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第34話 ラインハルトの誕生日


こうして、俺の一週間のルーティーンが出来上がった。


月曜、霊峰にて修行。

火曜と水曜はメレノアと一緒に勉強。

木曜は、メレノアに魔術を教える。

金曜は自由時間。

土曜は冒険者ギルドでお金を稼ぎ。

日曜もまた、好きに過ごす。


そんな日々を繰り返しているうちに、気づけば一年近くが過ぎていた。

そして——俺は十歳の誕生日を迎えた。


この世界では、毎年の誕生日をささやかに祝うのが一般的だが、十歳と十五歳の誕生日だけは特別で、豪勢に祝われることになっている。

十五歳で成人となるこの世界では、子供でいられるのもあと五年。なりたい職業や将来の進路を、そろそろ本気で考え始める年頃だ。


最近、俺の冒険者ランクはゴールドに昇格し、パーティーに誘われることもぐっと増えてきた。強い魔物の討伐依頼も受けられるようになり、収入も以前とは比べものにならないほど安定してきている。効率よく稼げるようになった今、このまま冒険者を続けるのも悪くないかもしれない。


——けれど、今はそんなことよりも。


今日は、十歳の誕生日だ。

未来のことは後回しにして、まずはこの特別な一日を目一杯楽しもう。


夜、テミュリスの街でクエストをこなして帰ってくるとリビングには飾り付け、食卓には豪勢な料理が所狭しと並べられており、家族とセレーネが座って待っていた。

俺が「ただいま」というと、それを合図にして


「「「ラインハルト十歳の誕生日おめでとう!」」」


と家族全員から一気に祝福される。


「みんな、ありがとう!」


俺が感謝をすると


「まずはご飯食べましょう」


とライラが手を叩いて言うと


「いただきます!」


と言って誰よりも早くセレーネが食べ始めた。

その光景に家族で笑いながら食事を摂る。

そして食事を全て食べ終わるとライラが


「じゃあ次はプレゼントね!」


と言ってライラは肩がけの革のポシェットを手渡してくる。


「これは魔道具でね、こんなに小さいのにいっぱい物が入るのよ。冒険者にはとても便利だと思うわ。」


「母さん、ありがとう。大切に使うよ。」


メレノアが後ろ手に何かを持って近づいてくる。


「お兄ちゃん、これ、ファーレスさんと作ったの!」


メレノアが差し出してくれたのは、小さな草冠だった。器用に編まれていて、ところどころに小さな花が織り込まれている。


俺はそれを受け取り、笑顔で「ありがとう」と感謝を述べながら、そっと頭にのせる。そしてメレノアの頭をやさしく撫でた。


次に、ファーレスが一歩前に出てきた。いつもの穏やかな笑みをたたえたまま、小さな箱を手に差し出してくる。


「これは私から。魔鉱石を削って作ったペンダントです。中に少しだけ魔力を込めてあります。お守り代わりに持っておかれると嬉しいです」


「ありがとう、ファーレスさん。大事にします」


箱の中には、銀の枠に青白く光る鉱石が嵌めこまれたペンダントが入っていた。手のひらに乗せると、ほんのり温かく、静かに脈打つような魔力の気配があった。


そして、ファーレスと入れ替わるように、父さん――ジェスターが近づいてきた。両手には一本の剣がある。


「お前はあと五年で成人し、何かしらの職に就くだろう。何の職につこうが、俺も母さんも祝福し、応援する。だがな……俺はお前には、ぜひ剣を生業にしてほしいんだ。その気持ちが、これだ。受け取れ」


そう言って、父さんは剣を俺の手に握らせてくる。


それは鉄で鍛えられた、美しい剣だった。精緻な彫刻が施され、柄には宝石が埋め込まれている。吸い込まれそうな輝きを放ち、中金貨一枚は軽く超えるような、立派すぎる一振り。


「父さん……これ……」


思わず戸惑っていると、父さんは少し笑って言った。


「これは南方剣の剣士のために作られたものだ。片手で扱えるよう軽く仕上げてある。もちろん、受け取ったからといって騎士になれとは言わん。ただ――この剣に見合う男になれ」


