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第49話 賢者杯

学術院祭──二日目の朝


 目が覚め、窓を見やると──その向こうはすでに朝焼けの色を捨て、晴れやかな蒼が広がっていた。


 ベッドの上で一度、深く息をつく。

 身体には、まだ微かに疲労が残っている。

 決勝の余韻、歓声、火と水のぶつかり合い──それらが、身体の奥にまだ滲んでいた。


 (さすがに疲れが残るか……)


 けれど、のんびり休んでいる時間はない。

 学院祭は続き、まだ大会も二つ残っている。

 そして今日は、魔術の大会──賢者杯だ。


 カーテンを開けると、外の学内はすでに人の波で溢れていた。

 色とりどりの制服、屋台の呼び声、香ばしい匂い。


 祭の熱気は昨日にも増して濃い。

 だが今日は、剣ではなく”魔力”が、この学び舎の空気を満たしていた。


 洗顔と着替えを手早く済ませ、ローブに袖を通す。


 それは──古代竜族の遺跡に遺されていた、深い蒼と銀のローブ。

 優れた魔術耐性と防刃性を兼ね備え、さらに動きやすさにも優れている。

 脱がずに剣を扱えるほど軽く、実戦にも適した、極めて優秀な装備。


 そして今日、俺が携えるのは剣ではない。

 手に取るのは──魔導杖だ。


 寮の玄関を出ると、ちょうどタイミング良く誰かと鉢合わせた。


 「おはよう、ラインハルト」


 黒紫の髪をなびかせ、どこか浮かない表情でこちらに声をかけてきたのは──アメルノア・ランカスターだった。


 「おはよ。……調子はどう?」


 「悪くないわよ。あなたは? 昨日の打ち上げ、途中で帰ってたでしょ?」


 「ああ……さすがに疲れてたからね。先に失礼させてもらったよ。おかげで、調子はまあ……普通くらい」


 「ふぅん……まあ、悪くないならいいわ」


 彼女もまた、賢者杯の出場者。

 この大会の大本命であり、学術院のみならず──国内でも屈指の魔術の才を誇る無詠唱の天才魔導師。

 俺が最も警戒すべき相手であることは、疑いようがなかった。


 「今日は楽しみにしてるわ。昨日のあなたを見て……なかなか、いい試合ができそうだと思ったから」


 「……それは、光栄だな」


 肩をすくめると、アメルノアはわずかに笑った。

 その笑みはどこか、昨日のエルトリオに似ていた。


 (俺も──精一杯、楽しむか)


 剣を捨て、魔力と魔術の精度だけで勝負する舞台。

 剣術とはまた違う、頭脳と瞬間、そして属性の駆け引きが支配する世界。


 約二刻後、賢者杯という舞台で、新たな火蓋が切って落とされる。





 そして蒼天に太陽が高く昇った頃、昨日と同じく、コロシアムには三万人を超える観客により超満員になっていた。


 しかし、今日の熱気は昨日と少し違う。


 魔術のみで競われるこの大会には、剣術に比べて知略と緻密さ、そして魔力の質と深度が問われる。出場者はいずれも一騎当千の魔導師たち。 

 昨日の勇者杯とはまた違う層の観客たちが集い、魔導師団の幹部や諸侯の使節など、より政や軍に近い顔ぶれも目立った。


 それだけ、魔術特化のこの賢者杯が注目されているということだ。


 そして──開会を告げる声が高らかにあがる。


 「本日、賢者杯に出場する十四名の予選を勝ち抜いてきた猛者たちを紹介いたします!」


 場内に張り巡らされた魔術スピーカーが、司会者の声を増幅させる。


 一人ひとりが名前を呼ばれ、コロシアム中央の舞台上に姿を現すたびに、観客から歓声と拍手が送られた。


 「まずは一人目!──ミカヤ・レンベルグ! オッズは18倍!」


 「二人目は!勇者杯にも出場した──レマル・ジノ! オッズは10倍!」


 「三人目!──シルマ・バルドリア! オッズ16倍!」


 「四人目は前大会準々優勝の精鋭!──ノルト・フィゼル! オッズ9倍!」


 続々と紹介されていく中、魔術のスクリーンに表示されたオッズに一喜一憂しながら、声を上げていた。


 そして、前半の十二人が揃ったところで、司会の声のトーンが変わった。


 「──そして、本大会における特別枠、シード選手として二回戦から登場する、二人の特待生を紹介いたしましょう!」


 瞬間、空気が変わる。


 場内の歓声が一段と高まり、まるで風の流れまでがそちらへ向かうかのようだった。


 まず、現れたのは──


 「アメルノア・ランカスター!! オッズは驚異の1.6倍!! 前大会の優勝者で、なんとその大会の試合は全て十秒以内に決着を付けた無詠唱の最強の魔術師です!

