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第37話 王都とイーディス

村を出て、半日が過ぎた頃だった。


「……ふー。疲れた……」


青空の下を、ひたすら飛び続けるのは思ったよりも体力を使う。

いくつもの山を越え、谷を越え、小さな村や街を眼下に流していくうちに、空の色はすっかり昼のそれになっていた。


気がつけば、朝から一口も食べていない。

喉も乾いて、腹も鳴る。


「……そろそろ休もう」


近くの丘に降り立ち、ファーレスが持たせてくれた携帯食を鞄から取り出す。

布をほどくと、バタークッキーと丁寧に詰められた干し肉、それにほんのり香るハーブ入りのパンが顔を出した。


「……めっちゃうまそ」


一口かじれば、冷えてるのに美味しい。

しっかり味が染みていて、体の奥から力が戻ってくる気がした。


食事を済ませ、魔術で水を精製して喉を潤す。

清らかな水の味に、自然とため息が漏れた。


旅をしているような、そんな感覚がじわりと込み上げてくる。

村での毎日が、もうすでに遠い過去のようだった。


少し腰を下ろして休憩を取った後、再び立ち上がる。

空を見上げ、手を広げて風を感じる。


背中に青白い光が集まり、銀蒼の翼が再び現れる。

部分龍化で生まれたその翼が、空気を受けてゆっくりと羽ばたいた。


「……さっき越えたのがカルメンの街だから……日が沈む前には着きそうだな」


王都・セントリア。

思っていたよりもずっと早く着きそうで、思わず口元が緩む。


(……不安がないわけじゃないけど、それ以上に)


胸の奥が、高鳴っていた。

寂しさも、名残惜しさもある。けれど、新しい生活が始まると思うと、それ以上に心が踊る。


「よし、行こう」


翼を大きく広げ、風を捕まえる。


軽やかに、そして力強く。

少年は再び空へと舞い上がり、青空の彼方――王都を目指して、加速した。





一方その頃イーディスは──




正午の職人街、私は名匠ライドンの鍛冶屋に足を踏み入れた。

扉を開けると、鉄を打つ乾いた音が奥から響いてくる。けれどカウンターには誰もいない。


「すみませーん!また剣の整備お願いしたいんですけどー!」


鍛冶屋じゅうに響くように声を張ると、すぐに奥から太い返事が返ってきた。


「おーう!イーディス嬢かい?ちょっと待っててくんなー!」


「はーい、じゃあ待っとくよ〜!」


私は腰の剣帯から一本のショートソードを外して、カウンターの上に置いた。

それは、五年前、十歳の誕生日に母様から贈られた大切な剣。

けれど今では私の背丈も伸び、この剣一振りでは心許なく感じる場面も増えてきた。


残ったもう一本の一回り大きなショートソードを鞘から抜き、光の下で点検する。

刃こぼれはないか、重心の偏りはないか。無意識に視線が鋭くなる。


その時、工房からライドンさんが現れた。


「イーディス嬢、遅れてすまねぇな。整備して欲しいのはこのカウンターの、であってるよな?」


彼は今、私が手に持っている剣と、カウンターの剣を交互に見て首をかしげた。


……ちょっと紛らわしかったかも。


「はい、カウンターのをお願いします。

 お代は前と同じ、大銀貨二枚でいいですよね?」


「おう、それで構わねぇ!きっちり整備してやるから、後二刻後にでも来てくんな!」


ガハハと笑いながら、ライドンさんは剣を手に工房の奥へと消えていった。


 


二刻後。


適当に街を歩いて時間を潰し、再び鍛冶屋へ戻る。

今度は鉄を打つ音はなく、カウンターには整備された剣が置かれ、ライドンさんが椅子に腰を下ろしていた。


「イーディス嬢、出来てるぜ。確認してくれ」


剣を鞘から抜くと、研ぎ澄まされた刃が青白い輝きを放ち、細かな傷一つない完璧な仕上がりだった。


「……流石の仕事ですね!」


「たりめぇよ。腕には自信あるからな。いつでも来な!」


「ありがとう、また来るね」


礼を言って店を出る。

さて、何か食べてから帰ろう。そう思って中央通りを歩いていた、その時だった――


「大変だー!魔獣が出たぞぉ!みんな逃げろ!!」


怒号が響き、通りがざわつき始める。

周囲の人々が次々に避難を始め、あっという間に騒然とした空気が広がった。


私はすぐさま近くの時計台へと駆け出した。

普段は人通りのあるその場所も、今は誰もいない。


それも当然だ。

時計台の上から王都を見下ろすと、東・西・南の三つの門付近に、巨大な魔獣──まるで黒いミミズのような、異形の怪物が一体ずつ、暴れているのが見えた。


(あれは……三体!? 同時に!?)


東には冒険者ギルド、西には魔術ギルドがある。

ならば、それぞれの門は彼らに任せられるだろう。


だが、南門──そこには衛士の詰所がある程度。

人手も強さも足りない。


「そこだけは……私が守る!!」


私は剣の柄に手をかけると、全速力で時計台を駆け下り、南の門へと走り出した。


――その瞳は、既に戦場を見据えていた。


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