第55話 戦女神vs龍剣士
紅の剣気が迸り、イーディスは地面を蹴って斬りこんでくる。
彼女が纏うそれは、まさに戦神。
圧倒的な密度の力が、空間そのものを圧し曲げていた。息を吸うだけで肺がきしむ。
ガギィッ──!
イーディスの斬撃を間一髪の所で受ける。
しかしこの一合、たった一度の打ち合いで理解した。
このままでは十手ももたずに斬られるだろう。
だが、俺もまだ本気では無い。
《龍迅気──!》
黄金の気が爆ぜる。全身に嵐のような衝撃が駆け抜け、身体能力が限界を超えて跳ね上がる。
世界がゆっくりと動き出し、目の前の“最強”の太刀筋すら視界に捉えられる。
──届く。
そう思った─────ハズだった。
そして次の瞬間、その幻想は打ち砕かれる。
イーディスの剣が、速い。重い。繋がる。
もはや“欠点”など存在しない。
二刀流にあった弱点が消えている。いや──剣気が、すべての弱点を塗り潰している。
まさに、“最強”の二刀流。
「ぐっ……!」
斬撃が一太刀、また一太刀と襲いかかる。
防いでも剥がされ。避けようと思っても避けきれない。
龍迅気によって並び立ったはずの差は、再び広がり始めていた。
──追い詰められている。
必死に打ち返す。捌く。受ける。
圧倒的劣勢の中、更に龍迅気による負荷で身体が軋みを上げて叫んでいる。
そして──
「──ッ……!」
切っ先が左肩を掠める。さらに追撃。太腿へ。
ギリギリで剣を交差して防いだ。
(……くそっ……!)
このままでは押し切られる。
距離を取る。深く後退して呼吸を整える。
だが、その瞬間──背中を撫でるような、かすかな“気”が走った。
(これは、龍の気……!?)
しかも、ただの気ではない。俺の中の《龍迅気》と、共鳴するような“格”の気。
俺はそれがどこから来たのかを感じ取っていた。
観客席──高い位置の一角。
そこに立っていたのは──
(……セレーネ!?)
艶やかな漆黒の髪が、風を受けて揺れていた。
霊峰で日々を共にしたセレーネ。そしてその横には父さん、母さん。それにメレノアの姿もある。みんなが……俺の戦いを見ている。
そしてセレーネは、まるで自分の存在を俺に示すように──
静かに、わずかに、しかし確実に龍迅気を滾らせていた。
目と目が合った。
その刹那、彼女は唇をわずかに動かした。
その声は、遠く離れているはずなのに……はっきりと、胸の奥に響いた。
「──しっかりしろ、ラインハルト。私が教えたのはそれだけじゃ無いでしょ。」
そのとき視界が震え、記憶が灼き戻る。
⸻
──あの頃。龍の霊峰。
剣術の稽古。
風が巻き、雪が踊り、息が白く凍る中。
セレーネは、常に俺の前を歩いていた。
届かないほどに速く、止まることなく巧く、絶望するほどに強かった。
目で追うだけで必死。
一本取るどころか、剣を交えることすらできない日が続いた。
それでも──俺は、喰らいついた。
誰よりも、彼女の剣を見て、剣を学んだ。
(……イーディスが強いのは分かってる。けど──)
セレーネは、それを凌駕していた。
龍迅気を纏ったセレーネの剣は、もっと速かった。もっと重かった。もっと、恐ろしかった。
⸻
意識が“今”に戻る。
俺は纏っていた魔力を解放した。
ブワッと空気が震える。
魔力の奔流が解き放たれ、周囲の空間を染め上げる。
水瓶に穴が空いたかのように、魔力が流れ出す感覚。止まらない。
だが、それでいい。
このモードは、超短期決戦用。
魔力を常に垂れ流し続ける代わりに少しだけ身体能力が上昇する。刻一刻と敗北の瞬間は近づいている。
──けれど、これで少しは勝機が見える。
黄金の気に稲妻を走らせ俺は剣を再び構えた。
僅かな静寂の後、イーディスの剣が再び閃く。
斬撃、斬撃、斬撃──!
空間を引き裂くような連撃。剣気に彩られたその一閃一閃は、すでに“剣”ではなかった。
それはまるで、斬撃の暴風。前へ、前へと、容赦なく俺を押し潰さんとしてくる。
(これは、強すぎるな……)
全方位からの打ち込み。
斬って、繋げて、退かずに踏み込む──隙が、ない。
けれど──
黄金の気が、漏れ出る魔力と龍の気が混ざり合い、剣に集まる。
「──はぁっ!!」
咆哮と共に、一閃。
龍の気と魔力の宿った剣が、イーディスの剣を弾き上げた。
一瞬──本当に、わずかな一瞬。
完璧な攻撃に生まれた“ほころび”。
(ここだ──!)
「龍剣技──絶ノ型!」
足を踏み出し、剣を引く。
気が、魔力が、剣を染める。
雷のような轟音が鳴り響いた。
「──八岐大蛇!」
八本の首を持つ伝説の蛇龍──その名に相応しい連なる斬撃が空を裂く。
一撃!
閃光のような斬撃が放たれ、イーディスが咄嗟に受ける。
二撃! 三撃!
刃が交差し、金属が悲鳴を上げる。
観客の歓声が止んだ。誰もが見入っていた。
舞台の中心、ただ一つの死闘──
──四、五、六撃!
攻防の連鎖。
イーディスの剣が、必死に全てを受け止める。
──七撃目!
「ぐぅっ……!」
イーディスの片膝が、わずかに沈む。
押されている。
それでも、彼女はまだ折れていない。
(……これが最後だ──!)
剣にすべてを込める。気と魔力、身体の奥底にあるすべてを。
「──これで、終いだッ!!」
八撃目──!
雷鳴のような衝撃。
その一撃だけは、イーディスの剣をすり抜けた。
防げなかった。
──バシュッ!!
次の瞬間、赤の結界が炸裂する。
イーディスを守るバリアが発動。
コロシアム全体が一瞬静まり返った。
その沈黙を破るように、審判の声が響き渡る。
『──結界を確認!ラインハルト選手の勝利!!』
歓声。悲鳴。喝采。
あらゆる感情がコロシアムの天井を突き破った。
──勝った。
だが、その瞬間。
「……っ、ぐ……!」
龍迅気の負荷。
膝が、崩れた。力なくその場に落ちる。
全身が痺れて痛みが走り、筋肉は痙攣を続けている。
──それでも。
(……勝った。……やった……)
視界が滲む中で、俺は笑っていた。
勝利の余韻、全身を駆け巡る熱。
誰よりも全力を尽くした。
誰よりも今、この瞬間、生きている──そう感じられる。
そしてふと、視線を上げる。
観客席の上段。
そこにいる家族。セレーネ。
みんなが、笑っていた。
(……見てたかな。セレーネ。父さん、母さん、メレノア……)
心の中で、誰よりも大切な人たちに呟く。
そして──実況の声が天から降り注ぐ。
『今大会──勇者杯、賢者杯、そして戦神杯ただ一人の優勝者!』
『《ラインハルト・ファーレンガルト》選手──! 学術院トーナメント史上初の三冠制覇です!!』
再び爆発するような歓声が、コロシアムを揺らした。
『これより、三大会の表彰式を執り行います! この歴史的瞬間、どうぞ最後までお楽しみください──!』
──その日、《伝説》が生まれた。