本大会の最有力優勝候補であります!!」


 ステージ上空の魔方陣が輝き、紫紺の雷光とともに、黒紫の髪をたなびかせた一人の少女がゆっくりと降り立った。


 重ねられた深紫と白の魔術衣が、まるで王族の礼装のような威厳を漂わせる。


 魔力が揺らぎ、空気がきらめいた。

 その一歩を踏み出すだけで、他の参加者たちが自然と視線を逸らす。



 あれが、今日の”壁”であり、最大の敵──アメルノア・ランカスター。


 司会が叫ぶ。


 「学術院が誇る魔術の至宝!既に魔導師団の副師長の席を約束されているとの噂もございます!

 彼女こそが、この賢者杯を制するであろう本命中の本命!!」


 歓声が波打ち、まるで英雄の凱旋を祝うような雰囲気に包まれる。


 ──そして。


 「続いて登場するのは、昨日の勇者杯で剣と魔術を兼ね備え、圧倒的な力を見せつけたあの少年──」


 会場の熱がさらに一段上がった。


 「ラインハルト・ファーレンガルト!! オッズは2.6倍!! 本命アメルノアに次ぐ、二番手の評価です!!

昨日は無詠唱魔術すらも披露してくれました!

下克上を狙えるのはこの男しかいないッ!!」


 俺の足元に、淡い青と緑の魔方陣が展開され、瞬間、まわりに美しい稲妻と淡い光が広がる。


 派手な演出に観客の視線が一斉に俺に集まり、無数の叫びと拍手が押し寄せた。


 昨日とはまた違う雰囲気──しかし、確かに俺はここに立っている。


 視線を前に向けると、すでにアメルノアがこちらを見ていた。

 互いに目が合う。友の視線でも、敵意でもなく、ただ……戦いの舞台で交わる者としての、純粋な気迫。


 「この十四名によって、今年の賢者杯は争われます!」


 「各選手への投票券は会場内の窓口にて受け付け中! 試合が始まってからでは投票できませんのでご了承ください!」


 「それでは皆様──術と術が激突する、知の祭典を存分にお楽しみください!!」


 再び爆発的な歓声が沸き上がる中、十四名の出場者が一列に並ぶ。


 その中央に、アメルノアと俺──


 ラインハルト・ファーレンガルトが、並び立っていた。


 賢者杯、開幕。


 幕は今、上がったばかりだ。




賢者杯、第一回戦──開幕。


 「さあ、皆様お待たせいたしました! 知と術の戦い、賢者杯、最初の戦いが今、始まります!!」


 司会の声が轟くと同時に、空中スクリーンに組み合わせが映し出された。


 第一試合──ミカヤ・レンベルグ vs レマル・ジノ

 第二試合──ノルト・フィゼル vs シルマ・バルドリア

 第三試合──ユン・カファール vs テレサ・ロジェ

 第四試合──ダリア・クロエル vs トゥレム・ガンディ

第五試合──アルマ・ティセス vs フリマリエ・クラストリス

第六試合──ヒストリス・グィンバース vs バーリス・ロゼリア


 観客が一斉にざわめく中、試合が順に行われていった。


一試合目を勝ち抜いたものがアメルノアと、六試合目を勝ち抜いたものが俺と当たることになる。


 ─────


 【第一試合】


 ミカヤは速度強化の風術を用いながら距離を詰めるも、レマルが展開した水結界に阻まれ、詠唱の隙を突かれて敗北。


 レマル・ジノ勝利──術の切れ味と詠唱速度で一枚上手を見せつけた。


 【第二試合】


 ノルトとシルマの戦いは、雷と土の属性同士による激しいぶつかり合い。序盤はシルマが優勢だったが、ノルトの起死回生の雷撃が直撃し、逆転勝利。


 ノルト・フィゼル勝利──「雷迅」の異名を持つ者は


 【第三試合】


 テレサは巧妙な幻術を駆使し、ユンの術式を何度も空振りさせた。幻惑に惑うユンを、緻密な氷槍で貫き沈めた。


 テレサ・ロジェ勝利──幻術と実体魔術の合わせ技で見事な戦術眼。


 【第四試合】


 ダリアとトゥレムの一戦は、火炎と毒霧の危険な激突だったが、終始冷静だったダリアが気流操作で毒霧を逆流させ、自滅を誘う形で勝利。


 ダリア・クロエル勝利──緻密な制御力が冴えた一戦。


【第五試合】


