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第5話 魔術の基礎と世界の基礎

翌日朝食を終えた頃、ライラが言った。


「ハルト、今日の午後、少し時間あるかしら?」


「うん。剣の稽古も午前中で終わりだし、大丈夫だよ」


「そう。じゃあ裏庭に来て。魔術の基礎と、世界についてちゃんと教えておきたいから」


それは、少し緊張する言い回しだった。でも、どこか嬉しそうなライラの表情に、俺は自然と笑みを返していた。


* * *


午後。春の陽射しが優しく降り注ぐ庭先で、ライラは木陰に敷かれた布の上に腰を下ろした。俺もその向かいに座る。


「まずは……魔術のことから話しましょうか」


ライラは穏やかにそう切り出した。


「この世界には、五つの基本属性の魔術が存在するの。『火』『水』『風』『土』、そして『生命』」


「生命の魔術……?」


「ええ。以前は『治癒の魔術』とも呼ばれていたけれど、最近は“より広い意味を持つ”ということで『生命』と呼ばれるようになったのよ。治癒や再生、毒素の除去、命の循環に関わる力ね」


ライラはそう言いながら、地面に指で五つの丸を描いた。まるで五芒星のような配置だった。


「火は攻撃性に優れ、水は応用力が高く、複合魔術には欠かせないわ。風は速度や探知、移動補助に。土は防御や強化に。そして生命は支援と治癒に特化している。これが基本」


「なるほど……」


「たとえば、水の初級魔術は《アクア・ドロップ》。これは水を発生させる簡単な魔術。次の段階が《アクア・ランス》。鋭い水槍を生成し、攻撃に使えるわ」


母さんは静かに詠唱を始めた。


「――清き水よ、我が力に応え、その姿を槍と為せ。《アクア・ランス》」


彼女の掌に魔力が集中し、そこから勢いよく一本の水の槍が現れ、空気を切る音を立てて数メートル先の木に突き刺さった。


「……すごい」


「あなたは3歳で中級魔術を成功させた。これは、本当にとんでもないことなのよ」


俺は小さく息を呑んだ。自覚はあった。でも、母さんにそう言われると、やっぱり……嬉しい。


「五属魔術には、それぞれに発展段階があって、初級、中級、上級、伝説級、そして禁忌級に分かれているの。特に禁忌級は、使うだけで命を削るようなもの。魔族との大戦でも使用された記録があるわ」


「魔族との大戦……?」


「ええ。千年前、人族と魔族は大規模な戦争を起こしたの。それは五大陸全体を巻き込み、世界の形すら変えてしまうほどの大戦だった。今でもその爪痕は各地に残っているわ」


母さんは、少し悲しそうに空を見上げた。


……もしかして、これが“血塗られた世界”ってやつ?