静かでいて熱のこもった父さんの言葉が、胸に響く。


「……うん。俺、頑張るよ」


剣を抱くようにしながら、俺はまっすぐ父さんを見つめた。視線が合い、互いに小さく頷き合う。


「えーっと。じゃあ、私からは──」


余韻に浸っているところに、声がかかった。セレーネだ。


「セレーネさんも、何かくれるんですか!?」


その問いにセレーネは少し眉をひそめた。


「なによ……まさか私を、贈り物も持たずにご飯だけ食べに来た奴にしたいの?」


明らかに不満そうな顔。完全に俺が悪かった。


「い、いえ……龍族って、誕生日とかあんまり興味ないのかと、つい……」


しどろもどろに弁解する俺に、セレーネはため息をつきながら肩をすくめた。


「まぁ、正直あなたの誕生日に興味があるわけじゃないけど。……でも、一応人族の風習には従っておくわ。物じゃないけど、ちゃんと“贈り物”をあげる」


その口元に、イタズラっぽい笑みが浮かぶ。


「物じゃない……?」


「そう。あんたの大好きな“修行”。しかも、特別なやつよ。じゃあまた修行の日に……」


そう言い残して、セレーネは玄関の扉を開け、外に出る。そして、何のためらいもなく魔法陣を展開し、光の中に消えていった。行き先は、霊峰だろう。


……特別な修行。どんなものかは気になるが、それはまたの楽しみにしておこう。


こうして、俺の十歳の誕生日は、たくさんの祝福と贈り物に包まれながら、幕を閉じた。


きっと、一生忘れない一日になる。




─────


翌日、少し早めに起きた俺は朝の支度を終わらせ、朝食を家族と摂った後、深蒼と銀のローブに袖を通し、昨日貰った剣を腰に下げ、魔道具のポシェットを肩にかけてテミュリスの街へ出発する。


