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第38話 紅と黄金の剣閃

南門の広場に辿り着いたイーディスは、息を呑んだ。


門の手前――砕けた石畳の中に、巨大な黒き影がうごめいている。

タイラントワーム。漆黒のその巨体は、まるで丘が蠢いているかのようだった。地面を擦りながら進むその動き一つで、周囲の瓦礫が砕け、倒壊しかけの建物が完全に崩れていく。


広場の片隅には、教会の高台に逃げ込んだ市民たちが身を寄せ合っていた。悲鳴はすでに声にならず、幼子の泣き声と、必死に祈る老女の低い嗚咽だけが聞こえてくる。


「……絶対に、助ける……!」


イーディスは無意識にそう呟くと、剣を腰に確かめながら、教会の前に身を躍らせた。瓦礫を飛び越え、割れた街灯の間を駆け抜け、咆哮に負けず声を張り上げる。


「皆さん、私があの魔獣を引きつけます! 準備ができたら、その隙に王都中央へ逃げてください!

 東と西の門にも、同じ魔獣が現れています。慎重に、それでも迅速に避難してください!」


イーディスの叫びは、恐怖に縛られていた人々の心に届いた。

誰かが震える声で「……イーディス様……」と呟き、それが合図になったように、人々はわずかに顔を上げる。


「ヴァルキュリア侯爵令嬢、あれは……タイラントワーム。討伐には魔術師の軍団が必要なはず……!」


「炎が弱点だったと聞いたことがありますが……」


「――あいにく、私は炎の魔術も、魔石も持っていません」


その一言に、再び人々の表情が陰った。

だがイーディスは、一歩も退かず、真っ直ぐに魔獣を見据えていた。


「……それでも、止めます。

 私は“ヴァルキュリア”。戦場に立つ者として――目の前の命を見捨る事は出来ません」


風に揺れる金髪が、夕陽に照らされ紅く染まっていく。

イーディスは剣を抜き放ち、その刃を肩に担いだ。


(魔術がなくても、やれる限りのことをする……!)


広場の中心へ踏み込んだ彼女に気づいたのか、タイラントワームの動きが止まる。

その長大な頭部が、ゆっくりとこちらを向く。


――眼はない。それでも“見られている”感覚に、背筋が凍る。

魔力か、熱か、それとも別の感覚器官か――彼女の存在を、確実に捉えていた。


突如、ワームの胴体が捩れ、地面を抉りながら突進してくる。

反射的に身を翻して回避。振動が内臓まで揺らし、石畳が砕け散る。


(こんな化け物を、正面から止めなきゃいけないのか……!)


しかし、剣を下ろす理由にはならない。


「我が血潮に宿りし紅の刃……解き放たれし刻、我が剣は雷と化す。

 ――《剣気・解放》!」


詠唱と同時に、身体から溢れ出す紅の剣気。

その光は、あたりの瓦礫の影すら塗り潰すほどに鮮烈だった。


彼女の金髪は血のような紅に染まり、紅瞳は輝きを増していった。

まさに“戦乙女”――ヴァルキュリアの名を冠する者に相応しい姿。


激しい剣戟が始まる。イーディスの剣が何度もタイラントワームの硬質の装甲に叩きつけられる。

それでも最初の十撃はかすり傷程度にしかならなかった。


(まだ……届かない。でも――)


十一撃目、先ほどの傷痕を正確になぞり、深く斬り込む。

亀裂が広がり、ついには刃が肉へ届いた。


タイラントワームがのたうち、身体を天へと仰け反らせる。

その隙を逃さず、連撃。紅の剣気を纏った斬撃が、獣の胴体を真っ二つに引き裂いた。


タイラントワームは悲鳴と言うにはおぞましすぎる絶叫をあげ、巨躯が地面に叩きつけられる音とともに響いた。


「っ、はぁ……っ、終わった……の?」


剣を杖のようにして体を支えるイーディス。

全身の力が抜け、膝が砕けた石の上についた。


広場の周囲には崩れた家々。陽は傾き、空は橙から赤紫へと変わろうとしている。

人は居ない、皆避難できたのだろう。


「……護れた、よね……。

 今の私は、あの時みたいに、無謀に突っ込んで失うような戦い方じゃない……ちゃんと、成し遂げたんだ……」


意識が少し霞む。その中で、胸の奥に浮かんだ面影。

彼に、ラインハルトに伝えたい言葉がある。


(……謝らなきゃ。今ならきっと、言えるはず――)


ズズンッ――。


突然、再び地面が隆起する。

石畳がめくれ、地中から這い出してきた二体目、三体目のタイラントワーム。

先程の絶叫はこいつらを呼ぶためのものだったのか。


「そんな……ウソ……!」


本能が叫ぶ。逃げろ、と。

だが、もう動けない。剣気の反動で魔力も体力も尽き果て、脚に力が入らない。


(……こんなところで……嫌だ……嫌だよ……)


「イヤアアァァァァァァ!!!」


もはや剣すら握れず、瓦礫に背を預けたまま絶叫する。

涙が勝手に流れ、全てが終わったと思った、そのとき。


――空が、震えた。


青空の中に、黄金の閃光。

龍の翼を持つ者――黄金のオーラを纏った“龍族”の青年が、矢のように上空から降下してくる。


その姿は、救済そのものであった。


青年は抜剣と同時にタイラントワームへ斬撃を放つ。だが、硬質な外殻にかすり傷程度しかつかない。

彼はすぐに戦術を切り替える。背に装備された導魔杖――見たこともない、複数の魔石が嵌め込まれた杖を抜き、迷いなく構えた。


「そいつ、炎が弱点です……! だから!」


イーディスの声に、彼は静かに頷き、詠唱もなく魔力を圧縮する。


二発の上級炎魔術ソル・レグナレア

紫に変化するまで高熱を帯びた魔弾が、タイラントワームの外殻を焼き焦がす。


(――あの時と同じ。ラインハルトが屍霊魔獣に放った魔術……!)


灼熱の煙が広がる中、男は剣を構える。


「龍剣技・初ノ型《裂空》」


光すら置き去りにする斬撃が放たれた。

焼け爛れた装甲に乗じた一閃は、ワームの身体を横に裂き、二体ともを両断する。


剣閃に遅れた黄金の残滓がとても美しかった。


そして灰色の肉塊が倒れ伏し、広場に静寂が戻った。


男はタイラントワームが動かなくなるのを見届けると黄金のオーラを散らして振り向きながら口を開く。


「君、怪我とかしてない?大丈夫だっ……た……?」


彼は私の顔を見た途端、不自然に言葉を詰まらせる。


そして私も、言葉を出すことが出来なかった。


数秒後ようやく口に出せた。あの名前を。


「……ライン……ハルト……?」


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