第42話 試剣
重厚な金属の音が、静まり返った修練場に響いた。
スラリと剣が抜かれる音。
それは模擬戦では決して響かない、実戦そのものの“命のやり取り”の音だった。
武舞台に立つのは俺と、レオルデ卿。
学院長チェゼフの言葉によって始まった剣術の試験。
それは、簡易な模擬戦などではなく、“本物の剣”を手にしたうえでの勝負だった。
「どうぞ、遠慮なく来ていただきたい。これもまた試験ですので」
レオルデ卿が静かに構える。
西方剣――騎士の正式な流派。無駄のない、寸分の狂いもない構え。
その姿は、熟練の剣士が醸し出す威圧感に満ちていた。
俺も剣を抜く。腰に帯びていたのは、導魔杖ではなく、鉄の実剣。
魔術の力は借りない。これは、剣士としての試験だ。
「始め──!」
チェゼフの短い合図とともに、空気が変わった。
一瞬、息を飲むような静寂ののち、地を蹴る音とともに、レオルデ卿が踏み込んできた。
──速いッ
予備動作なしの刺突。槍のように突き出された剣を、ギリギリで受け流す。
キィィンッ!
鋼が弾ける音が響き、俺の剣がわずかに軋んだ。
一撃の重みが常人のそれではない。だが――
「……なるほど、手応えがあるな」
レオルデ卿が微かに唸る。
剣を返すようにして回転し、上段からの二撃目を放つ。
俺はそれを見切り、身体を引いて間合いをずらすと、逆に踏み込む。
そして、反撃。
刃が風を切る音が鋭く走る。速度も、力も――抑えていない。
「……ッ!」
受け止めた瞬間、レオルデ卿の腕がわずかに震えた。
「この剣圧……少年の剣ではない。鍛え上げられた、それも異常なほどに……!」
さらに打ち合う。三合、五合、七合。
レオルデ卿の剣筋は洗練されていた。動きの全てが理に適い、隙もない。
だがそれでも、俺の剣はその上をいった。
彼の刃を外し、捌き、潰す。
剣筋を、圧で飲み込んでいく――そのたびに、戦場に金属の叫びが響いた。
「……あしらわれている……この私が……!」
レオルデ卿の額に汗が滲む。
チェゼフが独り言のように呟いた。
「ほう……レオルデ卿は王都の騎士団においても“上級”の中で一目置かれる実力者……その彼を、まるで手玉に取っているとは……やはり只者ではありませんな」
息を整えながら、レオルデ卿が視線を上げる。
戦意は消えていない。むしろ、その眼は鋭さを増していた。
「ならば……これが最後の一撃だ!」
構えを低く取り、鋭い踏み込みとともに、渾身の斬撃。
剣が風を裂く音が唸りを上げる。
だが――
「遅い」
俺の声が届いた瞬間には、すでに動いていた。
踏み込み、剣を振り抜く。
バチィィンッ!
レオルデ卿の胸部に張られたバリアが、赤く点灯した。
致命傷をくらわせた証、そしてしばしの沈黙。
やがて、レオルデ卿が息を吐き、剣を地面に突いて頭を垂れた。
「……完敗だ」
そして顔を上げ、まっすぐこちらを見る。
「少年……いや、ラインハルト殿。剣筋、速さ、重さ、全てが一級品だった。私が騎士団で幾多の戦場を越えてきた経験さえ、通じなかった」
剣を静かに鞘に収め、胸に手を当て、礼を取る。
「対戦、感謝する。」
その言葉を聞いたチェゼフが静かに拍手を送った。
「いやはや、素晴らしい……文句なしの剣技でしたよ、ラインハルト殿」
「ありがとうございます」
俺も剣を納め、軽く一礼を返す。チェゼフは感心したように笑みを浮かべながら近寄ってくる。
「さて、これにて入学試験は終了です」
そう言って、わずかに姿勢を正すと、どこか儀礼的な口調で続けた。
「ラインハルト・ファーレンガルト殿――セントリア学術院、特待生としての合格を、ここにお伝えいたします」
「……ありがとうございます」
思わず言葉が出ていた。既に招待を受けていたとはいえ、こうして正式に言われると気が引き締まる。
しかし、チェゼフは少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「もっとも、合格そのものは特待生としてお約束されていたものですが……やはりこの実力を見てしまうとね。あえて、こうして言わせてもらいたかったのですよ」
俺も思わず苦笑する。
「……なるほど、粋な計らいというやつでしょうか」
「フフ、恐縮ですな。では、今後の流れについてご説明いたしましょう」
チェゼフは踵を返しながら、修練場を後にするように促す。
「特待生の皆さんは、一週間後より“特待生クラス”での授業が開始されます。基本的な講義内容は、すべて“単位制”で組まれており、必修科目に加えて、自由に選択できる授業を履修していく形になります」
「単位制……なるほど」
「ですが、一つ補足しておきましょう」
廊下を歩きながら、チェゼフがふと指を立てて俺を見る。
「本来なら特待生は剣と魔術の適性を入学試験で測り、より秀でた方を“必修科目”とします。そうして特待生の各生徒を“剣術コース”あるいは“魔術コース”に割り振るのが通例なのです」
「ふむ……」
「ところが、あなたの場合は……剣でも、魔でも、いずれも我々の基準をはるかに超えてしまった。ゆえに、どちらを“必修”にするかを決めるのは、逆に我々の越権というものでしょう」
チェゼフは足を止め、真顔で言う。
「ですから、あなたは例外として、剣術も魔術も自由に学べる形とさせていただきました。学院の歴史でも極めて稀な措置です。……もっとも、その例外措置を受けている者がもう一人特待生クラスいますが……」
「なるほど、光栄です」
そう応えながら、ほんの少しだけ胸が高鳴るのを感じた。
やがて寮の入り口にたどり着く。チェゼフは手慣れた様子で案内しながら尋ねた。
「ところで、学院寮はご利用になりますか? 特待生専用の個室が用意されておりますが」
「ええ、使わせてもらいます」
「承知しました。では、お部屋までご案内いたしましょう」
建物の奥へと進み、俺専用となる部屋に通される。広すぎず狭すぎず、寝具と机、収納棚が整った清潔な空間だ。初めて訪れるはずの部屋なのに、どこか落ち着く気配がある。
「あと一つ。制服のサイズを伺ってもよろしいですか?」
「……だいたい、上はM、下はLですね」
「承りました。では、制服一式は三日後にこちらのお部屋にお届けいたします。準備が整えば、あとは初日の授業を待つのみです」
チェゼフが満足げに頷きながら笑う。俺は部屋の中を見回しながら、ぽつりと呟いた。
「……一週間後には、学べるのか。学術院で」
言葉にして初めて、その現実感が胸に沁みてきた。
王都の学び舎で始まる新たな日々に、少しだけわくわくしている自分がいた。




