第12話 決意、そして別れ
日課の稽古をこなし、昼食を済ませたあとは、ライラに勉強を教わる。
そんなこんなで、気づけばもう夕方になっていた。
庭に出て、魔力制御の練習をしていると──
「おーい、ハルト〜。イーディスちゃんから手紙が届いてるぞ!」
父さんがニヤニヤと笑いながら、手紙をひらひらと振って見せる。
「手紙とはな……お前も色男になったもんだ。父さん、嬉しいぞ〜」
そんな軽口を叩きつつ、肘で俺の脇腹をちょんちょんとつついてくる。
「……うるさいな、もう」
からかう父さんを軽くあしらいながらも、内心は落ち着かない。
逸る気持ちをなんとか抑えて、俺は手紙の封を丁寧に破った。
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「ラインハルト様へ」
あの日、あなたを危険な目に遭わせてしまったこと、ずっと申し訳なく思っていました。
この一ヶ月、会いにも行かず、直接謝りもしなくてごめんなさい。
今度こそ、あなたを守れるように。
自分の力に責任を持てるように。
私はハインツ王国にある本家へ帰り、一から修行をやり直してきます。
次にいつ会えるかはわかりません。
でも、自分の力に胸を張れるようになったとき、必ずあなたに会いに行きます。
あなたの隣に、胸を張って並び立てるように──
イーディス・ユルド・ヴォン・ヴァルキュリア
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手紙を読み終えた俺は、そっとそれを胸元に引き寄せた。
胸の奥に、小さな火が灯るような熱さがじんわりと広がっていく。
隣で黙って様子を見ていた父さんが、やがて静かに口を開いた。
「……イーディスちゃん、自分の血の力と向き合う覚悟を決めたんだな」
「……血の、力?」
俺が問い返すと、父さんは頷き、空を見上げながら語り出した。
「“ヴァルキュリア”ってのは、ただの家名じゃない。
戦女神の名をそのまま継ぐ、特別な血筋だ。
その血を引く者の中には、ごく稀に“閃紅の覚醒”と呼ばれる異質な力を持つ者が現れる。
剣気を操り、常人では到達できない領域に踏み込む力だ」
「……イーディスが、それを持ってるってこと…?」
「ああ。でも、あの子が修行に戻ったのは、力をもっと強くしたいからじゃない。
“その力を、ちゃんと理解したい”からだろう」
「理解……」
父さんは俺の顔を見て、静かにうなずいた。
「お前のことを守ろうとして、守れなかった。
その現実が、あの子をきっと苦しめた。
力があったはずなのに、結果が出せなかった。
“自分には責任を持つ資格がない”──そう思ってるのかもしれないな」
そのとき、不意に思い出した。
まだ幼い頃、稽古のあと、汗だくで息を切らしながら俺の前に立った、あの子の姿。
『ラインハルトは、私が守るんだから!』
まっすぐな目で、必死にそう叫んでいたイーディス。
「……あのときから、変わってないんだな。
イーディスは、ただ強くなりたいんじゃない。
誰かを守れる、自分に責任を持てる“本当の強さ”を手に入れようとしてるんだ」
「その通りだ。
力そのものよりも、それを“どう使うか”が大事なんだよ。
自分の中の力を知り、受け入れ、それを誰かのために使える人間に──
あの子は、なろうとしてるんだ」
父さんの声は穏やかだったが、どこか誇らしげでもあった。
「……すごいよ、イーディスは」
俺の胸に、彼女の決意がずしりと響く。
空の向こうで、彼女はきっと今も剣を振っている。
誰かの隣に、胸を張って並び立つために。
そんな俺の心の揺れを見透かしたように、父さんがニヤリと笑った。
「……さて、ハルト」
「ん?」
「お前も……負けてらんないな」
その言葉に、胸がぐっと熱くなる。
父さんの一言が、俺の中の何かを決定づけた。
「……ああ。僕も、強くならなきゃな」
胸の奥で、まだ小さいけれど、確かな“決意”が燃え上がる。
──もう、誰かに守られているだけじゃいられない。
彼女が登ろうとしているその高みまで──
俺も、必ず辿り着いてみせる。
背中を預けるには、見上げるでも見下ろすでもなく、隣でなきゃいけないから。