フリマリエとアルマの炎の魔術が激しくぶつかり合い、純粋な魔力と魔術の精度でアルマに軍配が上がった。


アルマ・ティセス勝利──純粋な魔術の精度が垣間見えた戦いだった。


【第六試合】


ヒストリスの結界をものともせず、バーリスは剛力魔術と破砕系の術式を連打。鉄壁の防御を誇るヒストリスの防陣を強引に打ち破り、詠唱の隙を作り出して勝利をもぎ取った。


 バーリス・ロゼリア勝利──豪腕魔術士の異名は伊達ではなく、力押しの中にも確かな技巧を見せた。


──────


 そして、六試合目が終わった瞬間、司会が勢いよく叫ぶ。


 「さあ!お待たせしました、ここからは二回戦──特待生の二名が、ついに戦場に姿を現します!!」


 大歓声が会場を揺らした。空気が一気に緊迫し、観客の期待がうねりとなって渦巻く。


 空中に再び映し出された組み合わせ。


 二回戦第一試合──アメルノア・ランカスター vs レマル・ジノ


 「昨日の勇者杯にも出場したレマル選手が、二回戦目で前大会覇者と激突することになります!!」


 会場からどよめきが起きる。


 中央の決闘舞台へと歩を進めるレマル。だが、その表情はさすがに強張っていた。


 対するアメルノアは、舞台の反対側、優雅な足取りで現れる。白と紫の魔術衣がひらめき、その瞳にはいささかの緊張もない。


 完全なる静寂。


 その空気を破るように、アメルノアがふわりと言った。


 「ま、よろしくお願いするわ……」


 小さく頷いたレマルの視線が、微かに震えながらも真っ直ぐ前を見据えていた。


 この瞬間、決戦の火蓋が落ちる。


 審判役の教員が結界を展開し、両者に向かって手を上げる。




 「──第二回戦、第一試合! アメルノア・ランカスター vs レマル・ジノ……初めイィ!!」


 開戦の合図と同時に、レマルが地を蹴った。


一言程度の魔術で風を足元に纏い、疾走する。


 その状態で走りながら詠唱を始めるのが、彼の戦法。第一試合と同じ、鉄壁の構えだった。

 流れるような動作で詠唱に入る。水の術式の初動──


 ──その瞬間だった。


 「……あくびが出る」


 アメルノアの声は、風よりも静かに、空気を震わせた。


 次の刹那。

 レマルの進行方向、左右、背後──四方に、燃える球体が瞬間展開される。


 それは炎。だが、ただの火球ではない。無詠唱で生み出されたそれは、既に術としての完成を見せていた。


 「なっ……!?」


 詠唱の続きが、喉に詰まる。


 退くにも前に出るにも、すでに遅い。

 レマルの身体を包むように展開された火球が、ひとつ、またひとつと小さな閃光を生む。


 爆風が起きる寸前──


 レマルの胸元が、淡く赤く光った。


 直後、全火球が炸裂。

 爆風に呑まれたレマルの姿が一瞬、煙にかき消されたが──その中心、赤く光るバリアが彼の身体を守っていた。


 それはすなわち、敗北の証。


 審判の声が響き渡る。


 「──防御結界を確認。アメルノア・ランカスターの勝利!」


 爆風が晴れた中、レマルはその場に立っていた。無傷だ。

 だが、その表情には悔しさと──それ以上に、明確な敗北を突きつけられた虚無があった。


 詠唱すら完遂させてもらえなかった。

 逃げ場も、反撃の糸口もなかった。


 観客席に、ひと呼吸遅れて歓声が巻き起こる。


 「つ、強すぎる……!」


 「無詠唱で火球を……しかもあんな配置……」


 「あれが、前回大会の優勝者……!」


 再び注目が集まった少女は、何の感情も浮かべることなく、一礼し、ゆっくりと元の待機位置へと戻っていく。


 静かな気迫だけが、後に残った。


 そして、その試合を見ていた俺──ラインハルト・ファーレンガルトは、軽く息を吐いた。


 「詠唱すら……許さない、か」


 まさに、無詠唱魔術の最大の強み。


 この”最短決着”の記録に並ぶには、それを超える圧を示すしかない。


 あと二試合後には、俺の番だ。


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