第63話 bye bye
イーディスが地面に腰を下ろし、肩で息をしていた。額に貼りついた赤髪を鬱陶しそうに払うと、かすかに笑う。
「……ちょっと、休憩……ね」
セレーネは腕を組んだまま、じっと彼女を見下ろす。
「……才能はあるわ」
「え?」
イーディスが顔を上げると、セレーネはもう視線を逸らしていた。ただ、その一言が胸の奥に火を灯すのをイーディスは感じた。
セレーネの金の瞳が今度は俺を捉える。
「あの小人を……ギルギニアに送るんだっけ?」
「ええ。約束しましたから」
そう答えると、セレーネは少し考えるように視線を落とし、収納魔法陣に指先を滑らせた。
青白い光が揺らぎ、その中から一つの指輪が現れる。
「……これは?」
受け取った俺が問いかけると、セレーネは淡々と告げた。
「お守りみたいなものよ。肌身離さず付けておきなさい」
「わかりました」
言われた通り、指輪をはめる。妙にしっくり馴染む感覚があった。
ふと、前から思っていたことを口にする。
「そういえば……魔法陣って、俺にも使えたりしませんか?」
セレーネは小さく笑った。
「無理ね」
一拍置き、付け加える。
「魔法陣は龍の気を扱うもの。気の少ないあんたには使えないわ」
「……そうですか」
肩を落とす俺。
その様子を見ていたイーディスが、まだ少し息を弾ませながらも口を開いた。
「よくわからないけど、ハルトはそんなのなくても十分凄いから大丈夫だよ!」
「……ありがとう」
自然と笑みがこぼれ、妙な悔しさも少しだけ和らいだ気がした。
息を整えきったイーディスがぱん、と両膝を払って立ち上がる。
「じゃあ行こ? ハルト」
その声に頷き、俺はセレーネに向き直った。
「じゃあ、行ってきます。送り終わったらまた転移結晶を使って戻りますね」
セレーネはわずかに目を細める。
「ギルギニアは、この大陸とは全然違うから……気をつけなさい」
「はい」
「わかりました」
俺とイーディスが同時に頷く。
龍の気を高めると、身体を覆う光が瞬く間に姿を変えていく。四肢に力が漲り、鱗に覆われた龍の姿へ。
「……っ」
イーディスが一瞬だけ息を呑む。だが、すぐに表情を戻し、俺に笑顔を向けてきた。
「龍に変身できるって聞いてはいたけど……やっぱりハルトは凄いなぁ」
そう言いながら、俺の背後へ回り込み、尻尾を足場にして器用に首元までよじ登ってくる。
「危ないから、俺が手で運ぶよ」
「ううん、ここのほうが気持ちよさそうだから、ここがいい!」
無邪気に笑うイーディスに、俺は諦めて苦笑いを浮かべた。
翼を広げ、力強く地を蹴る。足元で渦巻いた風が、一気に俺たちを空へと押し上げた。
最後にセレーネへと会釈し、スミカ村に向けて高く飛翔する。
霊峰は瞬く間に小さくなり、手を振ってくれていたセレーネの姿もあっという間に見えなくなった。
「わぁ〜、気持ちいいね〜!」
イーディスが楽しげな声を上げる。
最初のうちは、彼女が落ちないように神経を尖らせていた。だが、俺の頭に生えた両角をがっしり掴み、無邪気に笑い始めたあたりで、その心配も薄れていった。
……もっとも、一度イーディスが角を掴んだまま寝息を立て始めたときはさすがに焦ったが。
そんなこんなで、俺たちはスミカ村のほど近くに着陸した。




