第75話 素材と力と
里長に案内され、裏手の洞窟に足を踏み入れた瞬間、目の前に広がる光景に俺もイーディスも思わず息を呑んだ。
鉱石の山、魔獣の骨、煌めく鉱脈の欠片……。どれも一級品にしか見えない。
「……すごい……」
「本当に……選んでいいの、これ……?」
思わず身を乗り出す俺とイーディス。
そんな俺たちの様子を横目に、アドホクがにやりと口角を上げた。
「へっ……お前らさっきまで『要らねぇ』なんて渋ってたくせに、ずいぶん目ぇ輝かせてるじゃねぇか」
「なっ……!」
「ち、違っ……! これは、その……」
慌てて否定しようとする俺とイーディス。
けれど素材の山から目を離せず、言葉に力がこもらない。
アドホクはますます楽しそうに腕を組み、喉を鳴らして笑った。
「まぁいい。そっちの方が見てて気持ちいいぜ。――装備ってのはな、作る側も使う側も、本気じゃなきゃ良いモンにならねぇんだ」
セレーネは後ろで腕を組んだまま小さく肩をすくめる。
「ふふ……単純ね、二人とも」
セレーネは壁際に寄りかかり、愉快そうに口をゆがめる。
その時、里長は長い髭を撫でながら、落ち着いた声で言った。
「さぁ、遠慮はいらん。目に留まったものを選ぶがいい。剣は持ち主と共に育つ。――お前たちが手に取りたいと感じたものこそ、縁ある素材だろう」
「……縁、か」
俺は小さく呟き、積まれた素材の山へと歩を進めた。
イーディスも隣で真剣な表情になり、石や鉱物を一つひとつ見定め始める。
さっきまでの恥ずかしさはもうどこかへ消えていて、気づけば二人とも夢中になっていた。
後ろで腕を組んで見守るアドホクが、ふっと笑う。
「そうだ、それでいい。――その顔になりゃあ、俺たちも気合いが入るってもんだ」
そうして賑やかに素材選びを楽しんでいる時、俺は棚の上に無造作に置かれた一本の白い牙に目を留めた。
他の素材とは違う、妙な存在感。気づけば手を伸ばし、そっと持ち上げていた。
「これは……?」
牙は驚くほど軽いのに、握った掌から全身へと震えるような力が伝わってくる。
アドホクが近寄り、目を丸くした。
「……おいおい、まさかそれを選ぶかよ。そりゃあ……聖龍カルンドラの牙だ。」
「……えっ」
俺は思わず目を見開いた。
アドホクはゆっくりと顎を撫で、小さく口を開いた。
「セレーネさんが魔族の男を倒してある程度落ち着いた頃……俺たちドワーフ全員で火葬したんだ。骨も鱗もすべて燃やし尽くして、魂を空へ還すためにな。だが、燃え尽きなかった牙がいくつか残った。それがこれだ」
その言葉に、胸が強く打たれた。
牙を握る手に、思わず力がこもる。
俺が空を飛んでいる時に殺されかけた、そんな強い龍の牙、俺はこれしかないと直感した。
一方その隣で、イーディスはまだまだ素材の山を物色していた。
金属の塊を手に取っては首を振り、魔獣の骨を眺めては戻し……なかなか決まらない様子だった。
だが、不意に彼女の足が止まる。
視線の先にあったのは、洞窟の中央に据えられた立派な台座。
そこに、ふわふわと浮かんでいる――透明なクリスタル。
まるで呼吸をしているかのように淡く脈動している。
「……これは……」
イーディスの紅い瞳が、その輝きに吸い寄せられていった。
彼女の視線の先にある透明な結晶を、俺も覗き込む。
よく見れば、その表面には細かな線のような――文字らしき刻印が浮かんでいた。
「……これは?」
俺の問いに、里長は長い白髭を撫でながら首を傾げる。
「さぁな……我らにも正体は分からん。ただ、この里が出来るさらに昔から、この洞窟にあったと語り継がれておる」
そう言いながら、里長は結晶にそっと指を伸ばした。
――バチッ。
乾いた音と共に、里長の指は弾かれた。
「……そして、触れることも叶わぬのだ。」
「触れられない?」
俺が思わず聞き返すと、アドホクが苦い顔で付け足す。
「そうだ。誰が試しても、まるで拒まれるように弾かれちまう。だから俺らは勝手に“里の守り石”なんて呼んでるが……結局、これがなんなのかなんて分からんのよ」
ざわめく空気の中――イーディスが、一歩前に出た。
その紅い瞳は、吸い寄せられるように結晶へと釘付けになっている。
「イーディス……?」
呼びかける俺の声も届かず、彼女は台座に近づき、そっと手を伸ばした。
次の瞬間――
透明だった結晶が、触れた瞬間に脈打ち、燃え上がるように紅へと変わる。
「――っ!」
まばゆい光が洞窟を満たし、視界が紅に染め上げられた。
イーディスの髪が炎のように揺れ、全身を紅光が包み込む。
神秘的なその光景に、俺もアドホクも里長も息を呑んで立ち尽くしていた。
紅のオーラは炎のように揺らぎ、彼女の鼓動に合わせて脈打つたび、洞窟の空気を震わせる。
――ドクン。
力強い心音に呼応して、オーラはどんどん膨れ上がっていく。
「……これは、剣気……?」
思わず俺が呟く。
だが、今まで見たような剣気ではない。
目の前の力は、まるで山をも断ち割るほどの重圧を帯びていた。
アドホクも里長も息を呑み、ただその紅光に圧倒される。
しかし次の瞬間――イーディスは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
すると膨れ上がっていた紅のオーラが収束し、静かに彼女の内へと収まっていく。
その制御は、あまりに自然で淀みがなかった。
そして、彼女が触れていた透明な結晶は――紅の粒子となり、すべてイーディスの身体へと吸い込まれるように消えた。
「……っ!」
アドホクが驚愕の声を上げる。
里長は目を見開き、白髭を震わせた。
「……結晶が……取り込まれた……?」
紅に染まった瞳を開くイーディス。
その姿は、先ほどまでとまるで別人のように神秘的で――圧倒的だった。
セレーネが静かに口を開く。
「……ものすごい力の波動。今のイーディスなら、あの魔族も倒せるんじゃないかしら」
その言葉を聞きながら、俺は胸の奥がざわめくのを抑えきれなかった。
自然と口を突いて出た。
「……神の……碑石」
皆の視線が俺に集まる。
俺は唇を噛みながら、脳裏に外套の男の影を浮かべる。
「……あいつの言葉が、ずっと引っかかってた。神の碑石――それがどんなものか分からなかったけど……きっと、きっとこれだろう。」
洞窟を照らす紅の残光の中で、俺たちは静かに立ち尽くしていた。




