表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/117

第80話 心

俺の拳が扉を叩いた。

「……コン、コン」


返事を待つ時間がやけに長く感じられる。

少しして、ぎぃ、と小さな音を立てて扉がわずかに開いた。


「……どうしたの、ラインハルト?」


現れたイーディスの顔を見て、息を呑む。

──泣いていた。

目元は赤く腫れ、長いまつ毛には乾ききらない涙の痕。


それを隠すかのように、彼女は努めて平静を装い、少し距離を置いた声音で俺の名を呼んだ。


胸がきしむ。

二日間、部屋にこもっていた理由が一瞬で理解できた。

それでも俺は、逃げないと決めた。


「イーディス、その……」


喉が詰まりそうになるのを無理やり押し出す。


「……辛く当たって、ごめん」



イーディスの瞳がわずかに揺れた。

俺は慌てるように言葉を継ぐ。


「……あの時は、イーディスの力が羨ましくて……いや、その、違う……。とにかく……ごめん」


沈黙。

それは刹那のはずなのに、ひどく長く感じられた。


そして次の瞬間、彼女が押し殺していたであろう感情が爆ぜる。


「だったら……手合わせしようなんて言わないでよ!」


紅い瞳に涙をにじませ、イーディスは声を張り上げる。


「私は分かってた! ハルトが努力してるのを知ってる……! だから、私が急に手に入れた力で越えたら、いい気分じゃないって……分かってた!」



「でも……でも、言えないよ……断れないよ! だって……ハルトに嫌われたくなかったから……!」


その叫びは怒りであり、同時に切実な願いでもあった。

俺は言葉を探すが、何も出てこない。


「……それって、どういう……」


思わず口にすると、イーディスが涙を滲ませたまま、真っ直ぐに睨むように言った。


「とぼけないで!」


「ハルトも分かってるはず……私は、ハルトが好きなんだよ!」


その一言が、胸を撃ち抜いた。


涙が頬を伝いながらも、イーディスは必死に続ける。


「惹かれないわけないよ……二回も三回も、私が死にそうな時に助けてくれた人に……」


俺は息を詰めた。


「……俺なんかより、もっと……」と言いかけた瞬間、視界が大きく揺れる。

背中が畳に沈み、イーディスの重みと同時に、唇に柔らかな感触が押し付けられた。


「……っ!」


押し倒され、見下ろす紅い瞳。

涙で潤んで揺れるその瞳に、必死の想いが宿っていた。


「くだらないこと言わないで……」


「ハルトがどれだけ私にとって大事か……分かってないの?」


その声を聞きながら、俺の心にひとつの答えが芽生え始めていた。


──「俺なんか」なんて言い訳で、この想いを拒むのは誠実じゃない。

大事なのは理屈じゃなく、俺がイーディスをどう思っているかだ。


好きか、嫌いか。

それだけの話だ。


だが、頭の隅でまだ抵抗する。


(もちろんイーディスは大好きだ……でも、それは友達として……)


そう思いかけた瞬間、最初に扉を開けたときの彼女の姿が蘇った。

泣き腫らした目元。

潤んだ瞳を隠そうともしない、弱さをさらけ出した顔。


胸が、ずきりと痛む。


(……この痛みは……ただの友達に抱く感情じゃない……)


イーディスは想いを隠さず伝えてくれた。

弱さを、痛みを、すべてさらけ出してくれた。


それなら――俺も、隠さずに言わなきゃいけない。


「……俺も……俺も好きだよ、イーディス」


そう告げると同時に、覆いかぶさっている彼女の背に腕を回し、強く抱きしめた。

そして自分から、唇を重ねる。


今度は、逃げずに。

自分の想いを、真っ直ぐに。


イーディスの肩が小さく震え、涙が頬を伝うのが分かった。

でもそれは俺も同じで、気づけば視界が滲んでいた。


涙なんてもう気にならなかった。

瞳から零れ落ちた熱を、互いの肌で補い合うように、ただ寄り添い続けた。


──久しぶりに、心が繋がった気がした。


そのまま俺たちはベッドで横になり、自然と瞼が重くなる。

ここ最近、眠れない夜を過ごし、泣き疲れたせいか……

互いの温もりを確かめ合ったまま、静かに眠りへと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