第44話 初講義
数日後、俺は初めての授業に出席していた。
選択したのは《南方剣》の授業。
教官は南方剣上級――フレウォール卿という壮年の剣士だ。
寡黙だが鋭い眼差しを持ち、ひと目で只者ではないと分かる男だった。
修練場には、俺を含めて十五人ほどの剣術科の生徒たちが並んでいた。
皆それなりに鍛えられた体躯をしていて、初回の授業ということもあり、どこか張り詰めた空気が漂っている。
教官が列をざっと見渡し、咳払いをひとつして口を開いた。
「……揃ったようだな。見知った顔も何人かいる。が、まずは君たちの実力を知りたい。壁にかけてある剣を持ち、準備が出来た者から二人ずつ舞台に上がり、一対一で試合をしろ。残りの者はその様子を見ておくように」
静かながらも芯のある声だった。
その言葉に従い、俺は壁にかけられた鉄剣を手に取った。
すると、俺の前に一人の男が舞台に上がってきた。
背が高く、筋肉のつき方を見るにかなり鍛えている。
「さて、特待生の実力……見せてもらおうか」
挑発めいた笑みを浮かべている。
周囲からも声が飛んだ。
「リューク!やっちまえー!」
「特待生より上だって分からせてやれー!」
……なるほど、リュークって名前か。
周りの様子からして、このクラスでは有名人らしい。
リュークは構えを取り、笑みを消す。無駄のない動きだった。
俺も剣を構える。自然と、肩の力は抜けていた。
教官の声が響く。
「──初め!」
その瞬間、リュークは距離を詰めて斬りかかってきた。
だが──その動きは、俺にははっきりと見えていた。
(遅い……)
セレーネと剣を交えた数々の修練は無駄になっていなかった。
俺は呼吸を一つ吐き、剣を振る。
「せいッ……!」
音を立てて、金属同士が交わる。
俺の剣は正確に、相手の剣の鍔を打ち抜いていた。
リュークの剣は派手に弾かれ、舞台の外へ落ちていった。
「勝負あり──!」
教官の声が修練場に響いた。
少しの沈黙のあと、周囲がざわめき始める。
「お、おい……今の、まさか狙ってやったのか……?」
「さすがに、まぐれだろ……?」
俺は、少しだけ肩をすくめた。
この場の空気で“認められる”には、まだ早いってことか。
さらに教官も声を飛ばしてくる。
「あれは……狙ったのか?」
「もちろんです」
俺の言葉に、教官は口元を緩めてふっと笑い、授業を進行させた。
約一刻後。
全員の試合を見たあと、教官は最後に言った。
「君たちの実力はおおよそ把握できた。次回は型の修練に入る。とても重要な内容だ。休まず来るように。それでは……」
そう言って、教官は修練場を後にした。
その瞬間、緊張していた空気は一変した。
俺のもとに、数人の上級生が詰め寄ってくる。
「おい、お前……あれ、まぐれだろ?」
「もう一回やれよ!逃がさねえぞ」
挑発混じりの声に、リュークが再び舞台に上がる。
俺は、内心で溜息をつきながらも舞台に歩を進めた。
(……今のうちに、ケリをつけておいた方がいい)
この手の相手は、なまじ手加減をすると、ずっとつきまとってくる。
だったら今のうちに、力の差を見せつけておくべきだ。
「始め!」
今度は誰かが即席の合図を出す。
リュークが前と同じように斬りかかってきた。
だが──対応も、結果も同じだ。
一瞬の攻防。剣の鍔を狙って俺は斬る。
再びリュークの剣は舞台の外へ。
けれど今回は、それだけでは終わらせない。
俺は剣に魔力と龍気を込める。
《──龍剣技・初ノ型──穿雷》
雷が迸り、次の瞬間、空気を裂く閃光が舞台を駆けた。
雷鳴のような一撃が、虚空を一閃する寸止めの一撃。
