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第40話 試される者

 昼前の陽の光が石畳に反射して眩しい。王都の中央通りは人々で賑わっていて、昨日の騒然とした空気なんてまるで嘘みたいだった。活気と喧騒が街を包んでいた。


 俺はというと、そんな街を特に目的もなく、ふらふらと歩いていた。


 初めての王都ってことで観光気分で歩いていた。屋台で買い食いしたり、気になる露店を冷やかしたり……まぁ、それなりに楽しい。


 ――ただ、さっきから少し気になることがあった。


 後ろから気配がついてきている。最初は気のせいかとも思ったけど、右に曲がり左に曲がりしても、気配は途切れない。


 痺れを切らして振り返ると、案の定だ。

 長身でラフなローブ姿の男が、「バレた?」って顔をしながら、ひらひらと片手を上げて近づいてくる。


 外套の下からちらっと見えた銀の紋章――王都直属の魔導師団。間違いない。


「……どちら様ですか?」


 俺がやや警戒を込めて問うと、男は気軽な調子で答えた。


「おっと失礼。俺はザカリー、王都魔導師団の下っ端さ。ま、そんなに堅苦しく思わなくていいよ」


 とぼけた顔をしながら、ザカリーと名乗った男は自然と俺の隣に並んで歩き始める。


「……なんで声もかけずに、ずっとついてきてたんですか?」


「いやなんか、密偵みたいで面白そうだったから?」


 こいつ軽いな、と思いながらも無視できるタイプでもなさそうだ。


 「で、用件はなんですか?」


「お、話が早いね〜。昨日の近衛騎士団の報告を聞いた王様が、君にちょっと興味を持っちゃってさ」


「あー……タイラントワームの件ですね」


「そうそう。地方のギルドで少し名を上げてた少年が王都に来ていきなり大活躍。しかも“褒賞はいらない”とか言ってたらしいじゃん?」


 俺は小さく息を吐いて、面倒事だろうなと察した。


「それで、何が言いたいんですか?」


「うん、まぁ簡単に言うと──君の実力を確かめてみたいんだとさ」


 ザカリーは不意に少し真面目な顔になって、前を見ながら言った。


「王都から歩いて三刻くらい離れた森に、“ティアマト”の目撃情報があったんだよね。で、それを討伐してもらえないかって依頼。王様からの“お願い”って形でさ」


「ティアマト……龍ですか?」


「いやいや、名ばかりの黒い大トカゲ。でかいし強いけど、まぁタイラントワームと同格くらいかな。ギルド基準ならダイヤモンド級ってとこ」


「へぇ……」


 俺が興味なさげに返すと、ザカリーは肩をすくめた。


「一応、王命ってことになってるけど――断っても大丈夫……だと思う。そしたらギルドの方に横流しするし」


「……断ったら反逆罪とかになりませんよね?」


「どうだろうね? そこは俺も分かんないけどさ。とりあえず報酬は小金貨八枚。ティアマトの討伐としては少しお得な額ってとこかな?」


 俺はその場で立ち止まり、少し考える。


(ほら見ろ、やっぱり面倒事じゃないか)


 ザカリーは俺の反応を見ながら、いたずらっぽく人差し指を立てた。


「ま、君が本当にヤバそうだったら俺も手助けするし? なんなら魔導師団の補佐を二、三人つけてもいい。……いや、できれば単独で倒してくれた方が報告的には楽なんだけどさ~」


「……つまり監視役ってことですよね?」


「ははっ、バレたか」


 軽い口調に騙されそうになるが、目は笑っていなかった。俺の力を見極めに来た――それは確実だった。


「まぁ、やってくれると俺としても報告が楽になるし、君も“反逆罪”とか気にしなくて済む。だからお願い……ね?」


 ほとんど脅しみたいな言い方だな……とは思いつつも、俺はしばらく沈黙してから、ふっと肩をすくめて頷いた。


「……まぁ、暇でしたし。やりますよ」


そう言って目撃場所に二人で歩いて行ったのだった。




─────


昼前の陽光が樹間を白く照らし、苔むした古道に点々と影を落としている。王都から歩いて三刻ほど、目撃情報のあった深い森の奥に、俺はようやく足を踏み入れた。


「ここが……ティアマトのいる場所か」


ローブ姿のザカリーは肩をすくめながら、無造作に俺の隣をついてくる。王都魔導師団の下っ端だという彼は、どこか好奇心たっぷりな顔をしている。


「そろそろ目撃地点だよ」


俺は頷き、導魔杖をそっと取り出す。森の静寂が、俺の鼓動を際立たせる。


──と、そのとき。


地面が低く唸り、目の前の茂みが激しく震えた。次の瞬間、黒い巨体が飛び出してくる。全長十メートルを優に超える、蜥蜴に似た魔獣。漆黒の皮膚に細かな鱗が光り、裂けた口からは低い咆哮が漏れる。


