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第72話 戦闘

異形の男は目で追えぬ程の速さでセレーネとの距離を詰めると神速の一撃を振り抜いた。


セレーネはその一撃を受け止める。二合、三合と打ち合うが音と衝撃がするだけでイーディスの目には動き、剣閃共にしっかりと視認できない。


それほどまでの実力者同士の交戦だった。


「……やっぱり、セレーネさんも余裕無いのかな……」


そうイーディスの口からこぼれたその時、一際大きな剣戟音と衝撃が迸り、セレーネと異形の男が距離を取りあった。


「グハハハ、やるな!龍族。しかし我はまだ本気を出しておらぬぞ!!」


「そう……。魔王以上の力ってのは納得したわ。」

セレーネは静かにそう告げた。


「グフフ、分かるか、龍族ゥ……」

異形の男は満更でもない様子で口角を吊り上げる。


だが次の瞬間、返ってきた言葉にその笑みが固まった。


「でもね、虫が獣になったくらいで龍に勝てるなんて思い上がりがすぎるんじゃない?」


淡々としたその声音には誇張もはったりもなく、ただ“現実”を突き付ける冷徹さがあった。


「……ほぅ?」


異形の男は余裕を取り戻したかのように笑うと、その巨腕で剣を振りかぶった。


「小娘が……龍族であろうと我が力の前では塵芥よッ!」


咆哮と共に地を蹴る。轟音と爆風を伴って迫る影。

その速さは人の目で追えるものではなく、イーディスの視界からセレーネの姿が一瞬かき消えた。


──神速の連撃。


空気を裂き、大地を抉り、山すら砕きかねない膂力。

それをセレーネは、ただ片腕の鎌で淡々と受け流していた。


「がはは! どうした龍族! 先程の言葉は口だけか!」


なおも畳み掛ける異形。

巨躯が揺らぎ、剣閃が閃き、天地を覆うような連撃が続く。


だが――セレーネの瞳には、微塵の熱も宿っていなかった。

ただ、冷たい虚無のような光。


「……もういいわ。飽きた。」


ぽつりと落とされたその言葉と同時に、イーディスの耳が一瞬“空白”になる。

風の音も、大地の軋みも、すべてが消え――


次の瞬間、異形の巨体の首が、音もなく宙を舞っていた。


「――――――っ!?」

イーディスは声すら失った。

いつ動いたのか。どうやって斬られたのか。目には何ひとつ映らなかった。


残されたのは、無表情に鎌を振り払うセレーネの姿。


そして――空に飛んだ異形の首が、地に“ぼとり”と落ちた時。


止まっていた世界の全てが、再び動き出した。

風が吹き、土が軋み、イーディスの震える息が耳に戻ってくる。


(……セレーネさん……やっぱり……桁が違う……)


胸の奥に広がるのは、恐怖でも驚愕でもなく――ただ圧倒的な安堵だった。

自分の理解を超えた領域にいる彼女が味方であるという事実が、何よりも心強い。


そして何より――


(……ハルト……助かった、助かったんだ……)


緊張で強張っていた全身の力が、一気に抜け落ちる。

張り詰めていた心が、どうしようもなくほどけていく。

溢れるのは、言葉にならない安堵の吐息だけだった。

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