第43話 特待生クラス
学院長チェゼフから特待生合格と言われてから一週間。
その日、ラインハルト・ファーレンガルトは、ついに学術院の門を正式にくぐった。
身にまとうのは、届いたばかりの特待生専用制服。
光沢のある黒地に、銀糸で施された意匠。剣術コースの深紅でも、魔術コースの紺でもない――高貴な白と漆黒の二色が織り成す、唯一無二の装い。
白銀の装飾が胸元や袖に刻まれ、背中には特待生の証である学院紋章。
帯剣していても窮屈さはなく、仕立ては極上だ。
ただ歩いているだけで、その制服は人目を引いた。
「え、あの制服……特待生じゃない?」「今年の特待生は一人って聞いたけど、あの子?」
「ちょっと可愛くない?絶対モテるでしょ……」
「うわぁ、目合った!」
通りすがる剣術コースや魔術コースの生徒からもちらちらと視線を向けられ、縫製科や薬草学科など、専門コースの生徒たちからはあからさまな好奇の目で見られる。
(……特待生ってこんなに注目されるんだな。ちょっと気恥ずかしい)
派手な行動をしたわけでもないのに、目立つ。
特待生というのは、存在そのものが“異質”なのだと実感するには十分だった。
「ラインハルトくん、こっちこっちー!」
人波の中、栗色の髪を揺らしながら手を振ってくれたのは、特待生クラス担任のシェルメラ・トレンタス。
朗らかな笑みと、肩肘張らない態度。剣術も魔術も中級ながら、人格面で高く評価されている教師だと聞いている。
「おはようございます、先生」
「うん、制服似合ってるじゃない。かっこいいわよ」
「ありがとうございます。ちょっと目立ちすぎてますけど……」
「それが特待生ってものよ。剣術でも魔術でも、みんなから“何か違う”って思われて当然なんだから」
軽くウィンクしながらそう言って、シェルメラはラインハルトを特待生棟へと案内する。
普通の教室棟とは異なる、重厚な木製の扉。その奥――五人しか存在しない特待生クラスの教室がある。
シェルメラが扉を押し開けると、光が差し込む静かな教室と、その奥で窓辺に佇む姿が見えた。
金の髪に、整った横顔。燃えるような意志を宿した紅色の瞳。
「……え?」
思わず、声が漏れた。
「イーディス……?」
彼女は、ゆっくりとこちらに振り返る。
「おはよ。十日ぶりくらい?」
「まさか……イーディスも特待生だったの?」
「ちょっとだけ、驚かせたくて黙ってたんだ。許して?」
どこか楽しそうに、子供の頃のような笑顔を見せる。
俺は唖然とした表情のまま、やがて笑い、息を吐いた。
「……驚いたよ」
イーディス・ヴァルキュリア。
戦女神の末裔にして、剣の才に恵まれた侯爵令嬢。幼い頃、何度か剣を交えたことのある“幼なじみ”そして十日前、王都に到着した時彼女と再会したんだ。
「はいはーい、おしゃべりは後にして。じゃあ自己紹介タイムにしましょうか」
担任のシェルメラがぱん、と手を打って教室の空気を引き締める。
「じゃあ、左の席から順番にお願いね。トップバッターはエルトリオくん!」
「りょーかーい」
静かに立ち上がったのは、窓際の一番奥――金髪碧眼の少年だった。背筋は真っ直ぐ、整った顔立ちに自信の色を浮かべながら、堂々と前を向く。
「エルトリオ・アークライト。十五歳の特待生三年目!」
一言ひとことをはっきりと、そして誇らしげに。
「剣術は、西方剣が上級、東方剣が中級。そして魔術も上級だ。どれも手を抜くつもりはない」
そう言いながら、一瞬だけこちらに視線を向ける。静かだが、鋭い探りを含んだ目だった。
「――そして俺は、“勇者の末裔”だ。その誇りを背負ってここにいる。よろしくな!」
堂々とそう言い切ってから、エルトリオは静かに席へと腰を下ろした。
(勇者の……末裔?)
