表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/117

第27話 成長と修行の終わり

七日目。修行の総仕上げ。


俺の剣の腕は、この一週間で飛躍的に伸びていた。

魔道人形との戦闘、そしてセレーネの的確な指導——

すべてが、確実に血肉となっている。


昼下がり、いつものように魔道人形と対面し、剣の確認をする。


構えを取って、呼吸を整えたその時だった。

背後から、気だるげな声が響く。


「ねー……暇なんだけど~。なんか面白いことないかなー」


振り向くと、セレーネが手に肉を持ったまま、やる気のない目でこっちを見ていた。

見た目は涼しげでも、口元にはしっかり肉汁がついている。


「……暇なら剣の相手をしてくださいよ。なんか、今日は掴めそうな気がするんです」


そう頼んでみたが、返ってきたのは気の抜けた返答だった。


「え~。だって、泥だらけになるんだもん。汗かくし……髪も乱れるし……やだ~」


ぐねぐねと体を揺らしながら、全身で“やる気がない”を表現してくる。


「そんな理由で……」


呆れかけたそのとき、セレーネの後ろから、重みのある声が響いた。


「暇ならば——我が相手をしてやろう。無論、剣でな」


その声は低く、落ち着いていて、どこか威圧感がある。

聞き慣れた声。


——ライデウスだった。


瞬間、セレーネの全身がピタリと固まった。

まるで空気が凍ったかのように、彼女の動きが止まる。


肉を齧る手も、口元にかかっていた髪を払う仕草も、すべてが静止した。


「……は?」


かすかに漏れる声。

ゆっくりと振り返るその背中から、なぜか緊張感が滲み出ている。


「……ウロボロス、ほんとにやる気?」


「当たり前だ。せっかくの場だ、それに、暇なのだろう?」


「はぁ、タイミングわる。」


セレーネはめんどくさそうに眉をしかめたが、その目はどこか嬉しそうでもあった。


「ラインハルト、よく見ておけ」


そう言いながら、ライデウスはゆっくりと歩み出る。


ふたりの間に風が走る。


空気が張りつめ、音が遠のいたような錯覚に包まれた。


──そして、一歩。


互いの距離が一定に縮まった瞬間、セレーネが踏み込む。


速い。

滑るように地を駆け、低い姿勢から振るわれる斬撃。


だが、ライデウスは微動だにせずにそれを受け止めた。

鋼と鋼が重なり合い、甲高い音を響かせる。


「くっ……!」


剣と剣が交差するたびに、セレーネの表情が変わっていく。

不敵から真剣へ。真剣から驚きへ。


斬り込み、跳ね上げ、返す――

そのどれもが見切られ、逆手に取られていく。


「ちょっと、手加減してよ……っ!」


「しているさ。だが、お前がそれを上回ってくるなら――応えるまでだ」


ライデウスは一歩も退かず、ただ流れるように受け流す。

淡々と、精緻に。動きには一分の隙も無い。


セレーネは奥歯を噛みしめた。

このままでは“遊び”にもならない。


「……じゃあ、本気……出すよ?」


右手を払うように振ると、魔法陣が弾けるように展開。

そこから漆黒の大鎌が姿を現す。


空気が変わる。


さっきまでの軽妙な打ち合いが、一気に緊迫感を纏う。


「ふッ!」


セレーネの鎌が唸りを上げて振り抜かれる。


曲線を描く軌道。威力も練度も、剣とは比較にならない。


ライデウスは身を低くしてそれを回避。

風を裂いた鎌の軌道が後ろの岩肌をえぐる。


「いい斬撃だ。重く、鋭い」


ライデウスは初めて評価の言葉を口にした。

セレーネの口元がぴくりと持ち上がる。


「褒めるなんて、らしくないじゃん……!」


第二撃。

鎌を翻し、上段から鋭く振り下ろす。


ライデウスは逆手で剣を差し上げ、刃を受け止めた。

だがその瞬間、セレーネの身体が揺らぎ、第三の攻撃が生まれる。


──フェイント。


刃が視線の外から回り込む。


(そこ!)