今では随分と龍化も上達し、ミニドラではなくガリガリの飛龍になる事くらいなら出来るようになった。

どうやらライデウス曰く飛龍の龍玉から継承した龍の気なので量が少なく、まともな龍化が出来ないのでは無いかと語っていた。


完全に龍化すると約一刻程で龍の気を使い果たし、龍化が解除されてしまうため、普段使いは翼だけの龍化にしている。

それでも速度は凄まじく、テミュリスの街まで徒歩で三刻程の所を翼があれば半刻で到着出来るようになった。



半刻後、テミュリスの街に到着し、冒険者ギルドの扉を開け、中に入る。


「おお!"死神の従者"じゃねーか!今度パーティー組んでくれよ!」


「あー!"従者"じゃん!イーヴァルーダーのクエスト手伝ってよ!」


「よぉ、元気そうじゃねーか"死神の従者"」


──“死神の従者”。


それが、俺に付けられた二つ名だ。


セレーネのことを、冒険者たちは「金眼の死神」と呼ぶ。俺がその彼女と知り合いであることだけは、ギルドでも周知されている。


だけどその関係性を、冒険者たちは勝手に解釈し、“右腕”でも“相棒”でもなく――“従者”という微妙なポジションに落ち着かせた。


……まぁ、最初は「セレーネの荷物持ち」だの「死神の後ろで震えてた小僧」だの言われてたんだから、これでもずいぶん出世したほうだ。


俺はかけられる声に軽く会釈しながら、クエストボードへと向かう。


そして良さそうなクエストをひとつ見繕う


【デーモンナイト、二体の討伐・条件─プラチナ以上・報酬:大銀貨八枚、中銀貨五枚】


このクエストをカウンターに持っていき、受注する。


「じゃあこれ、プラチナ以上だから契約金ね、えーと、大銀貨五枚ね。」


受付嬢に大銀貨五枚を預けクエストに出発する。


……さて、相手は初見の魔物、デーモンナイトだ


全身を漆黒の魔鎧で覆い、漆黒の魔剣を振るう騎士型の魔物。動きは鋭く、ただの魔物とは違って明確な“戦闘の意志”を感じさせる厄介な相手だ。


魔力で形成されたその体は、討伐と同時に霧のように消えるため、素材は一切剥ぎ取れない。鎧も肉体も何も残らず、証明として残るのは、魔力が結晶化した黒剣のみ。


だからこそ、クエストの条件にはっきりと書かれていた。


【証明品:黒剣二振りの回収必須】


それを忘れたら、報酬は貰えない。契約金も無くなる。

……がんばろう。


俺は北方の森へと足を踏み入れた。


足元の土は湿っていて、風は冷たく、何かの腐臭が微かに漂っている。空気の色が変わるほどに、魔力が濃い。


間違いない。いる。


──視界の先、黒く滲む影がふたつ。


片手に引きずるようにしていた黒剣を、二体の騎士がゆっくりと構える。仮面のような兜の奥、光の無い眼孔がじっとこちらを見つめていた。


「……来い」


俺は貰った剣を抜き、構える。


一体が先に動いた。斬撃が放たれると同時に、森の木々が吹き飛ぶ。魔力を帯びた一撃──だが、読める。


ステップを踏み、斜めに飛ぶ。翼を使って軌道をずらしながら、剣で一太刀を浴びせる。


重い金属音と火花。だが効いている。


一体目は――いける。


「……っはぁ!」


振り抜いた剣が、肩口から胸部を断ち割る。


バキィン、と音がして魔力の鎧が砕けると同時に、デーモンナイトの体が崩れ始めた。




「──ッ!」


次の瞬間、背後からくる気配。二体目が動いた。


さっきより速い……!