ラインハルトが内心で驚きを隠す間もなく、次の人物が立ち上がる。
「アメルノア・ランカスターよ。十三歳で特待生二年目」
声の主は、腰まで届く黒紫の髪を揺らす少女。髪とおなじ色の瞳が鋭く輝き、彼女自身が持つ“格”を自然と感じさせる。
「魔術では王国一だと自負しているわ。無詠唱魔術を唯一私だけ使える。」
挑むような目で俺を見る。まるで、“あなたにはできないでしょ?”と問いかけるように。
(魔術に対する自負……か。)
アメルノアはそれ以上は語らず、静かに席へと戻った。
その隣、銀髪の青年がふわりと立ち上がる。
「アメルノア様に仕えています、ルシルゼーレ。二年目です」
それだけで、終わり。柔らかな笑みを浮かべたまま、席へと戻る。
(……少なっ! けど、なんか妙に印象に残るな。
しかもめっちゃイケメンだ……)
優雅で、どこかつかみどころのない雰囲気を残しながら、次の人物へ。
「イヴ・ヘンダーソンです。十五歳の特待生二年目。魔術は中級。座学が好きで、特に戦術とか、数字を使う分野が得意です」
眼鏡を軽く上げながら語るその様子は、控えめながら知的な印象を与える。
そして、いよいよ隣の少女が立ち上がる。
「イーディス・ヴァルキュリア。十五歳、三年目よ」
それだけ。余計な言葉はない。まぁ今更自己紹介する間柄でもない。
(……あっさりしていてイーディスらしいな。)
俺は少しだけ笑った。
「はい、じゃあ最後にラインハルトくん。お願いね~」
シェルメラの合図に、俺は一歩前へ出た。皆の視線が一斉に集まる。だが、それを真正面から受け止め、落ち着いた声で口を開いた。
「ラインハルト・ファーレンガルトです。十二歳」
一言置いて、続ける。
「魔術も剣術もどちらもそこそこできる方だと思ってます。」
控えめながら、余計な謙遜はしない。自分の実力を、正直に語った。
「まだまだ未熟ですが、学べることを楽しみにしています。どうぞよろしくお願いします」
簡潔で真っすぐな挨拶。しかし、それがかえって好印象を残したようだった。
「はーい、ありがとー! さっすが、みんな特待生だけあって頼もしいわね」
満足げに頷きながら、シェルメラは手を打つ。
「じゃあ今日は軽めの顔合わせと、施設の案内をしていくからね~。ラインハルトくんの席はそこね。空いた時間にでも話して仲良くなってね!」
と、明るくそう締めくくったところで、教室内にわずかなざわめきが戻ってくる。
エルトリオが俺に近づき肩を寄せて、ひそひそと話しかけてくる。
「お前……イーディスと知り合いだったのか?」
「はい。友達です。」
「へぇ。まあ気をつけた方がいいぞ。イーディスはな、ファンクラブがあるし下手に距離が近いと目立つからな」
「……まじで?」
「まじまじ。高嶺の花とか言われてるぜ。あと、アメルノアにはちょっかいかけない方がいいぜ。あいつしつこい奴には容赦なく魔術ぶっぱなすからな……」
エルトリオは経験したような口調で警告してくる。
「心得ておくよ」
思わず苦笑した俺は少ししてシェルメラに施設の案内をされ教室の自分の席に座ると
「はい、それじゃあー……履修選択のお時間だ!」
シェルメラが、どこか嬉しそうに紙の束を配り始める。
「特待生の皆は優先枠もあるから、しっかり考えて選んでね。剣術と魔術のどっちか必修だから、そこから最低二科目ずつ。他に自由選択もあるから、バランスよくねー」
机の上に履修票と講義一覧が配られる。ぱらりと捲って、中身を確認する。
(こんな感じか……)
剣術の必修は四科目、それは四方剣の東方・西方・南方・北方剣だ。
魔術は必修二科目で五属性と術式学が必修だ。
(剣術は、西方と南方にしよう)
セレーネと過ごした修行の日々を思い返す。どちらも体に馴染んでいる剣術だった。
西方剣は堅実な構えと歩法、南方剣は流れるような連撃と柔軟な発想。
西方剣は土台、南方剣は応用に使える。
(魔術は……五属性と、術式学)
五属性は全てを高水準でこなせるが、必修科目なのと専門科目はまずこれを取らないとならない。
術式学の方は陣や結界の知識も含まれていて、幅広く応用できるだろう。
そして自由枠をいくつか選べる。手元の一覧を眺め、すぐに目を止める。
(戦術戦略学――フランツ・アーヴィン卿か)
かつて王国騎士団長を務め、蜂起鎮圧戦や辺境の戦線で多くの戦功を挙げ、引退後に子爵の位を叙勲した近代の英雄。
