第4話 魔術の目撃
昼下がり。ライラは買い物に出かけ、家には俺ひとり。
俺は裏庭の奥、小さな木立の間にある開けた場所に立っていた。
(教本で読んだ中級魔術……そろそろ試してみるかな)
ページに書かれていた詠唱は、すでに頭に入っている。
何度も繰り返し読んだ。構えも覚えた。後はやってみるだけだ。
「――万象の流れよ、我が手に集え。貫け、穿て、水の槍……《アクア・ランス》!」
言葉が終わると同時に、自分の手の前に、水が渦を巻くように現れた。
瞬く間に槍の形をとり、宙に浮かんだまま尖った先端を光らせる。
「……できた!」
驚きと興奮が同時に胸を突き上げる。これが、中級魔術……!
俺はそっと手を前に出し、放つ。
槍は鋭く飛び、木の杭に突き刺さって――ヒュバッ!と水しぶきを撒き散らして砕けた。
「……やった。やったぞ……!」
杭の先端が砕け、水滴が周囲に散っている。
俺はその光景を見ながら、ただ黙って笑った。
初めての中級魔術。しかも、一度の詠唱で成功――
「……あなた、今の……《アクア・ランス》?」
突然の声に、俺は振り返った。
「母さん……!?」
そこには、母さん――ライラが立っていた。
買い物の途中で忘れ物に気づき、戻ってきたらしい。
(見られた……)
「……三歳で、中級魔術を……? 間違いない、詠唱も魔術も、完璧だったわ」
ライラの目が俺の手と、杭を交互に見つめている。僕は思わず声を上げた。
「ご、ごめんなさい! でも……僕、どうしてもやってみたくて……」
ライラは厳しい顔をしてしばらく黙っていた。
俺は怒られる覚悟をして、ぎゅっと拳を握る。
けれど――
「……まさか、こんな才能があるなんて」
静かに、ぽつりと呟いたその声は、驚きでも怒りでもなかった。
「母さん?」
ライラは僕の頭にそっと手を置く。
「本当は、もう少し大きくなってから教えるつもりだった。魔術は、扱いを間違えれば危険だから」
「でも……」
「でも今のあなたを見て、考えを改めたわ。――ハルト、これからは私が魔術を教えるわ」
「え……本当に?」
「ええ。三歳で中級魔術を成功させた子に、何も教えずに済ませるなんて、もったいないもの」
母さんは微笑んだ。
その笑顔を見て、僕はようやく胸の奥の緊張がほどけていくのを感じた。
(母さんが怒らなくてよかった)
俺はこの世界に来てから、ずっと隠してきた。
本当の自分を。前世の記憶を。
正直なところジェスターもライラも親という感覚より兄弟っていう感覚の方が近かったんだ。
でも今は、ちゃんと父と母という感覚になってきている。
「ありがとう、母さん……」
そっと呟いた言葉に、ライラは優しく微笑み返してくれた。
――この日から、俺の本当の魔術修行が始まった。