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第54話 戦神杯の決勝戦

鐘の音が三度、晴天の空に鳴り響いた。


 その瞬間、三万人の観客の期待が一斉にこちらへ注がれる。

 ――戦神杯、決勝戦。

 この学院祭最後の戦いに、俺とイーディスが立っている。


「よろしくね、ハルト」


 目の前の彼女は、いつも通りの柔らかい笑顔を浮かべていた。

 けれどその手には、柔らかさなど微塵も無い、硬く美しい直剣が握られていた。


「……こちらこそ、良い勝負にしよう。イーディス……」


 一礼を返し、俺も剣を構える。


 そしてその様子を確認すると、審判の声がコロシアムに響いた。


「初めッ!!」


 声と同時にイーディスが地面を蹴り風となる。


 速い。けれど――見える。


南方剣特有の流れるような動き。


 右斜め下からの斬撃を受けると同時に、体を捻って腕を絡めるように払い流す。

 次いでくる返しの一撃。脚を半歩引き、重心をずらしていなす。


 イーディスは強い。間違いなく、普通の剣士ならこの数手だけで崩されるだろう。


 だが――


(読みやすい)


 軌道も、体の重心も、目線も。

 全てが鍛え上げられている分、規則性がある。

 それに、南方剣は技の切り返しと変化に富む分、必ず“受けに回った瞬間”に小さな隙が生まれる。


 そこを突く。


 俺は一歩踏み込み、剣を押し返す。

 彼女の剣は力で押し合うには細い。だから、タイミングさえ見切れば――


 ガキィィン!!


「っ……!」


 彼女の剣が逸れた。たった半寸のズレでも、剣士にとっては致命傷だ。


 俺はすかさず反撃に転じる。

 低く腰を落とし、体を沈めたまま踏み込む――


 イーディスの頬を、斬撃の風がかすめた。


(……よし、手応えは十分)


 このまま押せる。

 イーディスの剣は強い。でも、俺の目はその先を見ている。


 それから五合、十合と斬り合いを重ねる。


 イーディスも徐々に後退し、時折剣を交差させながら守勢に回っている。


(互角じゃない。……今は、俺が押してる)


 観客席からはどよめきが広がっている。


 普段なら圧倒的な剣術で相手を翻弄するはずの“戦姫”が、今は一歩も前に出られていない。


 彼女の剣は流麗で美しい。優雅に見えるほどに完成されている。


 でも、その“完成された剣”は――俺の中ではもう、乗り越えるべき壁じゃない。


(このままなら……勝てる)


 そう思った――その瞬間だった。


 イーディスが距離を取り、腰に手を添えた。


 カチン、と金属の音が鳴る。


(……その剣は)


 抜かれたのは、彼女の身の丈には少し小振りに見えるショートソード。

 記憶が一瞬よぎる。あれは――昔、スミカ村で。


 だけど、今はそんなことを思い出している場合じゃない。


 イーディスは静かに、そして凛とした動作で二刀を構えた。


 二振りの直剣。その片方は、技の集大成。

 もう片方は、かつての記憶。けれど今、その両方が武器として向けられている。


「――ここから本気だよ、ラインハルト……!」


 彼女の気配が変わる。


 これまでの洗練された剣から、速さと変化を増した“猛攻”へ。


二振りの剣が、凶暴な嵐のように迫ってくる。


 右から、左。更に右、左と、そして斜めから跳ねるような斬撃が来たかと思えば、すぐに真下から突き上げてくる。


 どちらの剣も、全てが決めに来た一撃に思えた


(……まずい)


 それが、最初に抱いた率直な感想だった。


 速い。

 ただでさえ南方剣は連撃と変化に富んだ剣術だ。

 それを二刀で、リズムを崩しながら連続で繰り出されると、正直……対応できない。


 目で追っても、動きの変化が速すぎて予測が追いつかない。


 左手の剣がフェイントのように翻り、右の本命の剣が鋭く振り下ろされる。

 紙一重で受けた腕がしびれる。視界の端で、イーディスが一歩踏み込んだ。


「はあっ!」


 跳ねるような一撃が、俺の脇を狙ってくる。

 それをかわすと、間髪入れず足払い――!