実戦に基づいた戦術理論を学べるなら、取っておいて損はない。
決めた四科目と戦術戦略学、それに軽めの講義を一つ添えて履修票に記入し、提出箱へと差し込んだ。
どれも、必要なものだ。
学べるものがあるのなら俺は徹底的に吸収したい。
静かに席へ戻り、周りもそれぞれ終わった頃。
「それじゃあー!」
再びシェルメラが声を上げた。今度は小ぶりの冊子を手に、教室内を軽やかに歩いている。
「来月は学院祭と合わせて《学術院トーナメント》があるからねー。勇者杯、戦神杯、賢者杯、それぞれの案内を配るよー!」
ぱさぱさと音を立てながら、冊子が各机に配られていく。
手元に届いた表紙には、確かに三つの大会名が印刷されていた。
(……学術院トーナメント、か)
小首を傾げながらページを捲る。どうやら学院内で開かれる、対戦形式の大会らしい。
「その顔を見るに、大会のことあんまり知らないでしょ」
隣からイーディスの声がして、顔を向けると、彼女は軽く頷いた。
「簡単に言えば学院内のトーナメント戦よ。王家、騎士団、魔導師団、それに諸侯の関係者も観戦に来る、学院最大のイベント」
「なるほどね……で、これは?」
冊子の中身を指さすと、イーディスが人差し指を一本立てる。
「三つの杯、全部対戦形式。勇者杯は剣術も魔術も何でもありの総合戦。戦神杯は剣術のみ。賢者杯は魔術限定」
「全部出られるの?」
「もちろん。むしろ、出られるなら出た方がいい。注目されるし、推薦や進路にも関わってくるわ」
「ふぅん……」
視線を紙に戻す。
大会形式は明確で、舞台には入試でも使った魔道具による保護結界が施されるらしい。
全力を出しても命の危険はない――つまり、本気でやり合えるってことだ。
「勇者杯はエルトリオが二連覇中。戦神杯は、私が二連覇中。そして……」
「賢者杯は、アメルノアだな」
王国一を自負していて、無詠唱魔術を使えるって言っていた子。たしかに、入学前から噂になってた。
「去年、圧倒的だったの。決勝では、相手が魔術を放つ隙すらなかったくらい」
イーディスがそう言って肩をすくめる。
「つまり、君たち三人は、それぞれの杯の王者ってわけか」
「うん。でも、三連覇はさせないでしょ?」
軽く笑いながら、挑戦を歓迎するような眼差しを向けてくる。
俺は冊子を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
(……面白くなってきた)
出場資格があるのなら、迷う理由はない。
学びの場でありながら、実戦の場でもある。
ならば、力を試すにはこれ以上ない舞台だ。
「三つとも、出るよ」
「ふふ……楽しみになってきたね」
イーディスが口元を綻ばせながら、視線を冊子へと戻す。
――その後、提出箱へ向かい、三つの大会の参加票を差し込んだときだった。
前にいたシェルメラが、ぱん、と手を叩いた。
「はーい、全員提出確認! じゃあ今日はこれで解散~!」
教室内のざわめきが一気に広がる。
生徒たちは談笑しながら、それぞれ帰り支度を始めていた。
俺もそれに続いて腰を上げた、その時だった。
すっと、横に気配が寄ってくる。
「大会……絶対負けないからね!」
イーディスが笑いながら言ってくる。
「俺も、負けないよ」
「うん! お互いがんばろう!」
「期待を裏切らないようになんとかやるさ」
そう笑い返すと、イーディスは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、またね」
そう言い残して彼女が歩き去った直後、後ろから重たい気配が近づいてくる。
肩を回しながら現れたのは、エルトリオだった。
「俺も勇者杯、三連覇がかかってるからな。全力で来いよ」
「ああ。お互い、楽な道にはならなさそうだな」
「そんくらいが丁度いいさ」
軽く拳をぶつけるように、言葉を交わすだけのやりとり。
それでも、互いの覚悟は通じている。
エルトリオもまた、教室を後にした。
残された俺は、静かになった教室をゆっくりと見回す。
(授業に大会。やることは多いが……)
でも――それが悪い気はしなかった。
選んだ道は、すべて自分の糧になる。無駄にはしない。
そう胸の中でひとつ、言葉を置いてから。
俺は静かに、教室を後にした。