寸止めでもリュークはもちろん、観戦していた連中も言葉を失っていた。
静寂に包まれた中、俺は何事もなかったかのように舞台を降り、修練場を後にする。
(……面倒は、これでしばらく無くなるだろ)
そして向かうのは、次の授業──五属性魔術の講義だ。
正直、学ぶことは少ないかもしれない。
だが、こういう基礎こそ、初心に立ち返って見直す価値がある。
教室に入ると、すでに多くの生徒が席に着いており、しばらくすると年配の女教師が穏やかな声で講義を始めた。
「──それでは、皆さんも一緒に魔術を発現させてみましょう」
教師の言葉を受けて、生徒たちが一斉に詠唱を始める。いずれも基本の火球や風刃。だが、動作はぎこちなく、発現までに時間がかかっている者も多い。
一方の俺は、軽く右手を掲げるだけで魔力を流し、無詠唱で炎球を宙に浮かべてみせた。さらに指先で弾くと、炎球は花火のように弾け、淡い光に変わって消えていく。
ざわ……という小さなどよめきが教室のあちこちで起こった。
「え、あれ……無詠唱だよな……?」
「アメルノア様の専売特許じゃなかったっけ?」
「他にも、できる人……いたんだ……」
俺は特に何も言わず、手を引っ込めるだけだった。
周囲の視線は確かに集まっていたが、剣の授業のように敵意を向けてくる者はいない。魔術科の生徒は、剣より理知寄りなのかもしれない。
そうして特に波乱もなく授業は終わり、俺はふらりと中庭へと向かった。
初夏の陽光が心地よく、緑の芝が広がる中庭には、柔らかな風が吹いている。
俺は木陰の一角に腰を下ろし、草の匂いと鳥の声に包まれながら、自然とまぶたが落ちていく。
──気づけば、眠っていた。
「────ねぇ、ちょっと……おい。」
(……うるさいなぁ……せっかく気持ちいいんだから、寝かせてくれよ……)
ぼんやりとした意識のまま、手をひらひらと振って声の主を追い払おうとする。
……が、その瞬間。
「チッ……!」
小さく舌打ちの音がして──
ばしゃっ!
冷たいものが顔を直撃した。
思わず跳ね起きる。水だ。しかも結構な量。
「ぶはっ──おい!なにすんだよ!」
びしょ濡れの顔を拭いつつ、俺は声の方を睨む。そこに立っていたのは、見慣れた銀髪の少女──アメルノア。そしてその後ろには、いつものようにルシルゼーレが控えていた。
「なんだよ、アメルノア……用でもあったのか?」
俺の問いに、アメルノアは呆れ顔で腰に手を当てて答える。
「なんだよ、じゃないわよ。あんたいつまで声かければ起きるのよ。全然反応しないから、水かけたの。」
「うわ……ひど。そりゃ寝てたんだから仕方ないじゃん」
「言い訳はいいの。……それより、あんたが魔術の授業で“無詠唱魔術”使ったって噂、ほんとなの?」
「ああ、それね。うん、使えるよ。無詠唱」
俺が肩をすくめて答えると、アメルノアは一瞬驚いたような顔をした後、ふっと口元をほころばせて笑う。
「……へぇ。去年のトーナメントは退屈だったけど、今年は少しは楽しめるかもしれないわね」
その言葉を残し、 黒紫の髪をひるがえしてアメルノアとルシルゼーレは去っていく。
去り際にルシルゼーレが「フフ」と微かに笑ったのが気になるが……
残されたラインハルトはベンチに再び体を預け、太陽を仰ぎ見ながらぽつりとつぶやいた。
「……ま、悪いやつじゃあ無いな。」
そうつぶやいて目を閉じ──
「………………と、思ったけど……」
ズン、と身体に不快な感触。
「パンツまでびしょ濡れじゃねーかー!!」
中庭にラインハルトの絶叫が響いたが、すでにアメルノアたちの姿はどこにもなかった。




