閑話 龍族と将棋
修行も終盤に差し掛かった頃だった。
日に日に強くなっていく自分を実感しながらも、俺は思った。
――なにか、ライデウス様に感謝を形にして残したい。
ただの礼じゃ足りない。何かこう……文化的に深みがあって、でもちょっと面白いやつ。
悩んだ末にひらめいたのが、将棋だった。
セレーネに聞いたところ、この世界には「将棋」に類する遊びは存在しないらしい。
「盤? 骨賭けならあるわよ。サイコロ振って骨の目数で勝負するやつ。脳は使わないけど」
なんて不穏な遊戯だ。
将棋の駒を木で作るのは時間がかかってしまい、時間的に難しいので、代わりに駒を像で表現するチェス風アレンジに。盤と駒はすべて土魔術で作成。見た目も手触りも、なかなかの完成度だ。
その晩、ライデウスに意を決して渡した。
「これは……?」
「将棋といいます! 知略と読み合いの盤上戦。ルールを説明するので、ぜひ一局お付き合いを!」
俺は汗をかきながら、丁寧に駒の動きと勝利条件を説明した。
最初は静かに聞いていたライデウスだったが――
数手進めた頃には、目がギラつき始めていた。
「……ふむ、王の動きが制限されているが……この金、強いな。なるほど……この飛車、有用だな。」
明らかにノってきてる。
そして、俺の悪手を的確に突かれ、30分後――
「詰みだな」
「なっ……!? ちょっと待ってください、ライデウス様初心者なのに!!」
「ふむ。興味深い。……もう一局だ」
その日、俺は三連敗した。
そして、それだけでは終わらなかった。
⸻
その夜――。
「セレーネ、起きているな?」
「……は?」
「将棋をやろう」
「今、夜中よ?」
「気にするな。王将の守り方に、納得いっていない。検証に付き合え」
「……はあ!? なんでわたしなのよ!」
翌朝――。
「……ちょっとラインハルト」
「ん? おはようございます」
「なにこの“しょうぎ”とかいう遊び……! 昨夜から一睡もしてないんだけど!? 『もう一局だ』を五回も繰り返されたんだけど!?」
「す、すみません……そんなにハマるとは思わなくて……」
「『王の動きを封じた上で、飛車角で挟み撃ち』とか言い出した時は、さすがに殺意を覚えたわよ……」
それでも律儀に全局付き合ったセレーネは偉いと思う。
⸻
数日後、霊峰では将棋がブームになっていた。
セレーネ以外の龍族たちがぞろぞろと盤を囲み、
「その銀──」「この桂って──」「定石が──」と、好き勝手に語りながら指している。
ライデウスはというと、盤の前で腕を組みながら満足げに言った。
「……良い贈り物だったな。我が極めるべきが、また一つ増えた……」
「お願いだから、夜中にセレーネさんを叩き起こすのはやめてください……」
火の粉が舞う霊峰の夜に、新たな文化が根を下ろしつつあった。
この異世界に将棋が爆発的に広まるのはまた後の話。