「こいつか……」


そう呟いた時ザカリーはすぐに木陰に身を隠し


「じゃあ危なくなったら助けにはいるから!とりあえず一人でやってみてくれよ」


言葉を聞き終えた俺は一歩退き、杖に魔力を集中する。ティアマトの体内に渦巻く魔力が、皮膚の下で泡立つように震えているのが見えた。


ティアマトが地を割って突進してくる。地面が抉れ、飛び散った土塊がこちらに降り注ぐ。


「まずは足止めだ」


杖を払うと地中に走らせた魔力が瞬時に収束し、ティアマトの前脚を狙って結晶の柱が立ち上がる。ごつりと固い音を立てて足が貫かれ、咆哮とともに動きが鈍った。


しかし、怯まずに飛び上がってきたティアマトを、俺は跳躍してかわす。木々の間を滑るように着地し、素早く杖を振る。


蒼い魔力が空間に咲き、一点から炎の粒子が迸る。ティアマトの背に炎が突き刺さり、黒い鱗がぱちりと音を立てて焼けた。


「効いてるな……」


だが油断はできない。魔力を爆ぜさせるように、連続して小さな火球を練り、同時に撃ち出す。一つは左肩、もう一つは腹部。二つの爆裂が連動してティアマトを押し返し、その巨体が浅い溝を刻みながら後退していく。


今だ。


魔力を練り、重ね、束ねる。杖先に風の渦と熱が螺旋を描いて絡みつく。


ティアマトが咆哮とともに突っ込んできた瞬間、魔力を解放。風が砕け、炎が唸り、光の奔流が一直線にティアマトの胸部を貫いた。

轟音が森を震わせ、そのまま魔獣は大地へと崩れ落ちる。


倒れた巨体の向こうで、木々がざわめき、森が息を吹き返す。


俺は杖を背に戻し、額の汗を拭う。まだ体が熱を帯びていたが、内から満ちる感覚に、少しだけ達成感があった。


「……終わったか」


後ろから軽い足音。振り返ると、ザカリーが腕を組んで立っていた。


「見事だったよ。本当に単独で片付けちゃうとはな。王様への報告が楽しみだね」


「余計な脚色はやめてくださいよ?」


息を整えながら、俺は小さく笑う。


「これに剣術が加われば、タイラントワームくらい余裕ってわけか。 さ!あとは俺が“王様の前で君が本物だった”って伝えるだけさ」


「……まぁ、盛りすぎないようにお願いしますよ」


ザカリーは肩をすくめて笑い、森の出口を指さした。


「帰ろう。俺の仕事は“見届けること”だからな」


そんなやり取りを交わしながら、俺たちは木漏れ日の射す森の奥をあとにした。




王都の門が見えてきた頃には、すっかり陽も傾いていた。

舗装された道の上を歩くたび、霊峰の硬い岩肌や森のぬかるみとは違う感触が足に伝わる。


「ここまでだな」


王都の門前で足を止めたザカリーが、こちらを向いて言った。


「王宮は俺ひとりで行く。君はギルドで特別報酬の申請だけ済ませておけばいい。二日後には受け取れるだろ。」


「では……お世話になりました」


俺がそう言うと、ザカリーは一拍おいて、肩をすくめた。


「たいして何もしてないさ。俺は見ただけ……だけど、“見た”っていうのは結構、重い責任なんだぜ?」


そう言って、彼は振り返ると、王都の門へと歩き出す。

その背をしばらく見送ったあと、俺もゆっくりと別の道へ足を向けた。




王宮・ザカリー視点──


謁見の間に足を踏み入れた瞬間、すでに王は玉座の上で待っていた。

金糸の織られた衣の裾が静かに揺れ、冷ややかな眼差しがこちらを射抜いてくる。


「よく戻ったな、ザカリー。……あの少年の件、どうだった?」


開口一番、それだった。

まるで、ティアマトなどどうでもいいと言わんばかりに。


「はい。ご命令どおり、同行し、実力をこの目で確認してまいりました」


王はわずかに口元をほころばせた。


「ほう……では、どうだった?」


ザカリーは短く息を吐き、顔を上げる。


「正直、驚きました。無詠唱にして術式構築の精度と応用力は見事。瞬時の判断も冴えており、戦場での実践経験が伺えます。……実力も、才能も、私以上です」


その言葉に、王の瞳がわずかに細くなった。


「……ふむ。齢三十にして魔導師団長となったお主が、そこまで言うとはな」


王は玉座から静かに立ち上がり、階段を二段だけ下りる。


「余の目に狂いはなかったようだな。昨日、騎士団が持ち帰った報告を読んだときから胸が躍っていたのだ。……そして、お主を使って試させた」


「光栄にございます」


ザカリーが膝をついて頭を下げると、王はゆるやかに踵を返し、再び玉座の方へと戻っていく。


「名は、しかと記した。ラインハルト……か。面白い。王国にとって“柱”となれる者ならば、歓迎しよう」


そう呟いた王の口元が、わずかに笑みに歪んだ。


「ふっ……褒美は追ってやろう。下がって良いぞ」


「はっ」


ザカリーは深く頭を下げ、静かに背を向けて歩みを進める。

その背中に、王の声音が小さく届いた。


「……学術院戦で実物を見るのが楽しみであるな」




──このときラインハルトはまだ知らなかった。

己の知らぬところで運命の歯車が静かに周り始めていたことを。

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