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【第一話 母の死と謎の子どもたち】

久しぶりに帰った実家の内装がガラッと変わっててビックリしたことありませんか?

この物語の主人公の場合は、もっと複雑な事になっていたようで…

いざ家族と実家の”記憶”を巡る壮大な謎解き旅へ!

――家は単なる居場所ではなく、記憶の集合体なのかもしれない。そこで営んできた思い出は、ひょんなキッカケで一気にあふれ出す。例えば、僕の場合はこんな出来事からだった…


背後から「泥棒!!」と叫び声が響いた。


振り返ると、そこには見知らぬセーラー服姿の女子中学生が包丁を構えている――。


「その手に持っている物を置きなさい!」


そう言われた僕の右手には分厚い札束、左手には偽造パスポート。


「…え?え?ってか、君は誰?」


「は?この家の人間に決まってるでしょ」


「そんなワケない、だってここは僕の家で…母の遺品を整理していて…」


「そんな嘘、よくこの家の人間の前でつくわね!」


「えっ!?」

――これが僕らの最悪の出会いだった。…そして、こんなバカげた事件から国境と時代を超えた“実家の闇”を探る旅が始まったのだ。

**********************************


その3時間前。2025年7月 東京上空


「まもなく着陸態勢に入ります。座席のシートをお戻しください」

鋭い眩しさと優しい声に目が覚めた。今まさに客室乗務員が開けたばかりの小窓から眼下を見下ろすとそこには九十九里浜…10年ぶりの日本。出来れば帰って来たくなかった。だが一昨日の突然の一報でそうはいかなくなった…


――母・渥美真理が急逝した。


「宏樹くん、急な事だから式には最悪間に合わないかもだけど。色々手続きもあるし顔ぐらいは見せられる?」

母の数少ない親友・鈴木直子は、まるで自分が親族だと言わん勢いで勝手に決めた葬式の費用・日程を告げてきた。そして妙な事を言い出した…


「あまり気乗りしないだろうけど、一度日本で話しましょう。——“家族のこと”とかもあるから」


「家族のこと…?」


「うん、詳しくは日本で」


せっかちな直子さんらしくそれだけ言い残すと電話を切ってしまった。家族とは?…僕は母子家庭で育った一人っ子のはずだが。




5500マイルの旅を終え、飛行機は羽田空港に降り立つ。朝のラッシュ時とはいえ妙に騒がしいターミナルを抜けて、リムジンバス・京王線と乗り継ぎ1時間半…多摩川と多摩丘陵に挟まれた実家の最寄り駅・百草園駅へ。




せわしなさでおなじみの京王線は10年経ってもせわしない。今日もまばらな乗客を降ろすやいなや、扉を即座に閉めて僕の脇をかすめて加速していった。その後に残された容赦ない熱風と騒音を浴びながら時計を見上げると、時刻はまだ午前10時。式には間に合いそうだし久しぶりに地元を歩いてみる。改札を出て南に歩けばすぐ現れる多摩丘陵の急坂、舗装されておらず足下は悪いが実家への一番の近道。だが20代の感覚で挑むとすぐに息が上がる…たまらず小休止していると突然ヒヤッと心地よい風が吹き込んだ。それは鉄格子で囲われた地下壕から漏れる冷気。


「懐かしいな…よく遊んだっけ」


戦時中、立川飛行場など軍事拠点に近かった多摩丘陵にはこうした地下壕が多数掘られており、子供たちの格好の遊び場となっていた。天然のクーラーで体力を回復し坂を登り切ると、森を切り開いた田畑と数軒の家が並ぶ里山の風景…多少住宅は増えたが、相変わらず都内と思えないほど自然に溢れている。(なんなら酪農場だってある!)それを突っ切る都道を曲がり、坂を少し登れば見えてきた…




トタン屋根に剥がれかけたモルタル壁がみすぼらしい平屋造りの一軒家。これが僕の実家。




少し緊張しながら、「渥美」の表札が掲げられたブロック塀を越える。一か所だけ色味が違う擦りガラスの玄関扉…僕が割ってしまったんだろう。玄関の右脇を奥へ進むとキンモクセイの木を囲むように芝生と家庭菜園が配置された30坪ほどの庭。直子さんが管理してくれているのか、芝生の雑草は丁寧に抜かれていた。ツヤツヤのキュウリも子供の頃と同じように庭に転がっている。


