閑話 龍族の秘密の趣味
その日、セレーネはいつになく浮かれていた。
「ふふ……ついに見つけたわ、最高の“モフ耳”を……!」
彼女の腕に抱えられているのは、丁寧に手入れされた獣人族の耳飾り付き頭巾――そして極上のモフモフ生地である。
(この手触り、この毛並み、そして何よりこの丸み……ッ! 完璧……!)
セレーネは数多の戦場を駆けてきた龍族の精鋭だが、実は――“もふもふ”への執着が人並み外れていた。
「ウロボロスには……バレてないわよね。バレたらなんか、負けた気がする……」
だがその矢先、背後から冷静な声が届く。
「……やけに浮かれていると思ったら、またそれか。よくも飽きないものだ」
「……! ウロボロスッ!?」
全身が跳ね上がるほど驚いたセレーネは、頭巾を後ろに隠した。だがすでに遅い。
ライデウスは、腕を組みながらセレーネを見下ろしていた。表情はいつものように無表情……かと思いきや、わずかに口元が緩んでいる。
「安心しろ。我も他人に言えぬ趣味の一つや二つはある」
「……ほう。そこまで言うなら聞かせてもらおうかしら? その“趣味”とやらを」
ふん、とセレーネが鼻で笑うと、ライデウスは静かに歩き出した。
「ついてくるといい。見せてやろう。我の“宝物庫”を」
⸻
ライデウスに案内されて向かったのは、彼の書斎の奥。石扉を開けた先にあったのは――
「……なにこれ」
無数のミニチュア建築物と、小さなフィギュアたちが精巧に並べられた箱庭空間だった。
「“戦場模型”だ。我が見て、経験した戦を、趣味で再現している」
「……」
「この小隊が谷を下り、こちらの部隊が伏兵となり、ここで落石を――という具合だ。塗装も自作だ。馬車の車輪も回る」
「……めちゃくちゃ細かいじゃないの!」
「妥協は許されん。これは“歴史”だからな」
得意げに語るライデウスを見て、セレーネは無言でモフ耳をそっと被った。
「……うん、もういいや。どっちもどっちだわ」
「なにか言ったか?」
「ううん、なんでもない。じゃ、私は自室に戻るわ。モフモフに包まれて反省してくる……」
「そうか。我は第十三次北境戦役の再現が途中だからな。忙しい」
こうして、龍族の戦乙女と世界最強の龍神は、お互いの秘密にそっと蓋をし――翌日にはまた何事もなかったかのように、いつも通りの沈黙を保っていたという。
だが彼らの一室には、ミニチュアの山とモフ耳の箱が、少しずつ増えていくのであった。