一撃交わし、地面を蹴って距離を取る。だが黒剣の軌道は的確。まるで“考えている”かのように、剣が襲ってくる。


こいつは……さっきのより強い。


何度か打ち合い、すぐに戦い方を変えた。足元に小規模な氷魔術で罠を作り、わざと飛び込ませる。わずかに動きが鈍ったところで──


「……っりゃああああっ!」


翼の力も使いながら、踏み込み一閃。


渾身の一太刀で、鎧ごと胴体を裂いた。


二体目も、魔力の霧となって崩れ落ちていく。


「──よし……っ!」


地面に転がった黒剣を掴む。魔力の熱が残っていて、触れるとびりびりと痺れた。


最初の剣も拾ってクエストを達成した。




日が傾きかけた頃、俺はテミュリスの街門をくぐった。

背中に汗が滲んでいるが、歩みに迷いはない。街の喧騒が耳に戻ってくるにつれ、戦闘時の研ぎ澄まされた感覚が徐々に薄れていく。


今日は、久々にひとりでの討伐クエストだった。

だが──何度目かの“プラチナ”だ。慣れた、と言えば嘘になるが、怯むほどではない。


ポシェットの中で、布に包まれた二本の黒剣がわずかに重みを主張する。

討伐の証。デーモンナイトの魔剣は、素材としての価値こそないが、確実な証拠としてギルドでは扱われている。


冒険者ギルドの扉を押し開けると、中はいつものように騒がしく、空気は酒と汗の匂いで満ちていた。


「お、従者が戻ったぞ」


「またプラチナの討伐クエか……よくやるなぁ」


「あいつまだガキなのにマジつえーわ」


耳に入るざわめきはもはや定番のもの。

俺は軽く手を挙げて応えながら、まっすぐ受付へと向かう。


カウンター越しにいた受付嬢が、俺に気づいて声をかける。受注した時とは違う人だ。


「おかえりなさい。デーモンナイト、討伐完了ですか?」


無言で頷き、ポシェットから布で包んだ黒剣を二振り、慎重に取り出して机の上に置く。


「確認をお願いします」


受付嬢は手慣れた動作で布をめくり、柄に刻まれた魔印と、剣身にわずかに残った魔力の痕跡を確認する。


「はい、間違いありません。デーモンナイト二体、討伐完了。正式に受理しますね」


コツン、と記録板に判を押す音がした。


「では、報酬をお渡しします。大銀貨八枚、中銀貨五枚、それと契約金の大銀貨五枚をお返しします」


革袋を差し出され、それを受け取る。中身を確認しながら、軽く礼を述べる。


「ありがとうございます」


「いえいえ。……やっぱり、慣れてますね、あなたは。プラチナでも、全然慌ててない」


「何度かやってますから。それに、想定より楽でしたよ。今回は」


「その“楽でした”が怖いんですって。次も無事で帰ってきてくださいね」


受付嬢は苦笑混じりに言い、俺はそれに軽く頷く。


ギルドの視線を背に受けながら、俺は受付を離れ、扉を開けて外へと出た。


夜風が頬をなで、空にはもう星が瞬き始めていた。

二体の亡霊騎士、それに見合うだけの報酬──

だが何よりも、無事に帰ってこられたこと。それが一番の成果だろう。


俺は帰り道を辿りながら、特別な修行を想像する。しかしセレーネの修行は明後日だ。今日はただ、静かな夜に身を委ねていい。


背中を少し伸ばして、俺は家への道を歩き始めた。




そしてついに今日は──霊峰での修行の日。


セレーネが言っていた“特別な修行”というやつだろう。

正直に言えば、不安よりも楽しみのほうが大きい。

胸の奥が、微かに高鳴っている。


俺は転移結晶を取り出し、静かに魔力を注ぐ。

視界が光に満たされ──次の瞬間、霊峰の冷たく澄んだ空気が全身を包んだ。


「おはよ。ラインハルト、待ってたよ〜」


開口一番、いつもの緩いテンションのセレーネ。

その隣には、まるで石像のような威厳の塊──ライデウスが立っていた。


「……我からも新たな力を授けよう」


「えっ!?ライデウス様も特別な修行をつけてくれるんですか!?」


思わず声が弾んだ。

ライデウスは静かに目を細めると、無言で俺の胸元に手を添える。


途端に──


身体の奥底から湧き上がるような熱。

言葉にできない、だが確かに感じる“何か”が解き放たれていく感覚。


「貴様の龍の気の流れの封印を、今解いた。これからは龍の気を感じることが容易になるはずだ。今であれば──暴走することも無いだろう」


そう言って、ライデウスは少し離れた岩に腰を下ろした。


「まずはその龍の気を感じることね。とりあえずはそこから」


セレーネに促され、俺は目を閉じ、自分の内側へと意識を沈める。


……ある。確かにある。

大きくうねる流れ──それが魔力。

だがその中に、別種の力……細く、けれど濃密で、力強い流れがある。

それに意識を添わせると、龍の気は素直に馴染んで、俺の身体を包み始めた。


「ふん……なるほどね。悪くない」


セレーネが、少し満足そうに目を細める。


「ねえ、あんた。ウロボロスとリヴァイアサンの決着……覚えてる?」


「はい。はっきりと……」


あの時の光景が、今も脳裏に焼き付いている。

黄金のオーラを纏ったライデウスが、目にも止まらぬ速さでリヴァイアサンに肉薄し──その右腕で、心臓を穿った。


「じゃあ、あの金のオーラも?」


「もちろんです」


「よし。あれがね、“龍迅気”ってやつ」


「龍迅気……」


「龍の気を全身に滾らせて、一時的に限界を超えて強化する状態。身体能力も反射も、全部一段階上がるの。龍族ならほぼ誰でもできる」


「……セレーネさんも?」


「当然」


さらりと言いながら、セレーネは一歩前に出る。

その場で軽く息を吸い、俺にちらりと視線を向けた。


「龍迅気はまた今度、次は龍族の剣技。まずは“初ノ型”を見せてあげる。ちゃんと見てなよ、目に魔力込めて」


俺は言われたとおりに、視覚に魔力を集中させる。

その瞬間──セレーネの姿が変わった。


左手を前に構え、腰を沈めて剣を水平に構える。

左足を前、右足を後ろに踏みしめ、全身に気を巡らせる。


刀身が、黄金の稲妻を纏う。

それはまさに、力の奔流が姿を変えたような煌めきだった。


「……龍剣技──初ノ型・穿雷!」


次の瞬間。

地を蹴る音が爆ぜ、セレーネは金色の閃光となって宙を滑った。

まるで雷そのものが人の姿を取ったかのように。


五メートル先──風を引き裂いた先に着地した彼女の背後では、稲妻の残滓がバチバチと空気を裂きながら弾けていた。


「か……かっこいい……!」


思わず口に出た。

この世界の剣術は、実践的で、無駄のない動きを重視する。

だからこそ、こうした“技”という様式を持った剣は、俺には衝撃だった。


「これはね、魔力と龍の気を刀身に纏わせて、一撃必殺を狙う閃光の剣技。

まずは魔力を刃に纏わせる練習から。それができたら龍の気を加える」


──そこまで、果たして辿り着けるのか。

今はまだ龍の気を感じるだけで精一杯だ。

……がんばろう。





────そして、龍迅気、龍剣技の修行をこなしつつ、冒険者として経験を積み、金を稼ぎ、メレノアに勉強と魔術を教える日々で二年もの月日が過ぎる。

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