「母がよくピリ辛炒めにしたな」


もぎって囓ると青々とした水気が喉を潤した。




その瞬間、誰かの視線を感じる。じっとりと品定めされているような視線…気持ち悪くて周りを見渡すと、ちょうど居間にあがる戸の鍵が開けっぱなしになっている。不用心だな…と思いつつ、これ幸いと靴を脱いで家に上がる。するとどこからか香る線香の匂い。久しぶりに触れるピアノのふた、廊下のミシンのカバー…テーブルやソファーも20年前からそのまま。変わったと言えば床板の一部が強い日差しに照らされ経年劣化し、所々にシミが出来ているぐらいか。昔と同じように、まるでそこで母が洗濯物を干し、料理を作り、ピアノを弾いている気配を感じる。だが線香の匂いに誘われて、ふすまを開けるとそこには簡易的な祭壇と蓋をされた棺が。20センチ角の小さな遺影を見つめてようやく現実感が迫ってきた。本当に母は死んだのだ。




そこに母がいない――たったそれだけで、突然この家が知らない場所になった気がした。




「母さん、ただいま。俺の顔なんて見たくなかったかもだけど、まぁ色々整理しないといけない事もあるからさ」


込み上げる思いが無い訳ではない…だけど感傷に浸る暇もない。急だったから仕事は山積み…式だけ出たら今夜には一旦帰国する予定なのだ。その前に今後の相続や手続きなどに備えて出来る範囲で整理をしておかないと。まず母の通帳は?この家の登記は?…そうだ。あるとしたら多分、母がよくこもっていた奥の家事部屋。




キーと扉を開くと、そこには冬物のコートが掛かったハンガーラックなどが詰め込まれ物置と化していた。その奥には押し入れが…


「この押し入れ、よくお化けが出るって脅されたっけ」


子供向けの狂言だとしても植え付けられた恐怖心は中々解けない。震える手でふすまをそっと開ける。すると奥からヒヤッとした風が頬を撫でた。


「うっ!」


思わず顔を背けるが、そこにはただの段ボールが佇んでいるだけ。


「…はぁ、いい年して何ビビってんだよ、俺?」


若干の心拍音を感じながら、そのまま半身を突っ込んで奥をあさると通帳や証書が入った小さな箱。さらに少なくない札束も見つけ出した。


「にしても年寄りってのは何でこうも現金を手元に置きたがるんだか…不用心だな」


するとその中に古びた一冊の青い手帳を見つけた。表紙には…


「日本国…旅券…?」


古いパスポートだ。開いてみると出入国スタンプは1974年にパリ、ウィーンなど。持ち主を見ると黒田百合子/本籍地・福井とある。


「黒田…百合子…?どういう事だコレ?」


心臓の鼓動が速まる…そのパスポートに載る写真はまぎれもなく若き日の母である。


「なんで母さんのパスポートの名前が“黒田百合子”なんだ?」


パニックになりながらも頭の中で状況を整理してみる。


「僕の母は、東京出身の渥美真理。パスポートの主は、福井出身の黒田百合子。写真で見る限りこの2人は同一人物だが…だとすると黒田百合子=渥美真理って事だから…」

言葉に出してみて、そんなワケないと冷静になる。百歩譲って名字が違うのは分かる。だが下の名前まで違うのはおかしい。これは母にそっくりな誰かのものに違いない。……だけど、この家で他人のパスポートが見つかるなんてそれはそれでどういう事?


――この時、僕は”血の繋がり”があるというだけで、自分が勝手に母の事を知った気になっていたと気づいた。だけど実際のところは、母がどこで生まれて、どんな仕事をして、どうやって顔も知らない父と出会って、なぜこの家に住むようになったか……何も知らない。その事実に愕然としながら、もう一度パスポートの母の写真を見つめた。




と、その時!


「きゃぁぁぁ!!!」


背後から甲高い悲鳴が響き、全身がビクッと硬直する。慌てて振り返るとセーラー服を着た見知らぬ女子中学生がいた。


「わっ!誰!?」


お化け!?…心臓が止まるかと思った。だが見れば見るほどそれはリアリティを備えた実物の女子中学生だ。


「まさか、あなた…」


立ち上がった僕の右手には分厚い札束、左手には青いパスポート……僕はとっさに青いパスポートの方をお尻のポケットに隠す。すると彼女は警戒心まるだしで、僕の右手に握られた札束を凝視すると大きく息を吸い込んだ。