「っ……!」


 咄嗟に跳んで、体勢を立て直す。が、すぐに次の刃が迫ってくる。


(完全に、攻め手を握られてる)


 俺は守勢に回り、数手を捌く。


 一刀の時のような重さは無い。だが、構えも斬撃も常に変化し続けていて、一手一手がまるで意志を持っているかのようだった。


 まさに、舞のような剣だった。


 優雅で、激しい。まさに“戦姫”と呼ぶにふさわしい連撃。


 観客席からも、どよめきと歓声が上がる。

 イーディスの怒涛の攻めに、戦況が完全に逆転したように見えているのだろう。


 だが。


 数手、さらに数手を受け続ける中で、俺の中に“慣れ”が生まれてきた。


 イーディスの二刀流には、まだ荒さがある。


 左手の剣――リズムを崩す役目は果たしているが、本来の剣に比べて遅く、剣筋も粗が感じれる。

 さらに切り返しのたびに、ほんの一瞬、右の本命の剣が止まる。


 つまり、隙がある。


(その隙を――)


 バッ!


 また一度、左の剣が翻った。

 その直後、イーディスの右手が切り返す。


 ――そこだ!


「はッ!」


 俺は一歩踏み込み、全身を捻りながら力を込める。

 ガキィィン!!


 交差した刃の音とともに、イーディスのバランスがわずかに崩れる。


 そこから一気に反撃。


 俺の剣が、真正面から彼女の攻撃を押し返す。


 受けに回れば南方剣の強みは半減する。切り返しとしなやかさが持ち味の剣術は、真正面の力押しに弱いのだ。


 ガッ、ガッ、ガンッ!


「く……ぅっ……!」


 イーディスの眉が険しくなる。

 切り返しの精度が落ちている。追い詰められている証拠だ。


 彼女は流れを断ち切ろうと、一気に踏み込む。


 だがそれこそ――望むところ!


「せぇいッ!!」


 鍔と鍔がぶつかり合う。金属が軋むような音が響き、両者の顔が間近に迫る。


 だが、俺の方が一歩、体重を乗せている。


 イーディスの足が――滑る。


 そして、弾けるように後方へ吹き飛び、ギリギリで舞台の端に着地した彼女が、膝を突きながら踏みとどまった。


 観客席が大きくざわめく。

 まるで流れが戻ったと、全員が直感で理解したような反応だった。


鍔迫り合いの余韻が舞台の空気に残る中、俺はゆっくりと剣を構え直した。


 そして正面のイーディスを真っ直ぐに見据えて口を開く。


「……剣気、使えよ」


 その言葉に、イーディスは目を見開いた。驚いたように、口をわずかに開く。


「……っ、剣気は……解放しない。あれは……私の“実力”じゃないから……」


 絞り出すように言ったその声には、戸惑いとどこか、ためらいが混ざっていた。


 俺はそれに、静かに、だけどしっかりと笑って返した。


「……生まれも、実力だろ」


 イーディスの目が、再び揺れる。


「才能も、持って生まれた力も全部、自分の力だ。そうだろ?」


 彼女の表情が、少しずつ変わっていく。


 拒絶でも、困惑でもない。

 戸惑いの奥にあったものが塗りつぶすように。


「それに……」

 俺はゆっくりと前に一歩踏み出し、肩越しに剣を掲げる。


「“本気”のイーディスと、斬り合ってみたいんだよ。俺は」


 沈黙。


 そして──


 イーディスの頬が、ふっと緩んだ。


「……確かに。そう、だね」


 ふと笑う彼女の顔は、どこか誇らしげで、少しだけ寂しげだった。


「生まれも実力、か。……まったく、ハルトってば、人をその気にさせるのが上手いんだから」


 その言葉の直後、彼女は剣を構え直す。


 静かに、しかし確かな決意を帯びて。


「──これで負けたからって、自分を責めないでね、ハルト……!!」


 叫ぶように告げると、彼女の口元が、静かに詠唱を紡ぎ始めた。


「我が血潮に宿りし紅の刃……

 解き放たれし刻、我が剣は雷と化す」


 空気が震え始める。


「《剣気・解放》!!」


 瞬間、舞台の端で紅の奔流が爆ぜるように迸った。


 ぶわ、と風が吹き抜けるように、イーディスの身体から溢れた力が空気を押し広げる。


 その髪は、陽の光を受けたように鮮やかに紅く染まり、金色だった髪の毛は紅く揺らめく。


 元々紅い瞳は、さらに深く濃く、光を宿すように輝いていた。

 瞳の奥に、燃えるような闘志が宿る。


 その姿は、まさに“戦女神”そのものだった。


 観客席が、ざわめき始める。


(やっと、本気か)


 戦女神の放つ押しつぶされそうな威圧感を体に浴びながら、俺の口元は愉快そうにつり上がっていた。



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