第79話 臆病
昼下がりの里は、木槌の音と人々の笑い声でにぎわっていた。
行き交う人々の間を抜けながらも、俺の胸の奥は重苦しいままだ。
「セレーネさん、相談があるんです」
横を歩くセレーネがちらりとこちらを見て、「言ってみなさい」と軽く言う。
俺は視線を足元に落としながら、言葉を探す。
「……俺、イーディスに酷いことを言っちゃったんです」
口に出した瞬間、胸が痛む。
そして苦笑いのように吐き出した。
「もう……顔も見たくないですかね、俺のこと」
セレーネは足を止めることなく、前を向いたまま小さく首を振った。
「……この前、あんた三日も寝てたでしょう。あの間、イーディスはほとんどずっとそばにいたわ」
思わず顔を上げる。
脳裏に蘇るのは――重い瞼を開けた時、泣き腫らした目で俺を見て、胸にすがりついてきたイーディスの姿。
セレーネは横顔のまま、静かに言葉を続けた。
「そんな簡単に切れる関係の相手に、そこまですると思う?」
俺は答えられなかった。
喉が詰まり、沈黙のまま足音だけが石畳に響く。
するとセレーネがちらりと横目で俺を見て、口元にうっすら笑みを浮かべた。
「……ここまで言えば、わかるわね?」
胸が詰まる。
それでも、ようやく言葉を絞り出した。
「……謝ります。許してくれるかは……分からないけど」
そう口にしたものの、その日からイーディスは部屋にこもりきりだった。
何度も謝ろうと扉の前まで行った。
けれど、その扉がまるで彼女の心そのもののように思えて――
ノックをすることすらできなかった。
(……もし、拒絶されたら……?)
そんな臆病な想像ばかりが頭をよぎって、結局、拳を握り締めて立ち尽くすしかなかった。
謝る気持ちは山ほどあるのに、どうしても言葉にできない。
そんな自分の不器用さが、余計に情けなく思えて仕方なかった。
セレーネさんに相談した時から二日がたった昼、俺はまたイーディスの部屋の前に立っていた。
廊下はしんと静まり返り、遠くで鳥の声が聞こえるだけだ。
何度この扉の前に立っただろう。
そのたびに、胸の奥がざわついて、拳を握り締めたまま立ち去るしかなかった。
けれど――今日は違う。
セレーネの言葉が耳に残っている。
「ここまで言えばわかるわね?」
「……謝ります。許してくれるかは分からないけど」
あの時、そう答えた自分を裏切りたくなかった。
深呼吸をひとつ。
心臓がやけにうるさく鳴っている。
(……怖い。拒絶されるのが、こんなに怖いなんて。
……でも俺は、イーディスに対して拒絶とも取れるような事を……)
それでも、勇気を振り絞り、扉に手を伸ばした。
コン、コン――。
乾いた音が廊下に響く。
ほんの数秒が、やけに長く感じられた。