「泥棒!!!」


少女は一目散に逃げる。


「ちょっと待って!!!」


その背中を追いかけた居間では、今度は真っ黒なフライパンと包丁で武装した彼女が立っていた。


「その手に持ってる物を置きなさい」


「違う!!」


「それ以上、近づかないで!!来たら刺す!!」


「勘違いだって!僕はこの家の人間で…」


「そんな嘘、よくこの家の人間の前でつくわね!!」


「……!?」


少女があまりに堂々としているので、本当に自分が家を間違ったのかと思った。だが何を隠そう彼女が武器として手にかまえている真っ黒なフライパンと包丁こそ母の昔からの愛用品だ。なんなら視線の先には『渥美宏樹』と僕の名前が書かれた表彰状だってある。どう考えてもココは僕の実家。襟を正して冷静を装い語りかける。


「誤解だ。僕は渥美宏樹。渥美。外にも表札あったでしょ?」


「渥美…?この家は、私と健人と、真理さんの家よ。あんたみたいな人が土足で上がっていい場所じゃない」


「…は?」


「私、渥美彩花だから」


すると背後から聞き慣れた声が聞こえる。


「ちょっとどうしたの?彩花ちゃん、大声出して!って、あら…宏樹くん!!」


「直子さん!」


「久しぶりじゃないの!!思ったより早く着いたのね。ってか、コレどういう状況?」


笑顔をほころばせて駆け寄ってきたその人こそ、母の親友で訃報を伝えてくれた鈴木直子。気分はアウェイからホームに転じドッと肩の力が抜けた。


「式の準備とか色々お手数おかけしました。本当は僕がやらなくちゃいけない事なのに」


「何よ、水くさい。アメリカにいたんだから仕方ないわよ」


と言うと、どっちが客人か分からないほどテキパキとスリッパを僕の前に並べる。


「で、あの…この子は?」


「あぁ、そうだった!」


「…」


少女はまだフライパンをいつでも振り下ろせる位置にかまえて臨戦態勢を解いていない。人生で初対面の人とこんなにバトルモードになる事などあるだろうか。


「彼女は彩花ちゃん。ちょっとフライパン降ろして。ごめんね、最近変な事件が多いから…ほら、前に話した宏樹くん」


「この人来るなんて聞いてない!」


「だって来るって言ったら、あなたどっか行っちゃうでしょ」


どうやら相手は僕の存在を知っていて、それでいて何が何でも会いたくないぐらい嫌われているらしい。


「あぁ、あともう一人いるのよ…あれ?ちょっと健人くん!」


気づくと小学校高学年くらいの男の子が、ふてくされた顔で台所に立っていた。しかも我が物顔で僕が小さい頃から使ってきた旧型の白い冷蔵庫をバンと乱暴に肘で閉じて、これまた懐かしい花柄の茶ポットから麦茶を注ぐ。それをぐいぐい飲み干すと生意気にアゴを突き出した。


「あの…直子さん、これってどういう…?」


「それはね…」


ピンポン、玄関のチャイムが鳴る。


「あぁ、詳しいことは後で説明するから。はーい!お待ちしてました!」


お坊さんが来たようだ。直子さんは小さな祭壇と棺が置かれていた和室に案内すると、家の主かのように座布団をパッパと高速で並べる。その一番前にお坊さんが座ると、見知らぬ“渥美さん”たちとの小さいな家族葬が始まった。


だがお経の間も頭の中にハテナが飛び交う…まず今、僕の後ろポケットに入っている青いパスポート。なぜ母は別人の名前で記載されているのか?それにこの子たちは何者なのか?そういえば直子さん、電話で「家族のこと」とか言ってたな…まさか僕に認知していない子が…?いやいや、高校卒業するまで童貞だし、その後は渡米して行きっぱなしだし…なら母の子?いや、60越えて産んだことになるし…んんん?


僕の動揺とは裏腹に遺影の母はとても穏やかだ。幼い記憶にある厳しい母と別人のよう。


「では、式は以上になります。火葬は一週間後になりますので、またその時はよろしくお願いします」


葬式業者は母の棺だけを車に乗せ、予約された火葬場へと向かった。なんでも近年は火葬場が大混雑だそうで母のように急逝すると10日は待たされるという。僕はそれを見送るとクルッと向き直った。


「で、詳しい話伺えますか?こちらの子供たちについて」


「そうねぇ。まぁ、お茶でも飲みながら」

なぜ実家に知らない子どもたちが…?そこには母が抱えた知られざる壮大な過去が関わっていたのです。

そして、思春期の子どもたちと世にも奇妙な共同生活がスタート…!

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