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第16話 纏い、そして己というライバル

修行二日目──


 昨日に比べれば、随分と手応えがある。指先に魔力を集中させるのも、もう苦じゃない。ちゃんと纏えている……そんな実感がある。


 けれど、歩いたり走ったり——動いた瞬間に、魔力が霧のようにぶわっと散ってしまう。


 (ダメだな……まだまだだ)


 何度も、何度も繰り返す。動きながら魔力を意識し、散ってもすぐに纏い直す。その反復だ。


 だが——繰り返すほどに、魔力は自然と身体にまとわりついてくるようになった。


 夕方には、歩いても魔力が乱れなくなった。

 夜には、走っても崩れない。


 (……やっと、掴めてきたか)


 魔力を纏う中で、気づいたことがある。


 まず、身体が軽くなる。たぶん、魔力が筋肉や関節の動きを補助しているのだろう。正確な数値は分からないが、感覚的には普段の1.3倍くらい速く、強く動ける。


 そして、無理やり限界まで魔力を纏えば、約2倍の身体能力が引き出せた。ただし、消費が激しく、数分も保たない。状況次第で、切り札になるかもしれないが——。


 他にも効果があった。

 寒さに、強くなった。


 最初は布の服でも身震いしていたのに、魔力を纏えば——上半身裸でも、少し寒い程度にしか感じない。


 (……これなら、ライデウスに見せても恥ずかしくないはずだ)


 夜。寝る前に星空を見上げ、俺は拳を強く握った。

 明日、またライデウスが来る。そのとき、彼が何を言うのか——少しだけ、楽しみだった。



修行三日目・昼──


 突如、空間に歪みが走った。


 虚空に浮かび上がった魔法陣が淡く光を放ち、その中心に——黒衣の男、龍神ライデウスが姿を現す。


 まるでこの世の理を捻じ曲げて現れたような登場だった。だが、もう驚きはしなかった。


 ライデウスは俺を見て、静かに口を開く。


 「ふむ……上等だ」


 その一言に、胸が跳ねた。だがすぐに、次の課題が与えられる。


 「次は、魔力を目に纏わせろ」


 「目に……ですか?」


 戸惑いながらも、言われた通りに魔力を集中させる。

 水晶体にもう一枚、“魔力のレンズ”を重ねるようなイメージで——。


 ……視界が変わった。


 空気の中に、薄い靄のような粒子が漂っているのが見える。いや、あれは——魔力だ。

 微細な粒子すら、はっきりと目に映っていた。


 俺はその目で、ライデウスを見た。


 ——眩しい。


 彼の全身が、内側から光を放つように輝いている。

 だが、その光は時折、風に揺れる炎のように揺らめき、不規則にうねっていた。


 「見えるか、魔力が」


 その静かな声が、思考を引き戻す。


 「……はい。見えます」


 その瞬間、ライデウスの身体を纏っていた魔力がふっと消えた。

 魔力が蒸発するように、霧のように周囲へと溶けていくのが見えた。


 「これが、魔力を纏う前の貴様だ」


 思わず、息を呑む。


 「魔力とは、絶えず漏れ出すもの。纏うとは、それを外へ逃がさず、己の内に留めるということでもある」


 ライデウスの目が鋭く細まる。


 「無駄をなくせ。纏いとは制御だ。

 そして、制御を極めれば——力は自然とついてくる」


 その言葉は、深く胸に刻まれた。

 魔力を纏うというのは、ただ強くなるためではない。己を律し、支配するための基礎なのだと。


 俺は頷き、再び師の目を見据える。


 彼はわずかに口元で笑うと、低く呟いた。


 「では——修行を始めるか」


 (……今までは準備だったのか)


 思わず唾を飲む。ようやく“本番”が始まるのだ。


 「まずは己を越えることからだ。己に勝てぬ者は、誰にも勝てぬ」


 そう言うとライデウスは空間の裂け目に手を差し入れ、一つの箱型の物体を取り出した。


 黒金属でできた奇妙な装置は、地面に置かれると小さな震えを発しながら魔力を放ち始めた。


 カチリ——。


 中から、人の形をした“人形”が、ガシャンと音を立てて起き上がる。


 「この魔道人形は、注がれた魔力を元に戦闘能力を構築する。つまり、貴様の魔力を読み取り——“貴様自身”と同等の力を持った存在を作り出す」


 「俺と、同じ強さ……?」


 「否。あれは、“今の貴様が取りうる最善手”だけを選び続ける存在だ」


 ラインハルトは息を呑む。


 「最善……手?」


 ライデウスは頷いた。


 「迷いも、感情も、癖も、怠慢もない。理性と技術のみを抽出した、“貴様の理想的な動き”だ。今の貴様では勝てぬだろうな」


 ライデウスは厳しく言い放ち、人形に木剣を持たせる。


 「魔力を注ぎ、やってみろ」


 言われた通りに魔力を注ぎ、木剣を構える。


 カチリ、と金属音が響いた瞬間、人形が光を纏って構えた。


 刹那——


 人形が矢のように動き出した。


 「——っ!」


 初動すら見切れない。反応したつもりでも、剣がわずかに遅れる。


 人形は、俺の動きを読んでいる。

 いや——俺が「こう動くだろう」と、無意識に思っていた通りの動きで、完璧に追い込んでくる。


 間合い、足運び、打突——全てが完璧で、隙がない。


(こいつ……俺よりも、俺を理解してやがる……!)


 気づけば、地面に膝をついていた。呼吸は乱れ、視界が揺れる。


 「……強すぎる……」


 思わずこぼれた言葉。それは弱音ではなく、率直な本音だった。


 すると——


 ライデウスの低い声が、背後から降ってくる。


 「まだ勝てぬ。……だが、それでいい」


 ゆっくり振り返ると、彼はただ静かに立っていた。変わらぬ表情で、一言。


 「己を知り、向き合え。それが第一歩だ」


 間髪入れず、続ける。


 「それとも——諦めるか?」


 その言葉が、胸に刺さる。


 ……諦める? 俺が?


 膝にかかる重さは、己の弱さ。

 震える手は、恐れ。


 けれど、それを見つめ、受け入れた瞬間——胸の奥に、確かな火が灯った。


 「……諦めない。絶対に、俺は……!」


 顔を上げる。視線はまっすぐ、師の背へと向けられた。


 「俺は、俺自身に勝ちたい! 今は無理でも、必ず超えてみせる……!」


 その言葉に、ライデウスは振り返らない。

 ただ、ひとつ頷いたように見えた。


 それが、答えだった。


 「貴様、治癒魔術は使えるか?」


 静かに、ライデウスが問う。


 「ええ、上級までなら……」


 「ならばよい。克己とは困難なこと。だが一度乗り越えれば、そう簡単には負けることはないだろう」


 彼は異空間から銀の鈴を取り出し、俺に手渡す。


 「傷ついた時は治癒魔術を使え。己を超えた時、あるいは不測の事態が起きたとき——それを鳴らせ。そのとき、我は再び現れよう」


 鋭くも澄んだ銀の双眸が、俺を見据える。


 「……分かりました。全力で、挑みます」


 その言葉に、ライデウスは微かに笑みを浮かべた。


 満足そうに、静かに魔法陣の中心へと歩いていく。


 そして次の瞬間——光と共に、彼の姿は空気に溶けて消えた。


 残された静寂の中、俺は深く息を吐く。


 木剣を握る手に、再び力がこもる。


 (行くぞ、俺。今度こそ、お前を越えてみせる)

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