風が唸る。

セレーネの鎌がライデウスの肩を狙って奔る。


その一瞬だけ、ライデウスの想定を上回り、剣が反応に遅れる。


キィンッ!!


しかし届く寸前、ギリギリで軌道を逸らされた。

それでも、黒髪がふわりと散る。


「っ……!」


セレーネが息をのんだ。

そして、その向こうで――ライデウスが小さく笑った。


「……過去を超えたな。見事だ、セレーネ」


その声には、心からの称賛が込められていた。


セレーネは、言葉を失って数秒黙り込む。


「……今、ほんのちょっとだけど、追いついた?」


「ああ。ほんの少しだけ、だが――確かに迫った」


「そっか……やった、わたし」


膝をつき、地面に鎌の柄を突く。


満身創痍でも、表情はどこか満ち足りていた。


「完敗。でもね……今の一撃、あれは自信持っていいって思った」


ライデウスは静かに頷いた。


「誇れ。あれは、お前にしか打てぬ一撃だった」


セレーネの唇が、ほんの僅かに微笑の形をとった。


ラインハルトはそのすべてを目に焼き付けていた。


剣の勝負。力と技。そして、それを超えた“何か”を。


そして思った。


──セレーネは、やっぱり化け物みたいに強い。


だがその強さすら、導く者がいる限り、まだ進化していくのだと。





龍神の修行──最終日──


昼、空は雲ひとつない晴天。

静かな霊峰の訓練場に三人の影があった。


俺は正面に立つセレーネと対峙していた。

黒髪が風に揺れ、金の瞳が静かにこちらを見据えている。


「これが最後の修練となろう。見せてみよ、貴様の成長を……」


ライデウスの言葉に、俺は無言で頷いた。


「全力で来なさい」


セレーネの言葉は簡素だったが、そこには確かな期待と信頼が感じられた。

この一ヶ月、剣を交え、戦いを積み重ね、俺は変わった。

その成長を、今、証明する。


剣を抜く。セレーネも構えた。


次の瞬間──互いに地を蹴って駆け出した。


「ッ!」


剣と剣がぶつかり、火花が散る。

セレーネの一撃は鋭く、正確。動きに無駄がない。

だが、俺の剣ももう退かない。


打ち合い、回避し、刃を滑らせ、体勢を整える。

セレーネの攻撃を読み、反応し、わずかな隙をついて剣を振るう。


彼女の剣は以前のような容赦のないものではなかった。

だが、完全な手加減でもない。

俺の全力に寄り添うような、そんな剣だった。


(……これが、“優しさ”か)


それでも、こちらは全力を尽くす。

後退も、躊躇も、不要。

今の俺には、技術も、気力も、ある。


「……はあっ!」


踏み込んだ一撃が、セレーネの構えを崩す。

わずかな隙──そこを逃さず、剣を彼女の首元へ寸止めで差し込んだ。


静寂。


「……勝負、あり」


ライデウスの声が、空気を締める。


俺は大きく息を吐き、剣を引いた。


「……ありがとうございました」


深く頭を下げる俺に、セレーネはしばらく沈黙した後、ふっと口角を上げた。


「へえ……やるじゃない」


「……いえ。セレーネさんが、手を抜いてくれていたからです」


俺の言葉に、セレーネは目を細めた。


「……なんのことかしら」


「全力でなら何とか勝てるくらいの、いい手加減でした……」


セレーネは少しだけ目を逸らしながら、照れ隠しのように肩をすくめた。


「……ずっと負けっぱなしじゃ、自信無くすでしょ?」


その言葉に、胸が温かくなる。


この一ヶ月、厳しくも誠実に、ずっと俺を導いてくれた。

その優しさに、今、改めて気づく。


「……セレーネさんは、本当に優しい人だなって、思いました」


ぽつりと呟いたその言葉に、セレーネは不意を突かれたような顔をした。

耳が、ほんのり赤く染まる。


「……ばかじゃないの。何言ってんのよ」


俺は自然と笑った。

それを見たライデウスが、低く、しかし確かに感嘆の声をもらす。


「……よく育ったな、ラインハルト。剣だけではない。心も、だ」


風が吹いた。

霊峰の澄んだ空気の中で、俺の成長が、静かに刻まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