閑話 初めてのお手伝い
朝の陽光が窓から差し込み、まだ眠たげなスミカ村の家々をゆっくりと照らしていく。
その中の一軒に珍しく誰よりも早起きした人物がいた。
「……よしっ!」
小さな拳をぎゅっと握りしめ、エプロンを身につけたメレノアが、キッチンに立っている。
彼女の前には、朝食の材料――パン、卵、牛乳、そしてなんとなく取ってきた野菜のかご。
家族がまだ起きてこないうちに、朝ごはんを作って「びっくりさせたい」と張り切ったらしい。
(お母さんがいつもやってるの、わたしにもできるはず……!)
そんな意気込みで始めたものの――
「……たまごって、どうやって割るの?」
しばし沈黙ののち、ぽんっと軽くたたいてみる。
ぐしゃっ。
「あっ……ああ……!」
勢いよく流れ出る黄身と白身。床にぽたり。
慌てて布巾を取ろうとした拍子に、置いていた牛乳の瓶に袖がひっかかり――
がしゃん。
「……ぅわぁあああ!」
床が白く染まり、メレノアのエプロンにも牛乳が跳ねる。
泣きそうになりながら立ち尽くしていると、背後からくすくす笑う声がした。
「……お手伝い、大成功だな」
驚いて振り返ると、寝起きのジェスターが壁にもたれて立っていた。寝癖のついた髪に、いつものゆるい笑み。
「ご、ごめんなさい……」
うつむいて縮こまるメレノアの頭を、ジェスターはぽんと優しく撫でた。
「なんで謝るんだ? 俺の朝は、毎日このくらいハチャメチャだぞ?」
「……うそ」
「ホントだよ。昔なんて、フライパン燃やして家出しそうになったからな。俺が」
メレノアはぷっと吹き出して、顔を上げた。
「それに、お前が頑張ったってことは、こうやって証拠が残ってるだろ?」
床の卵、飛び散った牛乳、びしょぬれのエプロン――そしてなにより、真剣な顔で卵を持つ小さな手。
ジェスターはにやりと笑いながら、メレノアの手からスプーンを受け取った。
「よし、じゃあ続きを一緒にやろう。まずは床をふくとこからな?」
「……うんっ!」
その朝、いつもより少し遅く朝食の香りが家に満ちた。
不格好なトーストに、かためのスクランブルエッグ、ちょっと焦げたソーセージ。
でも家族みんなで囲んだ食卓には、普段よりずっとあったかい笑顔が並んでいた。
メレノアはちょっと得意げに胸を張って、ジェスターの皿にもう一つ、焼きたてのパンをそっと置いた。
「パパおかわり、していいよ?」
「……おう。世界一の朝飯だ」
そして今日も一日が始まっていく。