第67話 探検
そして俺たちはアドホクの故郷を探して歩み始めた。
「……なぁ、アドホク。ドワーフの里ってのは、こんな場所にあるのか?」
俺が後ろを振り返って尋ねると、アドホクは小さく頷く。
「ドワーフは岩と鉱石を愛す種族だ。草木は必要ない。こういう場所こそ最適だ」
「うーん……それにしたって、痕跡なさすぎない……?」
イーディスが俯きながら岩場を踏みしめる。
その視線の先には、かすれた足跡のような獣の爪痕や、崩れかけた洞窟のような陰影が点々とあった。
「古い鉱山跡みたいな洞窟もあるけど……入っても手がかりあるかわからないし」
イーディスが不安げに呟く。
俺たちは手分けして洞の入り口を数ヶ所覗いたが、どれも風が吹き込むばかりで、生活の気配はなかった。
「ここをずっとしらみ潰しに探すの……?」
立ち止まり、額の汗を拭ったイーディスがぽつりとつぶやく。
その声には、疲れと焦りが滲んでいた。
「ここからが本番だ」
その隣で、アドホクは妙に満足げな表情でそう答えた。
「……なんか見覚えのある場所でもあったか?」
「いや、ドワーフの里は、山の心臓に宿る……ってな。これは昔からの言い伝えさ。里は、誰にも見つからぬように造られてる。だが、そこに至る道は必ずある」
「つまり……わからないってことだな」
「そうとも言うな」
俺がため息をつくと、イーディスがふっと笑った。
太陽が山の向こうに傾きはじめていた。
風は冷たくなり、肌を刺すような感触へと変わっていく。
「……今日は、もう野営かな」
「そうだな。あまり動いても得られるものが少ない」
俺たちは周囲を見回し、野営に適した場所を探しながら歩いた。
日が沈みかける頃、俺たちはようやく適当な野営地を見つけた。
岩場の窪地で、三方を断崖に囲まれていて風も少ない。焚き火の煙も散らずに済みそうだ。
一日歩き回った割に、収穫はほとんどなかった。
俺たちは順に荷を降ろし、それぞれの寝床を整える。
「……汗、すごいね。風が冷たいのに、肌がべたつく」
イーディスが呟いたのは、背中の荷を下ろしながらのことだった。
額に貼りついた髪を軽くかき上げて、顔をしかめている。
「なら、風呂でも作るか」
俺はそう言って立ち上がり、近くの平地に足を向ける。
手頃な場所に目をつけ、魔力を流し込む。
地面が静かに震え、魔術で石を削り取って楕円形の浴槽を作る。
次いで、水属性で清水を空中から引き寄せ、ゆっくりと満たした。
最後に火の魔力でじわりと湯を温めると、岩肌から湯気がふわりと立ちのぼる。
夜気に混じる湯の匂いが、微かに鼻をくすぐった。
「……ありがとう」
イーディスは短く礼を言って、タオルを手に湯へ向かう。
岩陰の向こうに彼女の背が消えていく。
次の瞬間、湯面を撫でる音が夜の空気をやさしく震わせた。
俺は焚き火を組みながら、ちらりと隣を見る。
アドホクは無言で薪を組んでいたが、その顔にはどこか穏やかな疲労感が滲んでいた。
数十分ほどして、湯上がりのイーディスが戻ってくる。
濡れた赤髪が夜風に揺れ、頬にはほんのり紅が差している。
「……気持ちよかった。なんだか疲れが抜けた気がする」
「なら、よかった」
俺が短く答えると、イーディスはふっと微笑んだ。
今までの張り詰めた雰囲気が、少しだけ緩んだ気がした。
「では次は俺がいただこう」
アドホクが腰を上げ、ひげを撫でながら風呂へと向かっていく。
彼の背が岩陰に消えると、俺とイーディスの間に静かな沈黙が降りた。
やがて俺の番になり、湯に浸かった。
熱すぎず、ぬるすぎず。岩肌の湯は心地よく、じわじわと身体の芯をほぐしていく。
顔を上げれば、夜空には星が瞬いていた。
「……まだまだ先は長そうだ……それにしても、俺が作ったのに一番最後、か。」
誰に言うでもなく、そんな言葉が口をついた。
湯気とともに吐き出された言葉は、やがて静かに夜の闇に溶けていった。
湯から上がると、三人で焚き火を囲んで簡素な夕食をとった。
乾き肉とパン、それから採ってきた野草のスープ。
食後は特に言葉もなく、それぞれ寝袋を広げて横になる。
風の音と、遠くで虫の鳴く声だけが聞こえていた。
静かな山の夜が、俺たちをそっと包み込んでいく――。




