第7話 意外なライバル
「ねぇ、ラインハルト、その背負ってるのって木剣だよね?」
「やっぱり騎士のところの子だから剣を練習してるの?」
イーディスは目を輝かせながら聞いてくる。
「いや、騎士の子っていうのは関係ないよ。ただ、僕が剣を上手く扱えるようになりたいってだけ。」
俺は木剣を日にかざしながら言う。
「そっかそっか!剣が上手いとかっこいいからね!」
満面の笑みでそんなことを言ってくる。
「実は私も剣が好きで上手くなりたいんだよね……!」
相変わらずの笑顔だが少し眼差しがキリッと鋭くなる。
「剣が好きって、女の子にしては珍しいね」
「そうなのかなぁ〜。」
そう言うとイーディスはおもむろに背に手を伸ばし、剣を引き抜いた。
(なんてこったい。剣を背負ってたのか…ずっと正面を向いていたから分からなかった……)
引き抜いた剣を見てみるとなんと鉄の剣だった。
剣身が短いショートソードだが、それでも俺は振れないし、片手では持てないだろう。
それは所々装飾や凝った意匠になっていてなかなかに高価そうな剣だった。
「かっこいいでしょ〜!私の自慢の剣なんだ!」
そう言ったイーディスは誇らしげに剣を掲げている。
俺は剣だけでなくイーディスの服装をまじまじと見てみる。
上等そうな服に肩と胸を保護する革の胸あて、さらに細かい意匠が施された革のブーツ。
明らかに金持ちだ。貴族とかだったりするんだろうか、もしそうだったらタメ口とか不敬罪とかで処されたりするのかな。
「なぁ、イーディス。君って貴族だったりするかい?」
「あー。まぁ、そうだね、貴族だよ。フルネームはイーディス・ユルド・ヴォン・ヴァルキュリアって言うんだ。」
イーディスは気まずそうな顔をして答える。
貴族だから友達とかあんまり作れないのかな……そんなことを考えていると。
「長いでしょ。それとみんな貴族だって知ると少し態度が変わるんだよね。だから貴族だって言うのあんまり好きじゃないんだ。」
イーディスは寂しそうに呟いた。
「いや、少し驚いただけさ。イーディスの名前、長くてとてもかっこいいじゃないか!羨ましいよ!」
「ラインハルトは良い奴だね!」
イーディスはその言葉を聞くとパッと顔を明るくさせて言った。
俺は少し照れて微笑むことしか出来なかった。
ーーー
その後少し剣について話していると
「ラインハルトと1回打ち合ってみたいな」
イーディスが期待するような眼差しで見るが
「でもイーディスの剣は鉄の剣じゃないか。怪我をするかもしれないから僕は嫌だな」
期待を裏切るようで悪いが、危険すぎる。
なにか間違いがあったらただの怪我じゃ済まないかもしれない。
「それもそうだよね。今度木剣持ってくるよ……」
イーディスは顔を曇らせて言った。
少し可哀想に思えたところで良いアイデアを思いつく。
俺は手をかざし、魔力を集めて心の中で詠唱する。
(テラ・モールド……!)
足元の土がわずかに震え、滑らかに形を変えていく――
これは土の初級魔術、イメージを固め、剣の形になるように成形して行く。
刃をつけずにイーディスが持っていた剣に真似て完成させる。
なかなか良い出来に思える。イーディスの剣に比べて軽すぎるが、打ち合うなら軽い方がいいだろう。
「イーディス、これ。土魔術で作った木剣みたいなものなんだ。軽いし、打ち合うだけなら十分だと思うよ。」
「うわぁ、ありがとう!ラインハルトって魔術が使えるんだね!凄いや!」
イーディスは再び顔を輝かせるとそう言った。
「これで打ち合えるね!」
イーディスは嬉しそうに笑う。
少し胸が高鳴った。――初めての、対等な剣の勝負だ。
イーディスが地面に木の枝で、直径五メートルほどの円を描いた。
「この円から出たら負け。有効打が入っても負け。わかった?」
「う、うん……わかった」
俺は木剣を握り直しながら、緊張で喉が渇いていた。
初めての対人戦。しかも相手は、妙に余裕のあるイーディスだ。
「そんな顔しないの。手加減、する……かも?」
イーディスがイタズラっぽく笑って、構えをとった。
小柄な体格からは想像できないほど、無駄のない美しい構え。見様見真似で稽古したものとは、まるで違って見えた。
「はじめっ!」
掛け声と同時に、イーディスが一歩踏み出してくる。
(速っ――)
咄嗟に木剣を上げるが、もう刃が目の前にあった。慌てて受け止めると、思った以上に重い。
「ほらほら、止まってたら斬っちゃうよ?」
イーディスの剣が右から、左から、そして下からも飛んでくる。防ぐだけで精一杯だ。
(やばい……全然攻めに転じられない)
でも、やっているうちにわかってきた。イーディスの動きには一瞬だけ“間”がある。
そこに――打ち込めば……!
(――今だ!)
「せいっ!」
狙って振るう、渾身の一撃。だがイーディスはくるりと身をひねってかわすと、そのまま後ろへと跳ねる。
「おおっと、危ない危ない。……今の、ちょっとドキッとしたかも」
俺は少しだけ息を整える。確かに、今のは手応えがあった。
「ふふ、面白くなってきたじゃない。最初の動き、正直なめてたけど……これ、ちょっとは本気出したほうがいいかな?」
「え……今まで本気じゃなかったの?」
「ううん、七割ぐらい」
悪びれもなく答えるイーディス。けど、その目の奥には、さっきまでなかった光が宿っていた。
(せめて本気、出させるくらいはっ!)
今度はこっちから攻めに出る。剣を振るたび、感覚が研ぎ澄まされていく。
イーディスの剣を弾き、重心を下げて切り返す。
動きに迷いがなくなっていくのが自分でも分かる。
「ほんとに、初めて?」
「……初めてだよ。でも、なんとなく……見えてきた気がするんだ」
「へぇ……こりゃ将来が楽しみだね」
笑みを浮かべながらも、イーディスの剣は鋭くなる。
剣と剣が打ち合う音が響く。円の中を縦横に動きながら、互いに一手を探っていく。
「でも……これで、終わりっ!」
イーディスがステップを踏んで距離を詰める。
瞬間、俺は防ぐべきか避けるべきか迷った――
「甘いっ!」
その一瞬の迷いを突いて、イーディスの木剣が俺の胸元に、軽く触れた。
「……有効打。私の勝ち!」
戦いが終わると同時に、イーディスはふわりと笑顔を見せた。
さっきまでの真剣な顔とは打って変わって、まるで悪戯が成功した子供のような笑み。
「でも、楽しかったよ。ラインハルトってさ、戦ってるうちにどんどん動きが洗練されてくるんだね。剣のセンス、あるよ」
「……本当に?」
「うん。ちょっと羨ましいくらい」
そう言ってイーディスは木剣を肩に担ぎながら、空を見上げた。
「ヴァルキュリア家はね、剣が誇りなの。小さい頃から毎日、ちゃんと師匠について稽古してきたんだよ。だからちょっとやそっとじゃ負けないんだ」
「……そうだったんだ」
「ねえ、またやろうよ。ラインハルトと打ち合ってるとものすごく楽しいから……」
「そうだね……次は、勝つよ」
俺も、悔しさの中に少しだけ嬉しさを噛みしめながら、笑って答えた。
――初めての敗北。でも、それは嫌なものじゃなかった。
むしろ、次こそはと胸が熱くなる。不思議な感情だった。
帰り道、俺の中に新しい“目標”が生まれていた。