
「とれるんですか!?」
もしかしてその子が映像に映っていた長瀬美咲の可能性も…?思わず健人と顔を見合わせる。
「いくら口では勘当するなんて言ってもやっぱり血の繋がった子や孫、簡単に見捨てられませんよ。結局、姉が失踪したって聞いて慌てて裏で探してたようです。お子さんと連絡とれたのはだいぶ先でしたが」
「ぜひ紹介お願いします」
「あ、それと…」
「?」
「今さら姉のこと、なんで調べてるのかあえて聞きませんけど…もし連絡取れたら一度は顔出せって伝えて下さい。親に線香ぐらいあげに来いと」
「…」
「強情でしたけど優しい姉だったんです」
黒田百合子は福井に実在した。しかも子どもがいた。
この後、奇跡の対面を果たした結果、母にまつわる衝撃の事実が続々と明らかになります!