その言葉が頭の中にふっと浮かんだ。


「だからこそ、魔術は力だけじゃなく、責任を学ぶことが大事なの。わかる?」


「うん……うん、わかるよ」


俺の神妙な面持ちを確認するとライラは話題を変えた。


「さて、次は世界の構造についても教えておかないとね。生きていくためには必要な知識だから」


そう言って、地面に大きな円を描いた。その周囲に五つの大陸の名前を記す。


「この世界には五つの大きな大陸があるの。そして中心には《魔大陸》という第六の大陸があるわ」


「魔大陸……?」


「そう。現在は魔族が支配している謎の多い大陸。でも、その周囲にあるのが五大陸。シェベル、カツェン、マールドニア、ギルギニア、グラストニア」


「それぞれ、特徴とかあるんだよね?」


「ええ。まず《シェベル大陸》。草原が広がる穏やかな土地で、人族のアルセーヌ帝国が存在するわ。文化と騎士道が栄えているの」


「《カツェン大陸》は砂漠地帯。国家はないけれど、いくつもの都市国家や集落があって、魔族も多く暮らしている」


「《マールドニア大陸》は雪原の地。アーロン王国が支配していて、人族の中でも特に魔術の研究が盛んよ」


「《ギルギニア大陸》は自然が豊かで、獣族が多く住む獣王国がある。彼らの身体能力と独自の戦技は、人族とは異なる進化をしているわ」


「そして、最も小さな《グラストニア大陸》。まずハインツ王国があって私たちが住むスミカ村もその一部。田舎だけれど、静かで暮らしやすいところよね」


俺はうなずいた。この村の静けさと、家族と過ごす日々が、どれほど大切か……あらためて実感する。


転生する前は家族との間に厚い隔たりがあったから……


「ハインツ王国の他にも聖王国があるわ。」


聖王国、この世界にも宗教は存在するのだろうか、1度行ってみたい気もする。


「……それにしても、母さんが元冒険者だったって話、こうして聞くと実感わくなぁ」


「ふふ、昔はね。あちこち旅して、いろんな魔術も使ってきたけれど……今は母親として、あなたの成長を見る方が楽しいのよ」


「……ありがとう、母さん」


「どういたしまして。明日からは、五属の初級魔術を一つずつ、実際に試してみましょうか。火、水、風、土、生命。全部基礎からね」


「うん! 楽しみにしてる!」


陽射しの下で、母さんの笑顔は柔らかくあたたかかった。




そうして俺は、午前は剣の鍛錬、昼はライラと一緒に魔術、社会、文字、そして数学など──生きる上で必要な知識の勉強をする、そんな生活を送るようになった。


剣の稽古では、ジェスターに教わった構えや素振りを、毎朝のように繰り返している。


最初は木剣を振るだけで腕がパンパンになっていたが、今では五十本振っても、息が上がらないくらいにはなった。


「力を入れすぎるな。剣は振るものじゃない、流すものだ」


父さんの言葉の意味が、最近ようやく少しずつ分かってきた気がする。


素振りの後は体力を鍛えるために石を持って歩いたり、走ったりするのだが、これがまたキツい。


それでも、やればやるほど動きが軽くなるのがわかる。体が応えてくれている感覚が、ちょっと嬉しい。


もっとも、剣の修行後は毎回ファーレスに「もうっ、泥だらけですよ!」と怒られながら風呂に連れていかれるのだが……。


***


昼になると、ライラとの勉強の時間だ。


魔術、社会、文字、そして……一番褒められるのは数学。


出された問題をスラスラと解いていくうちに、ライラに「ハルトって天才ね」と何度も言われた。


まったく、義務教育というやつは偉大である。


***


夜は両親と一緒に寝ていたのだが、俺が寝るまで魔術教本を読みふけっているのを見かねたライラが、


「ハルトは覚えも早いし、三歳にしてはしっかりしてるから……そろそろ一人部屋にしてもいいと思うけど、どうしたい?」


と聞いてきた。


俺は即答で「一人部屋が欲しい!」と答えた。


すると、ライラは少し寂しそうな笑みを浮かべながら、


「寂しくなったら、いつでも一緒に寝ましょうね」


そう言って、俺に一人部屋をくれた。


(……本当は、ライラも寂しいんだろうな……)

母に対して少しだけ罪悪感が湧く。


とはいえ、一人部屋を手に入れたことで、夜は人目を気にせず魔術の研究に没頭できるようになった。

もちろん、成長期の体に無理は禁物なので、ちゃんと睡眠時間は確保している。


そうして魔術を探究していくうちに、俺は《複合魔術》を使えるようになった。


たとえば、火の魔術に風の魔術を組み合わせれば《温風》となり、土の魔術に水を加えれば《泥》ができる。


こんなふうに、属性を組み合わせることで魔術には無限の可能性があるとわかったのだ。


午前は剣、昼は魔術と勉強、夜は研究と魔力総量の底上げ──そんな日々を重ねるうちに、俺は着実に成長している。


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