閑話 温もり
ラインハルトが学術院に出発した一週間後──
西の空が茜色に染まり始めた時、私はラインハルトの家の庭のベンチに座っていた。
隣にはメレノア。
陽の光を受けて柔らかく揺れるその銀髪は、彼女の無邪気さそのものみたいだった。
「えいっ……あれっ、魔力が逸れちゃう……」
指先で展開した魔術がすぐにかすれて消える。メレノアが頬を膨らませた。
「構築まではできてる。けど、力の流し方が雑。焦らなくていい」
そう言って軽く指を鳴らすと、宙に淡い魔術の光を一つ咲かせる。
それをメレノアが目を輝かせて見つめる。
「うわぁ……セレーネってすごいね、やっぱり!」
「そう?」
大したことはしていない。
──でも、この子が嬉しそうなのは、まあ、悪くない。
メレノアは魔力の扱いがまだ粗いけど、素質はある。
彼女はハーフエルフで、あのラインハルトより伸びる可能性だってあるかもしれない。
(暇つぶしくらいにはなるかな……)
そんな言葉をうかべていると──
「ねぇ、セレーネってさ」
不意に、メレノアがこちらを向いた。
「帰ると一人なんだよね、寂しくないの?」
……寂しい?
わたしが?
思わず、返事をするのに一拍、間が空いた。
「……別に」
視線を遠くに逸らす。風が、草の香りを運んできた。
寂しいと思ったことは──あるかもしれない。けど、最近はそう思うことはなかった。
そのとき、遠くから男の声が聞こえた。
「おーい、メレノア!帰ったぞー!」
メレノアがぱっと笑って立ち上がる。
「パパっ!!」
まるで跳ねるように駆けていく。
ジェスター……彼女の義父。ラインハルトの実父でもあるその男は、いつもの柔らかな雰囲気だ。
「おかえりなさいっ!」
「おう、お留守番ありがとな、メレノア。……おっと、セレーネさんも一緒だったか」
わたしは軽く頷いただけだったが、彼は少し気まずそうに笑って続ける。
「面倒を見てもらってすまんな。」
「……気が向いただけ」
そう言ってわたしは横でジェスターに抱きついているメレノアを横目で見た。
あの子は、本当に人に懐くのがうまい。
ふいに、玄関から料理の香りが漂ってきた。
香辛料とバター、それに何か肉の匂い……。
──あ、これは……たぶん煮込み料理。
この家の料理はものすごく美味しいのよね。
「あら……お帰りね。ご飯にしましょうか」
ライラが柔らかく笑みを浮かべながら出てくる。ああ、あの優しい声の人。
「セレーネさんも、よかったら食べていってくださいな? 今日は煮込み料理よ」
わたしは、即答しそうになる口をほんの少しだけ引き結んだ。
……落ち着け。顔に出すな。
「……じゃあ、少しだけ」
あぁ、楽しみ……煮込み料理……あのやわらかい肉と甘い野菜……!
隣でメレノアが無邪気に笑う。
「やった!セレーネも一緒だ〜!」
ジェスターが「そういやファーレスは?」と問いかけると、ライラが笑いながら答えた。
「何か買いたい物があるらしくてテミュリスの街に行ってるわ。明日帰ってくるって言ってたわよ。」
──ふぅん、あのメイドもたまには自分の時間を持つのね。
いいことじゃない。……いないなら、今日は二人分食べれるかも……?
わたしは、香りの向こうにある夕食を思い浮かべながら、静かに玄関へと歩き出した。
心なしか、足取りがいつもより軽かった気がする。




